vs父(sideジャーニー)
最終話です。
モヤモヤエンド。
政略結婚をした妻など愛する気も無かった。跡取りと嫁にやる娘の2人を生んでもらうだけの存在としか見ていない。政略内容だって別に互いの家に旨味が有るわけじゃない。少しずつ貴族の力が弱まり、平民と見下して来た奴等が裕福になって力を付けて来ている事に危機感を覚えた貴族同士で連帯感を生ませるために結ばれただけに過ぎない。それでも妻となる女が自分好みの容姿や性格をしていたならまだ向き合えたかもしれないが、目鼻立ちのハッキリしたキツめの美人顔も好みじゃないし、高位貴族令嬢らしく、チヤホヤされて育てられて癇癪持ちな性格も受け入れ難い。嫁にやる娘が出来ても出来なくても、2人目の子が妻の腹に宿った時点で愛人の元に入り浸るようになった。
垂れ目で少しふっくらした顔立ちの優しい女。子が出来た、と聞かされた時は、愛する女の子というだけで可愛がれる自信が有ったが、愛する女は父親が居ないのは可哀想だと嘆かれた。だが、貴族同士の繋がりを強固にする結婚で有るだけに国王陛下も簡単に離婚は認めないだろう。何しろ他の家でもそういった結婚が多いからだ。愛人を持つ紳士も淑女も多いが、皆離婚は許されていない。となれば、どれだけ愛していても結婚して父親にはなってやれない。
そこでふと考えた。
弟は未だ独身だ。
愛する女を他の男の妻にするのは気に入らないし、抱かせるのも苛立つが、弟と結婚すれば子に父親を与えてやれる。俺と弟は顔が良く似ているのだから弟には分からないだろう。愛する女に打診すれば、迷っていたが最終的に頷き、弟と結婚した。何も知らない弟は俺の愛する女を妻として相当大切にしているらしく、生まれた俺の子も相当可愛がっていた。何も知らない弟を哀れにも思っていたし、弟の目を盗んで弟の妻となった愛する女をこの手に抱く高揚感は何とも言えないものだった。
だが、この幸せが崩れる日が来るとは思わなかった。
愛する女が、長年弟と一緒に居る事で弟に情を移したらしい。愛人関係を終わらせてくれ、と2年程泣かれるようになった。そしてある日、弟に関係が知られた。前から疑ってはいたようだが、決着を付けるように俺と女の関係を暴き、オーガストが自分の子ではなく俺の子で有る事も知って、弟は俺に殴りかかって来た。侯爵家の嫡男として育てられて来た俺は、弟程身体を鍛えていなかったために、思い切り殴られてしまった。愛する女が弟に縋って止めてくれたから1発で終わったが。俺はこれ幸いとオーガストは俺の子だから、と引き取って連れて帰って来た。愛する女も折を見て弟と離婚させて離れにでも囲うつもりでいたのに。
弟に情を移し、弟の愛を受けた女は弟と話し合いを重ねて俺との関係を切る事を望んでいた。弟も本気で女を愛しているようで、俺との関係に身を切られる思いをしながらも、女を許したらしい。俺は初めて弟に劣等感を抱き……オーガストは絶対に返さないと決めていた。そんなある日。
「何? それは本当か?」
女の実家が営む商会と、女の事で縁を切られてしまった俺は資産が目減りしていく事に苛立ち、執事に「何とかしろ!」と怒鳴っていたのだが。売れ残っていた品物を本当にどうにかした執事から、娘が神の気紛れ子であることを知らされた。
神の気紛れ子。
これは俺に運が有るという事ではないか!
