60話【贄】[side:dpl]
輸送が終わり、開けた場所に出た。
背中の少女は、少なくとも無事。
呼吸の音は聞こえるし、鼓動の音も規則正しい。
その点では現状、心配することはないだろう。
――しかし。
どうやって本体と合流したものだろうか。
互いの距離は、通信によって凡そは分かる。
だが、それだけだ。
感覚器によって認識できる範囲は限られているし、遺跡がどんな構造をしているのか想像すらできない。
もちろん、便利で素敵な詳細見取図が手元にあるはずもない。
[音響探査機]や[広域走査装置]を用いれば構造把握は可能かもしれないが、それには少しばかりの問題がある。
[容量]だ。
そもそもこの分身も【造兵廠】で生み出した、[数量の限定された][少量鉄血]でしかない。
簡易な兵器程度なら造り出せるだろうが。
それ以上となると、この分身を維持できるかどうか、危うい。
まあ、兵器化を解除された鉄血は、自動的に本体に戻る――と、電子手引書にはあったのだが。
それは不味い。
それでは、この少女をここに置いていくことになる。
何者かは分からないが、放置することなど出来はしない。
――この少女はボクを、女神の名で呼んだ。
つまり、[女神と同じボクの顔]を知っているのだ。
――女神に繋がる手がかりとなる可能性は、十分にある。
故に、この少女は、意思疎通可能な状態で生還させねばならない。
見捨てることなど出来ない――出来やしないのだ。
……それにしても。
この巨大な空間は、何なのだろう。
高い天井、まばらに存在する柱、積み上げられた石の祭壇、波のように動く透明な水。
あの昇降機めいた罠で連れ込まれたのは、
地下深く、水底深くに沈められた、些か奇妙な大広間。
【魔物】が現れるわけでもなく、死に至る罠があるわけでもなく。
罠によって送り込まれる場所としては、いかんせん平和すぎる空間だ。
そもそも、どれだけ下に来てしまったのだろうか。
下手をすれば、ここが最深層ということも有り得るではないか。
通信距離はそれなりに長く、本体との距離はずいぶんと遠い。
合流までの時間は長く、出来ることは多くはない。
少女を休ませ、回復させるか。
周囲を探索し、何かしらの結果を得るか。
もしかしたら、ヘルの言っていた【楔】とやらが近くにあるかもしれない。
……もちろん、無いかもしれないが。
どちらにせよ、この少女を何とかしなければならないことには変わりない。
治療器具や走査診断は難しいにしても……まあ、簡易ベッドぐらいなら作り出せるだろう。
ボクは右手を前に出し、[検索]を開始する。
『検索項目――
――[療養器具]
――[空気圧]
――[負傷者]
……即ち、【空気式簡易寝台】』
分身体の右手そのものが、分解し、再構成し、ちょっとした寝床になりそうなものを作り出していく。
作成はすぐに完了し、目の前には金属質の光沢を持つ長方形の緩衝材が出来上がった。
消耗した鉄血は、精々手指数本分だ。
中身はただの空気なのだから、風船のようにそれを抑え込む表皮を作るだけでいい。
……指が足りないのは不便かもしれないな。
そう思い、ボクは左腕部から鉄血を融通し、少し軽い手指を作り出す。
十分な質量ではないかもしれないが。まあ、無いよりはマシだ。
作業を行う必要があるのだから。
ボクは背中の少女を下ろすと、簡易寝台に乗せ、仰向けに寝転がらせる。
……改めて見ると、美しい少女だ。
青い髪はゆるやかにウエーブがかかっており、すっと通った鼻筋に、優美な曲線を描く輪郭。
衣服は今ボクが身に着けているものとそう変わりない。水色の法衣だ。
ただ、模様の方は些か奇妙なところがある。
法衣自体の色とよく似た、だが違う色で、非常に細かな文様が描かれている。
恐らくは文字のようなものだと考えられるが、ボクの記憶領域に該当する情報はない。
まあいいさ。
会話ができるのなら、本人に聞けば済むことだ。
ボクは、そんな呑気なことを考えていた。
――その時だった。
――〓■〓■〓〓――
――〓〓■■〓■――
――〓■〓〓■〓――
......〓■〓――!
轟く咆哮、歪む領域。
奇声と共に現れる、歪み歪んだ捻れた影。
『――【魔物】――!』
現れた来訪者は、シアアと穢れた息を吐くと、不揃いな目玉で獲物に狙いをつけた――




