44話【月下】
[‡お話がお済みになったようでありますな、メガリス嬢]
電子頭脳に響く声。
意志ある剣――そう表現していいかは分からないが――ガルトノートの声だ。
『はい。少しばかり寝耳に水でしたが、理解の範疇です。』
[‡……? 変わった言い回しをするのでありますな。
まあそういうこともありましょう。ところで――]
剣はふわりと宙に浮き上がると、柄頭の碧色玉をこちらへ向けた。
手元から離れた剣の声は、相も変わらず電子頭脳に響く。
[‡ひとつ、勝負といきませんか?]
『勝負――ですか』
剣は、頷くように柄を傾けた。
……ああ、なるほど。柄頭が頭ということか。
などとこちらが考えている間に、彼は言葉を続ける。
[‡いやなに、単に興味本位なのでありますよ。
[飛んでいる自分を捉えるほどの相手]は、どれほどの使い手なのか。
――武器として、気にならない理由がありましょうか?]
碧色玉は妖しげに煌めく。
おそらくは微笑みだ。それも、ひどく好戦的な。
……ああ、しかし。良いことを言う。
気にならない理由がない。
――それは、こちらも同じことだ。
『ええ、理解可能。
――私も、兵器ですので』
発声器の端を動かし、微笑みを返す。
……それらしく出来ていれば良いのだが。
[‡――結構。
貴女もなかなか通でありますな。メガリス嬢]
快い感情を表すように、碧色玉が明滅する。
[‡義妹と従者の模擬戦はもう少しかかるでありましょう。
少し、場を移すのであります]
『ええ、互いの邪魔になっては不幸ですから。
――それで、どちらへ?』
[‡――あちらへ]
剣は切っ先を真上に向ける。
――空? いや、そこにあるのは――
『……高所がお好きで?』
[‡お嫌いでありますか?]
『――いいえ、望むところです』
剣が[切っ先で示した]先は――
――【見張り塔】。
この城館で、一番背の高い構造物。
今、ここから見える月は3つ。
おそらく一つは、この塔に隠されてしまっているのだろう。
[‡よろしい。では――
ああ、そういえば、貴女は翔べるのでありますか?]
『無論です。
ですが、この程度であれば。跳べば事足りるでしょう』
[‡それは頼もしい。
ますます楽しみになってきたのであります]
――
脚部に力を入れ、踏みしめ――跳躍。
壁を蹴り――加速。加速。加速。
高度は増し、上昇が続く。
眼下には城館と、湖。針葉樹林。
頭上には星屑。夜天。3つの月。
続く石壁が途切れる。
4つ目の月が姿を現す。
屋上に降り立つ。
数瞬遅れ後、煌りと閃く銀光。
鏡の如き刃が月影を写し、倍する月光は白塔を照らす。
対峙。張り詰めた空気。歪み始める時間感覚。
口を開いたのは、果たしてどちらからだっただろうか。
[‡――では]
『――始めましょうか』




