35話【言の葉】
「はい、これより当艦は、母港[鏡面大森林湖上要塞]へと帰投いたします!」
正解。帰投だ。
これでもし{「当艦は、轟沈いたします♪」}だとか
{「当艦は、友軍より攻撃されております!」}だとか、
そういう"悪い知らせ"の類いだったら――どうしたものかと思っていたのだ。
『……それはそれで、楽しいことになるかもしれませんが』
「どうした、メガリス? 笑うなら、もっと愉快そうに笑ったほうがいいぞ」
『いいえ、なんでもありません。ヘル』
いけない、発声器官に出ていたか。
トラブルというのは、得てして楽しいものだが。
それに賛同されることは、あまり多くはない。
そういうことを、無闇に他人に漏らすというのは、まあ良いことではないだろう。
舌禍、其れの一種だろう。
……それにしても。
"思考を口に漏らす"なんて、まるで人間のようじゃないか。
今のボクは機人だと言うのに。
まったく、随分と人間味に満ちた機械だ――
「さて、メガリス、窓を見ろ! 領域突破の瞬間は、圧巻だぞ!」
『――? 窓、ですか?』
促されるまま、窓を覗き込む。
そこには――
『――ぁ……!』
――鮮やかな、色彩。
空という、青と白だけで染められた淋しげな絵描き布に、欠けていた色が次々と加えられていく。
それはどことなく、虚空に侵入した時にと類似していて。
それでいて、決定的に違う。"やわらかなあたたかさ"を感じられた。
まるで、世界に受け入れられるかのような。
抱擁、それを想起させる。
懐かしく。
だが、始めての。
そんな、不可思議な感覚だった。
『……この感覚、[言語化の困難]』
「……だろう?」
ヘルは嬉しそうな笑みを見せる。
{お気に入りの場所を褒められて満悦するかのような表情}で。
「私はな、メガリス。美しいものが好きだ。大好きなんだ。
それは、ある意味で――そういう、"言葉にできない感覚"を得るのが好きなのかもしれないな」
『美しいもの、それ自体ではなく?』
「そうだ。あえてややこしく表すのなら――その感覚、それ自体も美しい――ということだろうか」
『……あまり、よく理解できません』
「――む。……いかん、少し――恥ずかしい事を言ったような気がする」
『それも美しい、ということなのでは?』
「……まあ、それも、そうかもしれないな。
それより、もう"領域突入"は済んだ。甲板に出るとしよう。――フルカ!」
「はいっ! [ハッチの開放]!」
[*了解!]
展開された円陣から、甲板へと移動する。
そこに広がる光景は――
遍く天の星々は、天鵞絨の闇を眩く照らし。
広がる地平は不思議と、どこまでも広く見えて。
深く広がる、針葉樹の森の中。そこにある銀鏡のような湖。
そしてその傍らに建つ城館は、永い時を越えてきた重厚さで迎える。
そして。
ボクらの到着を歓迎するかのように。
夜空には"4つの月"が白く輝いていた――




