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第七話

 立ち入り禁止の看板を見て、晃琉はげんなりする。金網の奥に見えるのは、明らかに異様な気配の森。

 何より異様なのは行方不明事件が起きたというのに、警察が誰もいないことだ。


「ねぇ、本当に僕が行かないといけないんですか?」

『行かなくてもいいけど、そうなるとしばらくお前は外の空気を吸えなくなるな』


 耳につけたイヤホンから、笹里の通信越しの声が流れてくる。


「僕的には、外に出れないで済むならそっちでもいいんですけど?」

『昼も夜も分からない暗闇の中で、お前に取り憑いた悪魔と毎晩一緒に過ごすんだぞ? ご飯はパンの耳くらいなら出してやれるかもな』

「……真面目にやります」


 元凶となった悪魔の少女エルを見つめながら、大きくため息をついた。彼女は見つめ返してから、晃琉の鼻をきつくつまむ。


「な、何するんだよ!?」

「なんか失礼なことを考えてたの」


 自分には逃げ場がないのかと、晃琉は空を仰いだ。

 

 時刻は夕刻、もうすぐ日が暮れる。昼と夜の境目は、この世とあの世の境界も曖昧にするらしい。

 金網に手をかけて、改めてなんで自分がこんな危険なことをしなければならないのか自問自答した。


 慎重に登る。金網を乗り越えたところで引っ掛けて、地面に落ちた。


「鈍臭いの」


 クスクスと笑われて、痛みを隠すように立ち上がる。制服についた土を払う。

 

 顔を見上げると、広がっているのは薄暗い森。まるで蛇が大口を開けて待っているかのような空間に、思わず喉を鳴らした。

 心の底から行きたくないと危険信号を発するが、通信先で笹里のノイズ混じりの声が急かしてくる。逃げることは許されないんだなと、大きく肩を落とした。


 本当に好きでこうなったわけではないのに……。


 足を踏み入れると、異様に柔らかい土の感触が返ってきた。ただの地面でさえ異様に感じてしまうのは、心の持ちようなのだろうか。


 とにかく、何事もなければそれでいい。適当に回って何もないと言って帰ろう。

 晃琉は心の中で決心する。



※※※※※※※※※※


 

 異様に冷や汗をかく。心臓の圧迫感がある。

 身体全体が、ここにいたくないと訴えているかのようだ。


 呼吸が浅くなり、晃琉は心臓部分を掴むように服を握った。

 落ち着けと言い聞かせて深呼吸しようとするができない。まるで息の仕方を忘れてしまったかのようだ。


「……も、もういいよね?」

『何言ってんだまだ入って五分も経ってないだろ?』

「ま、まだ五分……!?」


 体感では三十分は経ったような気がする。


 ふらりと視界が揺れて、思わず木に手をついた。足で踏んだ小枝が、パキリと乾いた音を発する。

 

 足が重い。一歩が出ない。しかし、ここにいたくない。

 そんな矛盾した考えを指し示すように、晃琉は一歩小さく前へと足を出した。


 そんなに大きく踏み入れたつもりはない。しかし、何かに引っかかって転倒してしまう。

 地面に頬を擦り、土の匂いが鼻につく。


 起き上がろうと顔を上げた。


──キケケ、オマエカラキタ。


 目の前にいたのは、あの影のような下級悪魔。大きく裂けた口にギザギザの歯。肉厚の舌は涎でテカテカと光っている。頭に直接響くように不快な声が広がる。

 ベロンと顔を舐められて、身体全体に鳥肌が立つ。


──ウマイゾ、ウマ……。

「私の獲物を舐めるなんて不愉快なの」


 いつの間にか晃琉の手には銃──エルが握られていた。彼の意志とは関係なく、銃弾が発射される。

 嗤っていた下級悪魔は、跡形もなく吹き飛んだ。


「え、エル……っ!」


 銃を使った反動がやってくる。襲ってくる倦怠感と吐き気。抑え込むように、浅く呼吸を繰り返した。

 涙目で彼女のことを睨み上げると、エルは唇を尖らせてそっぽを向いた。


「あっちが悪いの」


 そんなこと言われたところで、晃琉がエルを使うと一定の間動けなくなる。こんな気味の悪い森の中では致命的だ。

 命に関わることなのだから、勝手なことはしないでほしい。


 すべて言おうとしたが、どうせ無駄だと喉の奥に飲み込んだ。

 

 幸いなことに、それほど強力な攻撃ではなかったからか、体調はすぐに良くなった。地面に手をついて、立ち上がろうとする。


『どうした? 何かあったか?』

「下級悪魔がいました」

『やはりか、おい一応気をつけろよ。お前がいなくなると俺が説明責に──』


 笹里の声が遠のいた。通信がノイズだらけになって聞こえなくなる。

 何があったのかイヤホンを触っていると、ヌルリと足に何か気持ち悪いものが絡みつくような感覚があった。


 引っ張られ、顔を再び地面に打ちつける。


「能力に惹かれて来たの」


 エルの言葉を合図にするかのように、晃琉は森の奥へと勢いよく引きずられていく。

 これはまずいと思っても、止めることができなかった。

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