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クティン・ラパ



「あなたは…」

 猿ぐつわを解かれたナムダはとっさに訊ねた。僧らしい男は微笑み

「安心してください。ラムデ殿の知り合いです」

 その名を聞いて、強張っていたナムダの顔がほっとゆるむ。

「ラモが…ラモが…」

「ええ、分かってます」

 サガラはナムダを縛る縄をほどきながら

「急ぎましょう…二百年前のようなことにならなければいいんですが…」

 ナムダはその顔に、強い不安が浮かんでいるのに気づいた。



「たまたまその数珠を見つけちまったもんだから、テジン・ルチェを創り上げる計画を思いついたってわけだ。さすが摂政様、悪知恵が働く」

 クスマがゆっくりと立ち上がり、ニヤリと笑った。それはもう一人のクスマだった。

 取り押さえようとした男をひらりとかわし。その腹を肘で打って気絶させた。

「よくも俺に…もといクスマに手荒なマネしてくれたな」

 肩を回すクスマが摂政を見る。

「いいかげん操られてることに気づいたらどうだ摂政様」

「…何」摂政が目を細くする。

「あんたは操ってるつもりで操られてたんだよ。その四六時中くっついてるやつにな」

 摂政とホンホンの目が合う。ホンホンは慌てて「わ、私は何もっ」と首を振る。

「当たり前だ! お前に操られるほど私は愚かではない」

「どおかなあ」

 クスマが懐からあの本を出した。

「この本をあんたに見せたのはそいつじゃないのか?」

「だから何だ!」摂政の声が荒くなる。

「それは間違いなくクティン・ラパの時代に書かれたものだ! 誰が見つけようとそこに書かれていることは真実だ!」

「それが操られてるって言ってんだよ」

 身構える男たちを睨みつけ、前に出たクスマが摂政と向き合った。

「ダクパ神の命を受けてカシャに都を造った人間の名を知ってるかい摂政様」

 摂政はクスマを見下ろし

「私を試すなど百年早いぞ」

「あれえ? 知らないのか。兄さん」

 クスマに振られてジンが答える。

「ディン家パム家ギュンマ家…パミシュ家」

 ラルンとブロンがホンホンを見る。

「そう…その四家はオルク国で唯一の貴族になっている。もっともそのうちの一つは追い出されたけどな」

「だから何だ!」ホンホンは頬を震わせ

「我が一族は悪しき王クティン・ラパに追い出されたのだ! クティン・ラパさえ消えれば我が一族はび…」

「返す」クスマが本を差し出す。

「な、何を…」

「要するにお前の先祖も同じことを考えたんだろう。『クティン・ラパさえいなければ自分たちがこの国を支配できる。カシャを築いた一族である自分たちにはその権利がある…』」

