天使の終わり1
洞窟の中に息を潜めて隠れる三人の影。その全員が傷だらけで、血を流していた。
「終わりだな。我々も」
壮年の男が笑う。男の腹部は赤黒く染まっていた。
「狼の天使がそんなに弱ってるのはじめて見たぜ。なあ、氷の天使」
若い男が口を大きく開けて笑う。男はその勢いで大きな血の塊を吐き出した。
「そうだね、雲の天使。あんたの死にそうな顔を見るのもはじめてだ」
声をかけられた若い女は笑う。女は左腕が使い物にならなくなっていた。
「うるせぇよ」
雲の天使と呼ばれた男は眉を顰めて笑った。
「他の天使たちが逃げ切れたことを祈ろう。そうでなければ、我々が暴れた意味がない」
「違いないぜ」
男の乾いた笑いが響く。その後、静寂が訪れ、三人の弱った吐息だけが洞窟の奥に吸い込まれていった。
壮年の男は二人の若者の顔を見ながら口を開く。
「付き合わせて悪かった」
「気にすんなよ、あんた一人じゃ少し大変だったろ?」
「ああ。おかげで少し楽ができた」
壮年の男は笑う。
「誰か来た」
女が言うと、男二人は気配を消し去った。
少しの間の後、二人組の兵士が現れた。前衛の男は盾を構え、後衛の男が松明で前方を照らしている。
女が明かりの中に姿を現す。
兵士たちは素早く身構えたが、それよりも速く、女は握った小石を盾兵の右目に投げ付けた。
盾兵が顔を背けると、影から若い男が手を伸ばし、盾兵の首を正面から掴んだ。兵士は抵抗しようと盾を離し、首を掴む手を剥がそうとするが、男の腕は微動だにしない。
「あっ……がっ……」
首を押さえられた盾兵が振り返り、後衛の兵士に助けを求める。しかし、そこには首が可動域を越えて捻じ曲がった仲間が倒れていた。その脇に老人が一人、松明を持って立っている。
「仲間はどれくらい残っている?」
老人は松明を盾兵に近付けながら尋ねた。
「ぐっ……」
盾兵は懐からナイフを取り出し、首を絞める男の脇腹を狙って突いた。
しかし、男は動かない。
「良いナイフね」
男の背後にいた女がナイフを見せる。それは、盾兵が先ほど懐から抜いたものだった。ナイフを握っていたはずの手を見ると、指がなくなっている。
男は兵士の首から手を離す。兵士は倒れ込むと、指のなくなった手を押さえて呻き声を上げた。喉を強く掴まれたせいか、大きな声を上げることはなかった。
「追手の気配はないな。運が悪かったと思ってくれ」
老人は兵士の首を踏み付け、息の根を止めた。
「こんな奥まで探しにくるなんてな。俺らですら入ったことねぇよ」
若い男が笑う。
「ここは生まれ変わりの泉だ。変わりたいと強く願うことで新しい人生に生まれ直せると言われている。我ら天使たちが戦死せずに全てを終えられた時、ここで命を終わらせ、次なる命に向かうという」
「へえ、立ち入り禁止の洞窟はそういう意味があったとはな」
「馬鹿みたい。死んだらどうなるかなんてわからないのに」
「我ら天使は女神に仕える身だ。最後は女神に祈りを捧げて泉に身を投げるのさ」
「じゃあ、せっかくだし、最後にその泉を拝んでくたばるとしようぜ」
若い男はそう言うと、壮年の男から松明を取り上げ、洞窟の奥へと向かった。




