43話【場違いな遺物】
ボクの機体に、【虚空】が――!?
しかも、[組み込まれている]とはどういう事なのだろうか。
基本的な装置が――虚空突入時、体内侵入された?
この不調は、虚空の所為で?
どちらも可能性は考えられるが、どこか核心を外しているように思える。
もし最初から組み込まれているのだとしたら、それは――
――いや、先に話を聞くのが先決だろう。
『失敬、詳しくお話を聞かせて頂けませんか?』
[‡それには及ばないでしょう。
好事家がこの念話を盗聴しているようですので]
『――!?』
突如、足元の地面がカパッと開く。
地面下から現れたのは、甲高い声をした長い髪の――蒼銀髪の女。
「おぉ~っとぉ! そこからは専門家の出番デース!」
――面識は在る。さっき会ったばかりだ。
だがさっきの真摯な態度と口調ではなく――最初に合った時の言動だ。
やはりどうにも評価が付かない……。この手の"人間"は複雑怪奇だ。
「負傷機体が無茶しちゃ駄目デスよー!
それはそれとしてキミの懸念も尤もデース……しかし!
キミの[強制スキャン]の結果が出たのデース!」
スキャン……いつの間に?
いや、それよりもまずは――
『――隠し撮り……?』
「そうデース! なにか言われる前に一枚拝借しておいたのデース!」
『ええと、ヘル……こういうのは、貴方達にとって自然に行われていることなのですか?』
ヘルの方を向いて尋ねようとした――
が、彼女は既に、獲物を湾曲剣に持ち替えた無口な従者と、
新たな模擬戦を繰り広げていた。
やはりサイクリスの事は苦手としているのだろうか……。
「無論、私の独断に決まってマース!
その方が迅速な処理が可能でより良い結果が生まれマース!
一刻を争う自体になっては手遅れなのデース!」
[‡メガリス嬢、彼女の手法は異常で、尋常のものでは無いのであります。
盗み撮りの危険に関しては、彼女一人に気をつければ良いのでありますよ]
『忠告痛み入ります、ガルトノート様。
そしてドクター、結果はどのようになっているのでしょうか?』
技師の表情が変わる。
先ほどと同じような、真摯な姿勢。
言うならば、仕事用の態度といった所だろう。
「そう、先程ガルトノート君が言ったとおり、メガリスの体内機構には――
――【虚空】を用いた器官が存在している、と云うところかな」
『はい、其処までは聴きました。
それで、その器官は――』
「一つ、それはどのようなものか?
二つ、それはどの部位なのか?
三つ、どういう機能を持っているのか?
四つ、危険性を有しているのか?
――さしあたってはこんなところだろう? [知りたいこと]は」
『――はい、その通りです。
が、其処まで分かっているのなら、そのままご教授願いたいものです』
「無表情で悔しがる姿も可愛らしいデース!
……では、どこから話そうか――そうだね、まずは一番肝心な所だ。
[それはどこのなになのか?]」
サイクリスは崩した態度を瞬間的に戻すと、言葉を紡ぎ始める。
「結論から言えば、キミの武装……【腕に抱く造兵廠】
それは[多次元的圧縮空間]と化した【虚空】そのものを閉じ込めた……
恐ろしく巨大な収納容器のようなものだ」
『この【造兵廠】に、【虚空】が!?』
「そう、まるでお伽噺に出てくる魔神の壺の様に、入るはずのない巨大なものを、
島一つほどの重量を、小さな小瓶に収めて――砂糖壺ほどの重さもない!
私とした事が【虚空】をこんな風に利用するなんて、考えた事も無かったデース!」
サイクリスは興奮気味で話を続ける。
「中身の方も素晴らしいデース! 恐らくは鉱術の[溶鉄の剣]に似た性質を持つ、極大容量の常温流体金属! 武器化は別の機構デしょうが、それでもこの物量は驚異そのものデース!!」
『――つまり、この【造兵廠】自体が、【虚空】を宿した容器だ、と?』
「そういう事デース!
