90話【変幻】
『――【赤熱鞭】!!』
鞭のようにしなる超高熱の鉄塊が、銀蟲を容易に焼き断ち別つ。
真二つに分かたれた銀蟲は、僅かに煙のようなものを吐き出すと、木っ端微塵に爆発四散していく。
――良い。
悪くない、と云うべきだろうか。
赤熱鞭は以前用いた[機甲連接剣]に[赤熱剣]の機能を加えたものだ。
射程は長く、切断力は上々。操作性はまずまずといったところ。
新兵器開発の甲斐があった、というものだろう。
『――そこです!』
逃走、ないしは一時退避を試みたと思しき二体目に、灼熱の鞭が絡みつく。
藻掻き足掻く動作音、金属の焼ける快音。
――そして、激しい爆発音。
他愛もない――この程度であれば、高空の群れ本体さえも殲滅できるのでは?
そんなことを考えながら、同行者の動向を伺う。
――!?
あれは――
「「「「「「――【無尽幻喪・残影走り】!!」」」」」」
敵を中心に――無数の、彼女の姿!
揺らぎ掠れては明滅し、敵機を完全に包囲している!
分身か――[魔剣の兄]のような――?
――いや、違う!
見れば分身は互いに触れ得ず、干渉するどころかすり抜けている!
それは敵機に対しても同様――ならば、それは実体ではなく――
『――幻術……!』
そう考えるのが妥当か。
あるいはそれが彼女の【魔法】なのだろうか。
純粋に肉体機能によるもの、という可能性もあるか。
当機とて、[噴気/分離/内包虚空]は有るのだから。
しかし、あれは――
――一体、何をやっている……?
幻影の群れは敵を囲ったまま、動かない――蠢いてはいるが。
攻撃の手段であれば、[精神を攻撃]したり、[意図的な誤操作]で[同士討ち]を演じさせたりしそうなものだが……。
円での包囲が球での包囲へと推移した後は、ゆらめき動くだけで、何もしようとしていない。
――否。そうであるはずがない。
現に敵機さえも動いていないのだ。
物理的干渉力が無いのなら、突っ切って離脱してしまえば良いはずなのに。
であれば既に、彼女は[何か]をしているということになる。
それが何か――いや、その答えは、じきに明かされるだろう。
――群幻に、動き。
包囲の輪を狭めるように、群幻が重なり始める。
霧に包まれるように、雲に呑まれるように。
微かに見えていた敵機の影は、悉く幻に塗りつぶされてゆく。
もはや幻影と化した敵機は、既に銀の色を失い。
――黒曜の煌めきを、帯びていた。
『――!?
何が――』
羽蟲の姿は影に消え、幻が如く現れ出たものは――
『――黒鳥!?』
彼女の乗機、黒鳥の姿!
「――そういうことさ」
『!?』
背後からの、声。
後背部の感知器への反応は――今、突然に[反応が生じた]。
――彼女、か。
「ほら、見てご覧――」
『――あれは……』
幻影より現れた黒鳥は上方へと飛翔し、機体群主力を掠めるような動きで高速離脱していく。
――ああ、なるほど。
そういう手法、なのか。
『――[影武者]。
そうしたのですね、敵機を』
幻術による、存在の見せかけ。
走狗は狡兎に化かされ、[燻製鰊]を追うことになる――
「――正解。
よい観察眼をしているね」
いつの間にか正面に現れていた彼女は、三対一片の計七枚羽を滑らかに動かす。
「これで暫く時間が稼げるだろう。
少なくとも、話をする時間ぐらいは」
『肯定。
――できれば。詳しい話を、伺いたいのですが』
「それはこちらも同じことさ。
[子爵領周辺空域]にいた筈の妹が、
何故[遙か遠方の大浮遊島]に居るのか、とかね。」
『……肯定。
おそらくは逆、なのですが。
少なくとも、情報共有が必要なことだけは間違いないかと』
「――逆? というと――ああいい。
まずは……うん、戻るとしよう」
『同意。
――[命令完遂]、これより帰投します――』
彼女の落下を追うようにして。
ボクは、緩やかな降下を始めた――