俺は如何に娘を駒に使うか、と、あちこちに娘の存在を自慢し、年頃の子息達と会わせて行った。そうして婚約の打診が続いた後、娘に話を持って行けば、オーガストと結婚したい、と言い出した。表向きは従兄弟だが実際は異母弟であるオーガストと結婚が出来るわけがない。俺は慌てて反対したが……。
神の気紛れ子であるからか、随分と賢しい事を言う。反論の余地を与えない指摘に俺は、オーガストを弟達の元に帰し……更には愛人と手を切る羽目になった。だが、愛人と手を切ろうが息子を息子と呼ばなかろうが、娘の価値の前では些細なこと。神の気紛れ子は、昔から大切に扱えば家に繁栄を齎らす、と言われている。目減りして来た資産が若干増えたことからも、娘の価値は間違いない。
そう、思っていたのに。
「お父様、もしも、ご自分が、今、窮地に追い込まれているのだとしたら……それは自分で撒いた種ですから仕方ないと思いますわ。同時に、誰かこの状況を助けてくれ、と嘆かれても、誰も手を伸ばしません。自分でどうにかしようともがくだけもがいて、それでもどうにもならなかった時。誰かが手を伸ばしてくれるかもしれませんけどね」
愛人と手を切り、オーガストとも別れる事になった俺は、存外ダメージを喰らっていたのか落ち込んでいたのだが、その落ち込む俺に娘がそう嘲笑って来た。俺が何故落ち込んでいるのかを見透かしたかのような言葉。
娘は、愛人の存在もオーガストが異母弟である事も本当は知っているのではないか、と怯えた。
「ねぇ、お父様。楽をして助けてもらおうだなんて、随分と虫が良すぎますわ。今まで好き勝手して来たのですから、少しは苦労もしませんと。ご自分を救えるのは自分だけですわよ。苦労した方だけに手助けというものが生まれますの」
それどころか、愛人の実家と喧嘩別れのような状態に陥り、先物取り引きがダメになった事もきちんと掌握して、俺が無能なのではないか、と遠回しに言われているような錯覚を引き起こす。この辛い状況を誰かどうにかして欲しい、と他人からの助けを求めたい気持ちですら知られているようで。
初めて、神の気紛れ子の存在とは恐ろしいものではないか、と恐怖を感じた。娘はそんな俺の恐怖を感じ取っているのか、クスクスと嗤いながら言葉を続ける。
「ご自分でもがいて足掻いた事もないお父様ですものね。他人がどうにかしてくれる、と思い込んで助けを待つだけのようですが。そんな他人任せの今までを悔やんで改めないと、いつまで経っても報われないままでしょうね。ですが、私は一応貴方の娘。何も出来ないお父様でも、少しはもがいて足掻いて努力してみたら如何ですか? セプテルが言うには、元々任された仕事は上手にこなす、とか。でしたら、お母様との関係を最初から築いてみてはいかがですか?」
「あ、あんな女と関係を築くなんて無理だ! 目鼻立ちのハッキリしたキツの美人も、癇癪持ちの性格も、嫌いだ!」
「何を阿呆な事を。自分だけが被害者のような顔をしていますが、お母様だって被害者だということを忘れないで下さいな。お母様はお父様と違って、侯爵夫人という立場を誇りに思っていましたから、愛人を持った事は無いんですよ。そしてお父様の愛人の存在を知っていても、侯爵夫人という立場から黙認していたわけです。お父様がお母様に愛情を持たないが、お母様だってお父様に愛情など持っていないわけです。自分だけが被害者だと思わないで下さい」
娘の話に初めて、妻になった女が俺の事を愛していない事実に気づく。俺は妻に愛情を抱いてないのに、妻が俺を愛していない事実は物凄くショックだ。
「あら、随分とショックみたいですね、お父様。お母様が愛していない事実を知ってショックを受けるなんて……さすが、身勝手な男は愛してもいない妻の事すら自分の勝手に出来ると思っていたみたいですね。人の気持ちまでどうにか出来るわけが無いじゃないですか。まぁそんな愚かな所もお父様の一部でしょうけどね」
肩を竦めながら娘が説明しているが、妻が自分を愛していない事がショックでまだ抜けないため、あまりよく聞いていない。気付いたらしい娘は……
「そんなに衝撃ならお母様と向き合って下さいね」
と、冷たく言葉を投げて来た。
ーー俺は今まで放置して来た妻に、これから向き合って生きていく日々を送らねばならない。
お読み頂きまして、ありがとうございました。完結です。
救われたい、と手を出すだけで誰かからの手を望むだけで何も動こうとしない人って結局救われないのだと思ってます。