97話【背反する延引節略】
「――フェン兄様……!」
激情を圧し殺すかのようなヘルの声。
{苛立ち}のようでいて、{怒り}のようでいて――それでも、どこか違う感情だ。
「{勿体ぶるな}って感じだねえ、ノア。
――だが、必要なことさ。
錆砂が肉体簒奪者であること。
それを知らなければ、[使い方]には至らない」
……使い方。
彼女はそう、妙に勿体ぶっている。
何らかの理由があるのか、単に当人の性格上の問題なのか。
仮に、前者であるとするならば――そう。理由は――何だ?
単純に、[後ろ暗いところがある]?
[段階的な説明を用いなければ誤解を生む]?
あるいは[意図的な集中点の操作]――[誤誘導]?
[時間稼ぎ]――[何かを、待っている]?
[段階的な説明自体が、何らかの準備]?
――いや。無闇に疑えば、そこに切りも際限も無い。
出題者の作為に怯えるな、[使い方]は幻影の中にある筈だ。
彼女は、[如何なる方法]を[正答として]いる――?
――待て、そういえば――
『――ひとつ、宜しいでしょうか。お兄様』
……そう、そもそも――
「なんだい、お嬢さん?」
一度も、そうとは言っていない――!
『錆砂はそもそも――[投与する]モノではありませんね?』
「――へえ。
どうして、そう思うんだい?」
かすかに見せる{喜び}の表情。ゆらめきが大きくなる。
『貴女が、一度も言っていないからです。
――[錆砂を父の呪詛に投与する]とは』
「な……!」
「……ほう」
驚くヘル、{では、それから?}というような笑みを見せるお兄様。
そして――うん? そういえば、フルカ達の姿が見えないが――
――まあいい。先に、この話題を処理してしまおう。
「では、お嬢さん?
錆砂の用途とは、何かな?」
――肉体簒奪者、呪詛砕きの可能性、人形演劇、植え付けられた外部からの意思―――
――なんだ。
つまり、そういうことか―――
『――[先行事例]――そう、手本となるもの。
貴女は、お父様に[新たなる身体]を与えようとしているのですね』
「!!?」
「――!」
『[知性体]の肉体を簒奪し、自分のものにする【錆砂】
子爵の雲身体で、同じことをするのでしょう?』
僅かな筈の、長い沈黙。
そして不意に聞こえていくる、パチパチとした弾ける音。
……拍手の、つもりなのだろうか。
「――素晴らしいね、我が義妹。
八割方、それで正解だ」
満足げなお兄様に――お姉様が、食って掛かる。
「――待て、待ってくださいフェン兄様!
[無辜の民]を犠牲に!? そんなことをすれば――」
「そう、そこが残二割の理由だね。
新たな器は[意志ある者]じゃあなく――」
『――【人造人間】
中身のない、人形』
「――そう、とも言える。
己が用意しようとしているのは、限りなく生身の――」
[応答確認]――[応答処理]
艦からの通信?
……いや、これは[事前確認]だ。
となれば、すぐに艦内放送が来るだろう。
しかし、何があったのだろうか。
[*――失礼、フェンベルトス様。
御乗機が、{修復が完了した}との事です]
「ああ――もうそんな頃合いか。
すまない、ここまでだ。
己は急がなければならない」
「お待ち下さい、フェン兄様。
まだは話は終わっていないはずです」
「わかってるよ、ノア。あともう少しさ。
だが己は鉄砂海峡に戻らなければならない。
そうだな――歩きながら話そう。いいかい?」
「……いいでしょう、フェン兄様。
メガリス、いいか?」
『肯定。
黒鳥の場所へ、ですね』
「そうとも。
彼にはまた、苦労をかけることになる――」
といって彼女は席を立ち、部屋を出ていく。
ちらつかず揺らぎもない彼女の足取りは、明確に{焦燥}を表していた――