最後に、危険性に関しては、それがキミの一部である限り、まず存在しないものデース!!
内部は他の【虚空】空間からは切り離されてマスし、中身の鉄血は虚空に依る存在侵食に対してほぼ完全な抵抗力があると言えマース! 虚空突入時だって鉄血を全身に纏えば[奈落に呑まれる]ことさえ無くなることデしょう!」
『補足するなら。キミが【奈落に喰われた】時、喪失した【存在】を補完出来たのは、この鉄血のおかげデース! 人間的人間で言うなら義手や義足のようなモノデース! というよりはむしろ、髪や爪を切り落としてもまた伸びてくる……の例えの方が適切かもしれまセーン!』
『……つまり?』
「キミは何ら問題なく虚空に突入できたハズだ、という事デース!」
……成る程。
理屈は通っている。納得も可能だ。必要な情報さえも得られたのだ。
だが、一つだけ。
分からないことがある。
『……【虚空】というものは――
【大破砕】の後に、ニンゲンが知り得たものではないのですか?』
サイクリスの表情が止まる。
深く思考を巡らせているのだと確信できるほどの、沈黙。
サイクリスは額に当てた掌をそのままに、懸命に整えた声を出した。
「――そう。問題は、そこなんだ。
世界の間隙……【虚空】などというものが生じるには、
世界がバラバラになる必要がある。
即ち、【大破砕】が発生する以前、世界はぴったりとくっついていて、
【虚空】たりうる間隙など存在し得なかったハズなんだ」
サイクリスは続ける。
ゆっくりと、一音一音の発音さえも違えぬような慎重な口調。
「だがキミの身体には、【虚空】を用いた器官がある。
古代ライムリアは勿論【大地】の文明――【大破砕以前】の文明だ、つまり……」
『[オーパーツ]、なのですね、【造兵廠】は』
「ああ。そして恐らくは、キミ自身も」
サイクリスは頭を振り、両掌をこちらに向け、上げる。
{降参だ}――まるでそんな表情で。
「キミは、本当にライムリアの機人か模倣人形なのかい?」
少し考え、答える。
今のボクには、こう答える他ないのだから。
『分かりません。機体にあるのは、記録だけですから』
「ま、それはそうだよネー。
機体自体はライムリアで造られて、武装は最近になって取り付けられた――なんて事も考えられるけれど。その継ぎ目のない機体はどう見ても同じ製造者のものだ。
何千年も生きる製造者なんて、見たことも聞いたこともない」
一人、心当たりが無いわけでもない。
……だが、本当に、何もかもが女神の仕業なのだろうか。
女神は、ボクに――何をしたい? 何をさせたい?
――分からない、何も。何一つ。何もかも。
分からないことは、保留するほかない。
とにかく今は、分かったことの方が、重要だ。
【虚空】に対する対処法が得られただけでも、大きな収穫だ。
『ありがとうございます、ドクター。
少しだけ、分からないことが分かりました』
「――ああ。力になれたようで、なによりだよ。
いつか分解して解析させて貰えれば嬉しいな」
『駄目です』
「残念デース……おっと、そろそろ別の要修理者が来る時間だ。
私はこの辺りで失礼するよ。じゃあね、【大機械灯台】の加護を」
前にも聞いた単語だ。
少し気になるところだが……ええい、構うものか。
「……【大機械灯台】とは?」
「機人たち固有の民間信仰さ。
[どこかの浮遊島に、すべての情報を知り得た巨大な搭型機人が建っていて]
[全ての機人の存在を見守っている]
とかいう」
『彼ら……いえ、機人達にも、信仰があるのですね。
呼び止めてしまい、申し訳ありません。それではまた、ドクター・サイクリス』
「ああ、メガリス君。それじゃあまた……デース!」
サイクリスは開いた掌をヒラヒラと降ると、開け放したままの地下扉を放置して扉の方へと向かっていった――




