34話【浮遊島】
『拠点に、戻るのですか?』
「ああ。お前の機体の事もあるし、一度顔を出して置かなければならないからな」
艦内、指揮室。行われているのは、ちょっとした情報調整だ。
……勿論、服は着ている。
この間とは違い、比較的簡素な上下繋のようなものだ。
どうやら、この空域はそこまで危険な場所ではないらしい。
そこまで動きやすい服装ではないのだが、それならばと受け入れた形となる。
「……技師がいるのですか? その――」
「浮遊島[断章世界:旧王国_エデルファイト子爵領]
――まあ、単に自国領でも構わないがな」
『そう、ではその……子爵領に、機人を専門に診る、技師が?』
「ああ、頼りになる人だよ。艦も彼女に診て貰っている。
――少しばかり変人、というのはまあ、玉に瑕だが」
苦笑するヘル。
彼女、と呼んだ以上、技師は女性なのだろうか。
「それと――ああ、父上に、お前のことを紹介しないとな」
『お義父様――エデルファイト子爵様に、お目通りできるのですか?』
貴族。といえば、お偉方だ。
いくら制度とは言え、拾い子のようなボクに会おうとするようなヒトなのだろうか。
ヘルはすこしキョトンとした顔で、答える。
「それは――当然だろう。
お前も、子爵家の一員なのだから」
……ふむ。
なんというか、やはり。
ずいぶんと、大らかな気風――そんなようなもの、なのだろうか。
『そうなのですか……開かれた家風、ということなのですね』
「ふふ、まあ、そんなところだ」
自慢げな顔で少し笑うお嬢様。
その姿は、なんというか、可憐だ。
「……? どうした、メガリス」
『いいえ、何でもありません。お姉様に見とれていただけです』
「……見とれ――!?」
いけない、余計な発言をした。
そういうことは思考の内に秘めておいてこその華だろう。
赤面するヘルを見なかったことにして、次の質問を投げかけることにする。
『そんなことより、"旧王国"とは?
貴族が居る以上、王というものも健在であると思うのですが』
「……あ、ああ。その辺りは少しややこしい事情があってだな」
言葉を切り、思索する表情。
{どのように説明したものか}といったところだろうか。
「結論から言えば、"王というものは、居ない"し、"私の知る限り、それはお伽噺の存在"だ」
……少し、理解が追いつかない。
もう幾許か、情報を追加すべきだ。
『……詳細を』
「詳細、というほどのものでもないがな。
【大破砕】については、前に話したな?」
『はい。世界が大いなる大地から切り離されて、
散り散りの浮遊島に成り果てた、と。』
「ああ。だが破砕はヒトの引いた国境線など、少したりとも意に介さなかった。
王の住む都に至っては、城そのものさえ断ち切られ、バラバラのコナゴナになったという」
「もちろん王は生存を赦されなかった。その血族も幾らか居たらしいが、いつの間にやら全て絶えてしまっていたらしい」
「王は不在、国土はバラバラ。その時点で、かつての王国は旧王国となった」
「そうなればもう、各々の浮遊島で自治をする他ない。
たまたま浮いたその土地の、領主がいれば領主を、居なければ有力者を、
それさえ無ければ適当に、人柱を立て、やれるだけの事をやる他なかった。」
「当家は偶然、所領の大部分がそのまま浮遊島となった家でな。
辺境の地方領主が、そのまま浮遊島の主になった――ということらしい」
「そんなわけで、言ってみれば子爵というのも名ばかりのことだ。
使えるべき王もなく、諂うべき上役もなく。ただ従う民が居るだけだ」
「まあ、単純に。過去に使われていた名を、
そのまま流用しているだけ、といったところか。
爵位、貴族としての意味など、もはや別のものだろうな」
「そう、だから、話のはじめに"むかしむかし"が付く。
私達にとっては、"お伽噺のようなもの"さ」
ヘルは、一息をつくと、卓に置かれた茶の容器を手に取った。
ふと、部屋の外からノック音。
恐らくは、フルカからの知らせ。何らかの。
「入れ、フルカ」
「はい!」
ゆっくりと開く扉。入室するフルカ。
機嫌は、良さそうだ。今にも歌いだしそうなほどに。
良い知らせ、ということだろうか。
「なにかあったのか?」
「はい、当艦はもう間もなく――」
――{母港へ帰投いたします}――そんなところだろう。
何事もなければ、いいのだが――




