58話【写し身】
『――ヒトが、倒れているようです。艦』
あまり手入れの行き届いてない青く長い髪。
やや痩せぎすで小柄な体躯。
うつ伏せの体勢なので、顔がどうなっているのかは分からない。
少なくとも、ボクの視界で見る限りは、ヒトに見える。
「ヒトが……? 妙だな、都市長は
{ここに足を踏み入れるものはいない}と言っていたが」
「それより救助が優先です! 艦、まだ息はある?」
[*熱源として反応する以上、生命活動の有無は是となります。
それ以上は、視覚的情報ないしは接触情報が必要です]
『では艦、[視覚情報共有]』
艦に、ボクの見ているものをそのまま同期する。
艦ならば、ボクより判断材料が多いはずだ。
『*了承、外見情報ではヒトないしはそれに類する生物と推測されます。
胸部の運動が生じていることから、[自発呼吸可能]ようですね』
「ヒト!? でも確か、この浮遊島って――
とにかく艦、[映像開示要求]!」
後方から、鈍い光。
艦の黒色石版端末だろうか。
「――これは――!」
艦の端末にボクの視界が映し出されている……ようだ。
自分では確認できないが、きっとそうなのだろう。
『どうしたのですか、ヘル、フルカ。
なにか、おかしな点でも確認されたのですか?』
「……おかしい、といえばおかしいが……」
「この浮遊島には、ヒトは住んでいないはずなんです」
「どこかの航虚空船から降ろされたか、[超空転移]の術者か、犠牲者か……
どちらにせよ、幾らか警戒しておいて損はないだろう」
……どうやら、ただの行き倒れではないらしい。
――少し、興味が湧いてきた。
『では、ボクが斥候に出ます。
大概の瑕疵なら、対処可能ですから』
「駄目だ、メガリス。
もしそうするならば、私はひどく心配をしなければならない」
心配――それは、きっと嬉しい言葉だ。
とはいえ今回、その問題には対処済みなのだ。
『心配には及びません、行くのは――ボクの分身です』
「なに……? メガリス、それはどういう――」
きょとんとしたヘルたちの顔。
これは美しいというより可愛らしいの部類だ。
――さて。何事も、案ずるより産むが易し、実際にやってみせるのが一番いいだろう。
ボクは右腕部の【造兵廠】を展開し、鉄血を溢れさせる。
「め、メガリスさん!? 何をするんですか!?」
ボクはそのまま、[検索項目]を並べ立てる。
[遠隔操作]
[特殊作業]
[本体模造]
[故意誘導]
[偽装標的]
即ち――
『――【囮人形】!』
泥濘のように形なき鉄血が極小機械部品によって成型され、何らかの形を作り出していく。
それは、人の形だ。
正確には――ボク自身の似姿の。
……女神と同じ、姿でもあるが。
成型が完了し、鏡写しのように、ボクと同一の姿が出来上がる。
いま着せられてる、白い法衣の紋様までもそっくりそのままだ。
もちろんそこまでする必要はないが、出来るのだからやらない意味もない。
とにかく、これで作業用機体が出来た。
鉄血なら、すぐ元に戻して回収すれば良いのだから、危険は最小限に抑えられるはずだ。
さて、ヘルの反応は――
「め、メガリスが二人――!!?
双つ子――双つ子だったのか?
ああ、どっちのメガリスも美しい……いやまて、それなら片方にはまた別の名が必要に――」
いけない、[パニック状態に陥って]いるようだ。
フルカは後ろでくねくねしながら声にならない歓声を上げている。
『落ち着いてください』
『こちらはメガリスの分身です』
『【腕に抱く造兵工廠】によって作り出された』
『謂うならば、メガリスの端末――手や足や舌先のようなものです』
『なので』
『まったく』
『『心配はいりません』』
――と、この様に、発声機能も有している。
おそらく、ある程度の戦闘もこなせるだろう。
それそのものが鉄血なのだから、兵装は直結になるだろうけれども。
[*――なるほど、[端末]を自作したのですね]
『ええ、艦。
この分身は本体の完全な制御下にあるものです』
[*であれば、凡そ問題は生じないでしょう。
いかがでしょうか、お嬢様?]
「え、あ、うぅ……わかった、だが、分身とはいえお前の一部だ。あまり危ないことはするんじゃないぞ」
『無論です。
では――』
軽い跳躍。分身の操作とて、本体を動かすのとそう変わるものではない。
それでいて本体の感覚も残っているのだから、電子頭脳は並列処理ぐらいはお手の物らしい。
着地。静音。
緩衝機構に異常なし。
倒れている少女を見遣る。
うつ伏せのまま動かないが、周囲に血の跡や争いの跡は見受けられない。
ただ意識を失っているだけなのか、あるいはおかしな眠りの内にあるのか。
判断はつかないが、こうしていても埒が明かない。
ボクは少女に向かって腕を伸ばす。
肩に触れようとした――その時だった。
「…………ぁ…………」
少女は体を起こし、こちらを見た。
ほとんど聞こえるはずもないような、小さな小さな声で何事かをつぶやく。
「――〓〓……さま――?」
交錯する視線、聞こえてしまった言葉。
それは、少なくとも、ボクにとって――
――聞き捨てならない、言葉だった。




