第三話
教室に入ると、騒がしかった声は止まる。クラスメイトたちの視線が刺さり、いたたまれなくなる。
なんで自分がこんな思いをしなければいけないのかと、常々思う。
自分の席へと座り、小さくため息をついた。遠巻きで見ている生徒たちの視線が刺さる。
「しけた顔ばかりなの」
悪魔のエルは、他人事のように言っていた。当然のようについてきている彼女に、晃琉はため息を漏らす。
「なんでいるの?」
「言ったの、一定距離離れるとお前は魂が消滅するの」
「だからってこんなところ勘違いされるでしょ?」
「お前、立場がないくせにまだ人の目を気にしてるの?」
それを言われると、黙るしかなくなる。机に突っ伏すように逃避すると、エルの呆れたような溜息が届いた。
「安心すると良いの。私はお前以外には見えないから」
それを聞いて安心だとはならなかった。
そもそも晃琉は教室での立場は一番弱い。その彼が少しでも変な挙動を見せれば、付け入る隙を与えることになる。
それが晃琉にとっては一番嫌なことだった。
──なんで学校に来たんだ? サボればよかったのに。
そう考えて、何故か今日は行かないとと思ったのだ。
この感覚、朝いつの間にかご飯を食べていたときと似ている。
顔を上げて詰問するようにエルを見つめると、彼女は視線を返した。
「お前の思ってる通りなの」
つまり、彼女が晃琉を学校に向かわせるように操ったということだ。
「なんでそんなことするんだ……! 僕にひどい目にあってほしいのか、この悪魔……!」
「事実として私は悪魔なの。でも、お前は一つ勘違いしてるの」
彼女は続ける。
「お前は昨日自分が襲われたことが“たまたまだと思っているの”?」
その言葉の答えは、向こうからやってきた。
「晃琉、どうやって帰ってきたんだよ?」
その野太い声に、ビクリと顔を上げる。
金に染めた髪色は汚らしい。耳につけてるピアスが、窓から差し込む光に鈍く反射していた。
前の人の机に座る態度は大きく、数名を自分の部下のように引き連れている姿は小物じみている。
三白眼の瞳がこちらを睨めつけて、眉間は不機嫌そうにシワを寄せている。
晃琉を一番イジメている男子生徒だ。何でも裏に卒業したヤンキーがついているとかイキっている人間である。
「あ、えっと……」
言葉に詰まっていると、晃琉の机を強く叩きつけられる。
「お前に帰ってこられると、俺たちが困るんだよ? そこんところ、わかってるか?」
顔を威圧するように近づけてくる。彼の鼻息は荒く、どこか不機嫌を現しているかのようだった。
そんな金髪の肩に、昨日襲ってきた黒い影が貼り付いているのが見えた。よく見ると、取り巻きの生徒たちも大きさは一回り小さいが取り憑いている。
どういうことかとエルの方を見ると、彼女は素知らぬ顔をしている。
「どこ見てんだ? あぁ!?」
野太く嗄れた声は、晃琉の不安感を煽るのに充分だ。
目を泳がせて、返答できずにいる。指先が震え、冷たくなる。のどの奥から「ヒュッ」ていう空気が漏れた。
「答えろ、お前は、どうやって、帰ってきたんだ!」
胸ぐらを掴まれて、強制的に立たされる。
肩に這う黒い影は彼の感情の高ぶりに合わせて、大きく膨らんだ。こちらを威嚇するようにギョロ目で睨みつけている。
これが悪魔に取り憑かれているという状態なのから分からない。初めて見る光景に、晃琉は答えを出すことができない。
ただただ流されるままに、涙を流す。
その表情を見た彼は、投げ捨てるようにして晃琉から手を放した。
「クソがっ! クソクソ!」
しかし、焦っているのは彼の方だ。明らかに余裕がなさそうに爪を噛み、落ち着かなさそうに地面で足を鳴らす。
「あの……」
取り巻きの一人が、彼に声をかける。大きく恫喝するような返事を受けて、縮こまっていた。しかし、震える手でしっかりとスマホを見せる。
「お電話です」
その言葉に、彼の表情が歪む。一瞬、絶望的な顔を浮かべたと思うと、舌打ち混じりにそれを受け取った。
「そいつが逃げないように見張っとけ!」
言われ、取り巻きたちが頭を下げる。
何が起こっているのか分からない晃琉だけは置いてきぼりだった。
「面白いことになってきたの」
隣の机に腰掛けたエルが、くすくすと笑いながら足を揺らしている。晃琉は面白いものかと、涙目になりながら彼女を睨んだ。
「さて、改めて聞くの。昨日の出来事は本当にお前が“いじめられただけだ”と思うの?」
その質問に、晃琉は喉の奥に言葉を詰まらせる。
昨日現れた黒い影──下等悪魔。そして、彼らに取り憑いている下等悪魔。それが意味することは、もしかしなくても晃琉は餌にされたということだ。
「お前は巻き込まれるべくして巻き込まれたの」
さらにクスクスと笑うエルの表情は、歪んでいた。悪意に満ちたように。
「ここの“縄張りの持ち主”は誰なのかな?」
その彼女の言葉の意味は、まだ分からない。




