36話【ホーム】
「我らが故郷!
『銀の森』
『不夜領』
『群月の眠る場所』
『鏡面庭園』
『虚空への湊』
正しく言えば――
――【エデルファイト子爵領】へようこそ、メガリス!」
4つの月に圧倒されていたボクに向けて、ヘルは歓迎の言葉を並べる。
正直、聞きたいことが多すぎるのだが――まず、1つ目から切り崩していくとしよう。
『……何なのでしょうか、その大仰な前置きは』
「この浮遊島には別名が多いんだ。
来訪者に説明する時、なかなか難儀するぞ」
全てが称号や別名――のようなものか。
名前全てに"そういうの"を取り入るような例もある事だ。
さしあたり気にする必要はないのだろう。
『では、ヘルは普段なんと呼んでいるのですか?』
「"父の所領"、と」
……ホーム。
なるほど、言い得て妙だ。
彼女にとっては、紛れもなく彼女の家にして故郷ということなのだろう。
……となると……そうなのだな。
ボクの家、そういう事にもなるのだろう――
「さて、フルカ。1つ挨拶をしておくとしよう。拡声の[鳴術]を!」
フルカは大きく息を吸い込み、唄うように呪文の詠唱を始めた。
「かしこまりましたヘルお嬢様ッ!
{"あなたは風 どこまでも遠く 果てしなく広がる風
そう この歌は どこまでだってきっと届く"――!}
鳴術式、【さえずる風】っ!!!」
外見上、特に変わったところは見られない。
だが、失敗したようには見えない。
お嬢様が動揺していないからだ。
そして、ヘルは、大きく声を張り上げる。
「私は――エデルファイト子爵
【ヴェルゲロープ・トライベン・フォン・エデルファイト】が娘、
[ヘレノアール・ヴィーディス・エデルファイト]!
探索行より帰還した! 入港許可を求めたい!」
音量は、さほど大きすぎるというわけでもない。
だが、相手側にも十分届いているのだろう。
フルカのの……鳴術の力で。
港――らしき、湖の一角からは、緑色の小さな光が上がっている。
虚空突入時の声は、やはりフルカの魔法だったのだろう。
そういえば、ボクの身体は魔導兵器であるようだが、例えば――[魔法を使う]、ということは出来るのだろうか?
検証が必要……その前に、魔法についてヘル達に聞いてみるとしよう。
……ああ、また、聞かなければいけないことが増えてしまった。
――実に、楽しみだ。
「緑の信号術式……うん、問題ないようだな。
フルカ、オーチヌス! 艦を港に着けるぞ! 頼んだ!」
「はい!! 艦、着港準備!」
空をゆく船は次第に高度を落とし、湖がどんどん近づいていく。
上空からは小さく見えていたが、降りてみると随分と大きな湖のようだ。
[*着水を完了。埠頭まであと5...4...3...2...1...停止。入港を完了しました。]
「やったね艦!
お嬢様、久しぶりの地元ですよ!」
「ああ、今回は少し長引いたからな。少しは休めるといいのだが。
メガリスに見せたいものも、たくさんあるからな。流行りの服とか」
『……お手柔らかにお願いしたいところです』
このままではボクは、彼女らの着せ替え人形になってしまうのではないか。
そんな疑惑は日に日に深まるばかりだ。
自分の体が可愛らしく飾り付けられるなんて……やっぱりなにか、変な感じだ。
……はずかしい……。そう、なんというか、はずかしいのだ。
うう、そんなことを考えていると、また――何か体の奥の方が妙に可笑しく疼きだす。
一体、何の機能だというのか……こんなことは、電子説明書には書いてなかった……。
それはそうと、ヘルもフルカもどこか気が抜けてのほほんとしているように見える。
[故郷]とは、きっとそういうものなのだろう。
……ボクはこの場所を、故郷とすることが出来るのだろうか……?
――と。
その時。
「――ヘレのん ヘレのん~! ひっさしぶりだネぇ!」
やけに機嫌の良さそうな女性が、ボク達に声をかけた――




