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第四話

 後ろ襟首を掴まれ、晃琉は引きずられる。彼が放り投げられたところは、誰も使っていない旧体育館だ。

 改装工事の時に欠陥が見つかったこの場所は、そのままの状態で放置されている。


 床の埃が舞い、晃琉の鼻を刺激した。思わず大きなくしゃみを漏らす。


「何くしゃみしてんだよ! クソ野郎が」

「──うっ!」


 金髪に腹部を蹴られて、胃と肺が圧迫される。喉の奥から咽るように咳き込んだ。

 涙目になって、見上げる。いつも笑ってイジメてくる彼らの表情は、どこか余裕がなさそうに見えた。


「何見てんだよ、ムカつくなぁ!」


 髪を引っ張られて、半身を起こされる。顔を近づけられて、思わず身をすくめる。

 いわれの無い悪意に晒され、心の底から冷えた。なんで自分がという思考が頭を駆け巡る。


 そこで思い出したのは、エルの言葉。


 自分がだからじゃなく自分だからじゃないのか。

 彼らの肩につく影が、答えを示すように膨張している。


 どちらにしても理不尽だ。底冷えした感情から、何かドロリとした黒いものが湧いてくる。


「……んで……よ」


 気がつけば、声に出していた。聞き取れなかった金髪は、大きな声で脅すように聞き返す。


「なんで僕なんだよ!」


 涙目で訴えた言葉と同時に出たものは、黒い手のようなものだった。晃琉の影から立ち上り、周囲の人間たちを一斉に吹き飛ばす。


「良いの良いの、それでこそお前なの!」


 いつの間にか晃琉はエルと並んで立っていた。彼女が差し出した手を、無意識に掴む。


「な、何が……?」


 彼らは何が起こったか分からないとでもいうように、尻もちをついていた。見上げ、体を震えさせている。

 しかし、さすがと言ったところか、金髪だけはすぐに立ち上がって近くの鉄パイプに手を伸ばした。


「うおぉら!」


 金髪が大声を上げて、晃琉の頭に鉄パイプを振り下ろす。しかし、黒い手が邪魔して届かなかった。


 パイプはひしゃげ、使い物にならなくなる。彼は思わず手を放し、床に落とした。

 高い金属音が鳴る。まるでそれが合図かのように、晃琉は右手に持っていた銃──エルを構えた。


 銃口は、驚いている彼の表情を捉えている。そのまま引き金を引く。


 黒い銃弾が金髪の体を貫いた。血は出ず、その場で倒れる。

 彼に取り憑いていた下級悪魔は、驚いたかのように慌てて引き剥がれる。

 

「いただくの!」


 銃から元の姿に戻ったエルは、そのまま悪魔に喰らいつく。噛みちぎり咀嚼し喉を鳴らす。

 奇妙な叫び声が聞こえた気がしたが、晃琉は聞こえないふりをした。


「うん、悪意で育った下級悪魔は格別なの」


 エルの声が聞こえてくる。しかし、晃琉は反応ができない。言いようのない吐き気が胸の奥からこみ上げてくる。

 視界が揺れて、思わず膝をついた。


 残りの下級悪魔を食べていたエルが、振り返る。その紅い瞳には何の感情も映していない。


「やっぱり私を使いこなすにはまだ早いの」

「使い……こなす?」

「お前は私を使う権利を得ただけ。使えるとはまだ違うの」


 彼女の言葉を聞きながらも、吐き気が大きくなった。口を抑えて、何とか喉奥に仕舞い込む。


「まぁ“死なないだけ”お前は向いてる方なの。普通の人間なら、私を握っただけで死んでるの」


 その後から付け加えられた言葉に、腹の底が冷えた。つまり、自分は死んでいた可能性があるということだ。

 その絶望と恐怖を綯い交ぜにした表情を読んだのか、彼女は悪意のある笑顔のまま顔を近づけた。


「安心するがいいの。私は契約する相手は選んでる。すぐに死なれたら、こっちが困るの」

「……そんな理不尽な」

「だから言ってるの、私は理不尽な存在だって」


 楽しそうな彼女の顔を見て、大きく息を吐いた。

 高鳴る鼓動を落ち着かせる。目を固くつぶり、霞む視界を抑えた。


 数秒して吐き気は喉の奥に収まる。座り込んで呼吸を整えて、周囲を見回す。


 いじめっ子たちは地面に倒れたまま動かない。これは死んでるのかと心配になる。


「安心するといいの」


 最後の下級悪魔を食べながら、彼女は言葉を放つ。


「悪魔から解放された反動で気絶してるだけなの。私の銃弾も“悪意”には効くけど“人間”には効かないの」

「……つまり?」

「生きてるの。お前が心配するようなことになってないの」


 それを言われて、ホッと安堵する。


「おかしな人間なの。こいつらはお前をイジメてた奴らなの」

「……いや、僕がホッとしてるのはそこじゃない」


 震える声で、しかしハッキリと続ける。


「こいつら如きのせいで、人殺しにならなくてよかったって思ってるだけ」


 その言葉を聞いて、エルは大きく目を見開いた。そして、腹を抱えて笑い出す。

 

「お前、やっぱり向いてるの」


 その言葉を、あまり額面通りには受け取りたくはなかった。

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