89話【ふかしぎなるもの】
『――肯定、構いません』
――断る理由が、在るものか。
必要なのは、一つでも多くの――情報だ。
「有難う――ええと」
『メガリスです。
[向こうの機人]は、セタ、と』
「……それで、アンタの名前は?」
[# 主への無礼は許しはせぬが ]
「よしなさい、バーバトゥルス。
礼に反しているのは己の方だ」
すると女性――は、姿勢を正し、手を胸にあて、目を瞑ると、ゆっくりと腰を折り始めた。
――やはり、これは礼式――そういう作法なのだろう。
「改めてご挨拶を。
己は父より、然る物の探求を命じられ、空を旅する流れの術師。
名を――」
「――メガリス! セタ! 無事か!?」
割り込む声、聞き慣れた声。
状況を確認すべく甲板へ上がってきた、麗しのお姉様だ。
『はい、問題ありません。
搭乗者は無事です。
こちらの方が、黒鳥の中に――』
「――フェン兄様……?」
「……ノア!? ノアじゃないか!」
『――はい?』
「……は?」
親しい仲であるかのように、手を振りあうお姉様と女性。
……女性?
ヘルの表情は{嬉しさ}や{再会の喜び}で満ちている。
おそらくは親しい仲……なんと呼んでいた、か?
――にいさま?
待て――待て待て、待て。
早合点は誤った最後へと引き摺り堕ちかねない……正確な、正確な状況を確認しなければ。
『呼掛、ヘル……よろしいでしょうか?』
「ん、どうしたメガリス?」
『いま、この方を――その』
「――ああ、そうか。すまない。
初めて会うのだから、紹介すべきだったな」
――と、割り込むように、女性の声。
「相変わらずヘレノアールは間が悪いねぇ。
折角、己が名乗りを上げる所だったのに」
「……フェン兄様の方こそ、相変わらず渡空船遣いが荒いようで」
「そこを突かれると己も弱い。
勘弁してくれないだろうか、ノア」
「いいでしょう、フェン兄様」
――割り込みには、[割込処理]で応じるまでだ。
『ヘル。
この方は、兄なのですか?』
「ああ、そうだぞメガリス。
つまりお前の義兄でもある」
『[思考]……』
……やはり、女性にしか見えないが。
いや、次兄の例もある。
[ヘルと同じ種族]とは限らない、のではないだろうか。
少なくとも子爵領の文化圏に於いて、[人間]が内包する種族的要素はあまりにも多い。
ならば、この[女性/男性]が、義兄で――
――別の種族、とすれば。
例えば、女性しかいない[下級神性]のようなもの。という可能性。
あるいは純粋に、[人間の女性に類似した形態]を持つ[生物]――などという事もあるかも知れない。
いかんせん、気になって仕方がない。
聞いてしまうべきか、あるいは――
「――おや、お嬢さん。
己の姿が気になるので?」
『……!?』
――気取られた!?
いや……[態度に出ていた]ということか。
ならばいっそ、聞いてしまった方がいいだろう。
不確定な推測を並べ立てるより、答えを持つ相手から受け取ってしまえばいいのだから。
『……肯定、[名称不明:義兄]
その姿が、[美しい女性]のように視認可能ですので』
「――ああ、君にはそう見えているのかい?」
『……?
どういう、意味なのでしょうか?』
君には。
ならば、つまり――
――見る者によって姿が違う……?
幻術か、猫箱めいた存在不確定性か、あるいは子爵のような雲身体……?
「ああ、フェン兄様の身体は少し変わっていてな。
確か――」
「変転種、数代前の先祖が該当種族だったらしくてね。
己は体外世界から認識しづらいらしい」
――世界から、認識されない?
ならば姿自体に深い意味はなく、それそのものは一種の――
『――変動体。
幻影のように、実体が希薄で。
それ故に[如何様にも認識できる]――と?』
「――幻、幻か。
そう、そんなところかな」
彼女は満足そうに頷くと。
揺らめきとともに姿を変え、また元の女性の姿へと戻った。
「初めて見る者なら、大概は[困惑を示す]ものだが。
どうやら、知の恵みには事欠かないようだね、お嬢さん」
――変幻。
差し当たり、その認識で良さそうだ――
[*――失敬。
皆様方――]
――! 艦からの伝達!
そういえば、黒鳥を攻撃していた賊は――?
[*敵機の接近を確認しました。
[情報送信]――機影、3機。
残りの機体は、動きを見せません]
――斥候! おそらくは様子見!
あの機体群は警戒している――[未知の戦力]を!
『迎撃します。
――今なら、先制攻撃可能です』
造兵廠を展開し、【対虚空飛翔翼】を構築する。
――必要なのは、許可と、命令だけだ。
「――わかった。頼む、メガリス。
だが――」
ヘルは一度視線を伏せ、別の方向へと向ける。
視線の先には――
「一人では危険。そういうことだね、ノア」
変身能力者の、兄。
――そういうことか。
『――飛べるのですか?』
「――勿論。
黒鳥のようには行かないが――この通り」
彼女の姿が揺らめき、幾対かの翼のような器官が生じる。
些か不格好にそれをバタつかせると、あまりにも容易に宙へと舞い上がる。
『……不可思議ですね』
「美しくはないが、まあ事は足りるさ」
それを追うように、当機もまた飛翔する。
「深追いはするな、必ず戻れ。
――いいな?」
『[命令承認]
――それでは、いざ』
[迎撃]し、[時間]を稼ぎ、[離脱]する。
戦闘領域へと――飛翔する。
降下する敵機。銀色の影。
羽蟲の如き敵影は、不揃いな進撃を続ける。
眼前に迫る。
研ぎ澄まされた静寂。
何もかもが消え去りゆく夢幻の刹那。
傍らの翼塊は、静かなる喊声をあげた。
「この【フェンベルトス・リラ・エデルファイト】
――見るがいい、幻影を」
彼女は消え――
――そして、顕れた。