 ラルンたちは息をのみクスマの話を聞いている。

「だからこんな本を書き残したんだ。クティン・ラパの転生者が現れても不信を買い、長く王座にとどまることができないように」

 クスマの鋭い視線にホンホンが後退る。

「ホンホン…お前…」

「し、知りません! 私はただ…」

「ああそうだな」追い詰めるようにクスマがホンホンに近寄り

「一族に伝わるこの本をお前はそれとなく摂政に見せただけだ。何でお前たち一族がそんなに必死になったか分かるか?パミシュ家を嫌ってたからだよ、クティンが」

「黙れぇっ!!」

 両手を振り回し殴りかかるホンホンをクスマがかわす。

「よくもそんな知ったふうな口を!おいお前たち、いつまでぼうっとしている!この連中をさっさと始末しろ!」 

黒ずくめの男たちがラルンたちを取り囲む。

その外でホンホンが大声で喚く。

「消せ! 始末しろ! ルジェだろうと構うな!」

 摂政は黙って成り行きを見つめている。

「お前たち!俺から離れるなよ」

 ラルンとクスマを庇いブロンが言う。男たちが短剣を抜き襲ってきた。それをブロンの短剣がかろうじて跳ね返した。

「何だ。口ほどにもないな」

「うるせえっ多勢に無勢だろうが!」

「手伝ってほしいならそう言え」

 ジンが足元の転がっていた長い燭台を一振りすると、クスマが手を差し出し

「兄さん俺も俺も」

 ジンはちょっと迷ったがもう一本拾い、投げ与える。クスマはそれを構え

「クスマに…もとい俺に傷ひとつでもつけたらただじゃおかないぜ」

 男たちが一斉にかかってきた。繰り出される短剣を三人は懸命に打ち返す。その背後で庇われながらラルンはラモを見た。

「お願いです…やめさせてください」

 ラモの顔はピクリともしない。

「二百年前みたいに二人が王様になれば、こんな争いしなくていいはずです」

 ブロンたちが徐々に追い詰められてゆく。

「シュグだって苦しんでるんです!だから」

 黒い腕が伸びラルンの首を締め上げた。

「動くな!」

 はっとクスマたちが振り向くと、男の一人が苦しげなラルンの顔に短剣を突きつけている。

「お前たちのルジェを傷つけたくなきゃ武器を捨てて大人しくしろ」

 クスマが忌々しげに燭台を放り出し、ジンとブロンもそれに従う。

「もたもたするな! 全員始末しろ!」

 ホンホンにせかされ男たちが摂政を見る。

 サムディン摂政は何も答えずじっとラルンを見据えている。

「摂政様! 私は我がパミシュ家のためなら神殺しにもなります!」

 そう喚くなりホンホンが放り出された燭台をつかむとラルンに殴りかかった。

「ラルン!」

 クスマたちの声が遠くに聞こえた。引きつったホンホンの顔が目の前にあり、錆びた銅の燭台が頭上で鈍く光る。その光が炎のように強く瞬いた。

「ぐあっ」

 燭台を取り落としたホンホンが手をつかみ床で転げ回る誰もが何が起こったか分らず、ぶすぶすと床を焦がしている燭台を見つめる。

「う、うおっ!」

 今度はラルンを絞め上げていた男の服から火が出た。それを合図に黒ずくめの男たちの服に次々と火がつく。

(火が…)

 解放されたラルンは信じられない気持ちで突然現れた火を見つめる。男たちは床を転げまわり必死に火を消そうとするが、火は容易に消えない。

 チリチリと空気までが焼けるような気配に顔を向けると、本堂の入り口に人影が立っていた。

 影はゆっくりとこちらにやってくる。

「シュグ…」

 シュグの目にラルンは映っていなかった。

 クスマもジンもブロンも映っておらず、ただ正面に座るテジン・ルチェだけを見据えている。

「どういうことだこれは…!」

 サムディン摂政が初めて狼狽した。ラルンとシュグを見て

「偶然か…いやまさか…」

 そんな摂政にも、呻き苦しんでいるホンホンや男たちにも目もくれず、シュグはテジン・ルチェの前に立った。ラルンはようやく気づく。

(シュグじゃない)

 いまここにいるのはシュグではなくクティン・ラパだ。そしてその全身からは、火の粉のような怒りが立ち昇っている。

 シュグがジロリと赤い数珠を見た。

「それはお前が持っていていいものじゃない。返せ」

 低い声にラモの表情がピクリと動く。

「これは私…テジン・ルチェのものだ」

「違う。それはお前のものでもテジンのものでもない。返せ」

「違わん! それはあなたが身代わりにしたテジン・ルチェの墓にあったものだ!テジン・ルチェのものでなくて誰の…」

 摂政の言葉にシュグが笑い出した。笑い声はビリビリと空気を震わせ、その場にいた全員を威圧する。

「そんなことを言っているからこいつは偽物だと言うんだ」

 懐に手を入れ、シュグは青い玉の数珠を取り出した。

「俺が取り替えておいたんだよ。二百年前…テジンの亡骸を葬るときにな」

 ぎょっと摂政が後退ったが、シュグの鋭い視線に凍りつく。

「王の墓を暴いた罪…赦しを乞う勇気はあるかサムディン」

 シュグの手がラモに伸びる。ラモが震える手で数珠を差し出す。

「いかん!渡すな!」

 摂政がそう叫んだとたん辺りがパッと明るくなった。

 まぶしさにラルンがかろうじて目を開けると、摂政やホンホン、そして黒ずくめの男たちが火だるまになっていた。一面の炎のなか、火柱のようになったシュグの向こうでラモが震えている。その顔はすでに普通の少年だった。

「ラモ! ラモ!」

 叫びながら寺の奥からナムダがサガラとともに現れた。二人は火の海と化した本堂に一瞬呆然とする。

「姉さん!」

 ラモは泣きながらそちらへゆこうとするが、火に怯えてゆけない。

「ラモ!」

「クティンのやつ…俺たち皆丸焼きにするつもりだぜ」

 引きつった笑みを浮かべるクスマの顔にも汗が流れる。ブロンも喘ぎながら

「怒り狂ってる感じだな」

「これが…クティン・ラパの力か」

 炎に顔をしかめジンが呟く。

「違うよ!」

 ラルンが一歩火に近づく。

「クティン・ラパの力は…人を傷つけるための力じゃない」

「よせラルン!」

 ラルンがシュグに手を伸ばす。

「ラルン君!」

 ラルンの体が引きずり込まれるように炎に呑み込まれた。



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