42話【するどきもの】
「メガリス!!!? どうした? 大丈夫か!!?」
腕部から展開された、もう一つの腕型作業機が、暴れる飛翔剣を抑え込む。
逃がすものか――決してッ!!
『こちらの台詞です。ヘル、大丈夫ですか?』
「――? ああ……うん……?」
状況が飲み込めていないのか、ヘルは非戦闘モードなようだ。
『危ないところでした。魔法なのでしょうか?
この空飛ぶ剣が、背後から貴女を――』
ヘルは少しばかり首を傾げると、すぐに合点がいったように掌を鳴らす。
「! ああ、そういうことか。
すまない、剣を放してやってくれないか?」
『……大丈夫なのですか?
命を狙った相手を――』
「そうじゃないそうじゃない。
なんて説明したら良いか――
……まあ、兎に角。剣に危険はない。
義兄を放してやってくれ、メガリス」
状況はよく分からないが、お嬢様が言うのならば致し方あるまい。
【造兵廠】を解除し、[空飛ぶ剣]を解放――
『――あにうえ?』
兄上……? そこで棒立ちしている男の事、か?
いや違う、{離せ}と言う事は、今ボクが捕獲している者を、と言う事になる。
だが、ボクの手にあるのは先刻掴んだあの剣しか――?
[‡その、失礼ながら、[お若いご婦人]]
!思考中枢に直接――!
事前信号一つない情報送信、それはすなわち通信ではない。ならば、例えば――別の規格で――?
[‡自分の柄から、御手を放して頂きたいのでありますが]
『……はい』
意志ある剣。
なるほど、よく考えてみれば、有ってもおかしくないもの――か。
そして――義兄上。
あからさまに明確な自意識――意志の力なるものを持つものだ。
つまるところ、剣はボクより前に、子爵に発掘されたものなのだろう。
彼らが定める所に依れば、剣は人間なのだろう。機体と同じように。
剣はふわりと宙を舞い、男の手の中に収まった。
『……その、ヘル。
男と剣を、ご紹介頂けないのでしょうか?』
そちらが目上に当たる方なのでしょうし。
と、電子頭脳の中で続ける。
「ん……ああ、そうだな。紹介しよう」
ヘルは{ああ、忘れるところだった}とでも言うように、男と剣に掌を向け、紹介の姿勢を取った。
「こちらは我が義兄。
【エデルファイト子爵[ヘルゲロープ]】が第三子。
【ガルトノート・ミッドヴィーン・エデルファイト】だ。
傍らの者は【ラッツラッヘ・ベリトード】
義兄の従騎士をしている」
『……失礼ながら、どちらが、どちらなのでしょうか』
薄々……わかっては、いる。
だが、聞かずに済ますわけにもいかないだろう。
「――! ああ、刃間――剣の姿を持つ方が、ルト兄様で。
私達に近い姿なのが、ベリトード君だ。
……この言い方で分かるか、メガリス?」
『問題ありません。ありがとうございます。
お二方、ご無礼をお許しください』
詫びる言葉を告げると、剣はふよふよとボクの前までやって来て、柄の部分をこちら側へ向けた。男は微笑みの表情で控えている。
握手か、あるいは挨拶か。何かの儀礼的動作だろうか……ともあれ、僕は剣の柄に軽く触れた。
[‡お気になさらずとも良いのであります。
よくあること、でありますので]
再び、電子頭脳内部に声が響く。
好意的な返答だ。良かった、機嫌を損ねてはいないようだ。
「ルト兄様、その機人――あるいは模倣人形機かも知れないが。
とにかくその娘がメガリスだ。【エデルファイト】に連なるものとなった、私達の義妹だ」
ここは挨拶をすべきだろう。
伝える言葉は――決まっている。
『メガリスです。ガルトノート様。
至らぬ身ではありますが、どうぞよろしくお願い申し上げます』
[‡こちらこそ、メガリス嬢。
エデルファルトは貴女を歓迎するのであります。
自分個人としても、使い手たり得る手指保有者は、多い方が望ましいのであります]
――人の手?
確かに指先はヒトのものを模した形状だが……
使い手――ああ、そういうことか。
この[意志ある剣]は、相手が自分の柄を握れるか? という事を気にしているのだろう。
となればそうではない……言うならば、ヒト形以外の【ニンゲン】もそれなりに居るということか。
必要以上に驚かないように心がけなければ。やはり、失礼だろう。それは。
[‡ところで、メガリス嬢]
『なんでしょうか、ガルトノート様』
[‡貴女は、変わった肉体構造をしているのでありますな]
『……? 何の話でしょうか』
肉体構造。触れただけで、そんな事が分かるものなのか?
一種の透視の類いか、精神干渉系の察知技術か。
『というより、何故そのようなことが分かるので?』
[‡自分らのような刃間には、
触れたものと相互に情報を共有できる作用があるのです。
――そう、この会話もそれで行っているのであります]
そういうものか。
確かに物語の[意志ある剣]は、その手の能力を有する物が少なからずある。
[所有者の意識を奪う妖刀]などはその最精鋭だろう。
……ならばこちらの情報は筒抜けじゃないか。
なにかこう、自分を丸裸にされてしまったようで、少し気恥ずかしい……ような気もする。
[‡それで、貴女の状態を確認した所。
少しばかりおかしなものが見られたのであります]
『おかしなもの……とは?』
[‡はい。それは、少なくとも平常の機人が体内に有する成分として、
ありえないものなのでありますよ]
ありえないもの。
聞き捨てならない響きだ。
あるいはそれが、不調の原因では?
その可能性も十分にあるだろう。
そう思うと、情報の重要度が一気に変わってくる。
『申し訳ありませんが、焦らさず教えていただきたいものです。
それは、ボクにとって大事であるかも知れませんので』
[‡失敬。では簡潔に申し上げるのであります]
一拍。数瞬程度の間。
放たれた言葉は、想定外の奇襲のように。
[‡貴女の機体には……そう、
組み込まれているようなのであります。
【虚空】を用いた機構が――]




