表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第3章 : 裏切り合いの終着点(デルニエアレ)
90/300

90.爪

「ヒューヒュー」


音にしかならない声を発して睨みつける樹音(みきと)を、舐める様に見つめる。


「ああ、ああっ、あああはぁはぁはぁはっはははははぁぁぁぁぁーーーーーっ!分かったみたいだねぇ、円城寺(えんじょうじ)樹音ぉっ!」


ーやはり、ボロボロになりながら戦う姿が1番輝く。自らの体の傷が悪化し、自分で自分を傷つける結果になるというのに、大切な人を守るためにその道を選ぶ。フフ、ふふふ、最高だー


「最高だぁぁぁぁぁっっ!はははははははははははぁぁっ!俺がっ、俺が1番好きなものだ」


とうとう、将太(しょうた)の狂人である部分が顔を出す。傷つきながらも、精一杯立ち上がる。美しい。それ以外に言葉が見つからない。痛みを我慢し、戦う。それを見るために、わざと"動けなくなるような場所"への攻撃は控えていたのだ。四肢を狙おうと思えばいくらでもタイミングはあった。それを、わざと見送ったのだ。と


それに気づき、樹音は悟る。


ー完全にイカれてる、ー


「ほらほらぁ、立ち上がりなよぉ、またやってあげるからさぁ。次はどこがいい?指とか?いやぁ、安直だなぁ、爪?それも安直だな〜」


狂気じみた発言をしながら宙を眺める。その僅かな時間の中で、樹音は必死に周囲を見回す。何か、策は無いかと。だが、その時間すら勿体ないと、笑って将太は近づく。


必死に脳を回転させ、導き出した結果。


「うっ」


痛みに耐え、声を漏らしながら左に滑る様に移動する。その後、彼の背後に近づき峰打ちを狙う。だが、それすら爪で防がれ不気味な笑みで振り返る。


「そんなに必死に考えて、、それ?」


「くっ、クッソぉぉぉぉーーーッ!」


気合いで押し切ろうとするも、無駄だと爪で弾かれ吹き飛ばされる。無傷の将太と、重症な樹音。誰が見たって結果は目に見えている。だが


「ヒュー、ヒュー、君がっ、は、僕の、ヒュー、時間稼ぎにっ、乗っかっていた、」


「ああ、そうだな。早く行きたいとは思ったが、それよりもお前に興味が湧いた。どんな声でなくのかなぁって」


笑みを浮かべ将太は告げる。それでも、樹音はそれに返す様に、同じく力強い目つきと共に口角を上げる。


「僕はっ、言ったはずだ、よっ。はぁ、これは、時間稼ぎじゃないって」


一瞬驚く。だが、直ぐに表情を戻して笑う。


「ははははっ!いいねいいねぇ!そうやって強気な顔を歪めるのっ、楽しみだよ!」


それと同時に足の爪が戻ったのか、(ひずめ)の様な形に変形させる。と、地を強く蹴って切りつけに走る。その勢いで突き立てた手の爪を、力を振り絞り防ぐ。


「ゴフッ」


その衝撃に、一瞬にして口元は真っ赤に染まる。半ば強引に振り上げて爪を弾くと、朦朧とした意識の中、必死に剣を振る。だが、それをいとも簡単に爪で弾かれ挑発する様に指を動かす。


「ほらほら、どうした?動きが鈍くなってきてるよっ!」


避けながら涼しい顔で笑うと、足を蹄に変換したまま蹴り付けられる。だが、既のところで左の短剣でそれを防ぐ。だったがしかし、限界が近づいていた。攻撃はただ食らっていないだけで受けた衝撃で何度も体勢を崩す。それによって傷口は開き、血が噴き出す。対する将太は、それを楽しむ様に攻撃を続ける。勿論、致命傷を与えぬよう細心の注意を払って。


彼の攻撃を受けながら、止まりかけている脳を無理矢理動かして打開策を練る。だが、それを続ける事2分程。既に将太は飽きているようで、息を吐いて「この程度か」と呟くと、爪をヒクイドリの様な、長く大きな爪へと変形させて樹音に向かう。


先程と動きが全く違う。彼は、20センチほど伸びて太く変化した爪の、そのリーチの長さを生かして樹音にとどめを狙い始める。更にはその持ち前のスピードで追い詰め、為す術がなくなる。その目には先程のような、樹音の必死の様子を楽しむものが感じられない。明らかに「次のステップ」へと写ろうとしていると分かる。1度立てない傷を負わせ、意識は残す。その後は、言わずとも分かるだろう。彼の、お楽しみの時間だ。


そう考えた。その瞬間、剣を弾かれ手から離れる。


ー駄目だっ、もう完全に取りに来てる。もう、諦めた方がー


将太のその、隙も情けも無い攻撃に、樹音は既に諦めの感情が芽生え始める。これから反撃をするならば、このスピードをなんとかしなければならない。今の樹音には不可能に近いだろう。


ごめん、みんな、、。みんな、もう逃げれたかな、?


そう心中で皆への謝罪を述べる。が


その瞬間。先程弾かれた剣の先端が、地面に当たって更に弾かれる。それを目の隅で捉え目を見開く。これ、何かに使えるのでは無いか、と。だが、そんな暇すら作らせまいと、将太は切りつける。それに対し、咄嗟に左の短刀を右に持ち替えて防ぎながら、今までの情報を整理し始める。


将太に反撃するには、このスピードを超えなければならないという事。爪の能力は、切り取った後も能力は反映されるが、それ自体を動かす事は出来ない。即ち、遠距離攻撃は出来ないということ。だが、それが彼の1番の厄介な部分。足の爪を地面の中で伸ばして足元からの攻撃。これのせいでどこに逃げても意味は無く、遠距離攻撃が出来ないという弱点もカバー出来ているということ。


そこまで考えて、樹音の中で唯一の対抗策が浮かぶ。だが、確信はない。体力が保てない可能性もある。まず「それ自体」が上手く成功できるかも分からない。普通だったら絶対に出来ないだろうし、する事もないだろう。それでも、現に勝敗は目前である。この状況から逆転するには、行動しなければならないのだ。ならば、一か八か、賭けるしかないだろう。


「もういい加減諦めろよ。もう手、無いんだろ?なぁ?」


かったるそうに声をかける。まるで、もうやめよう。楽になろうよと、語りかける様に。そんな話を聞き流して、樹音は無理矢理笑みを作る。


「っ!」


その表情を見て、将太の目に光が戻る。これだ、この顔が見たかったと言わんばかりに。初めて会った時もそうだった。あの頃も将太は、相手と戦う事を楽しんでいた。今はあの時のような純粋な目はしていないが、彼の心の奥にあるものは、もしかすると変わっていないのかもしれない。


「なんか策でもある顔してるな?やってみろよ。そんな体で、どこまで足掻けるか見てやるよ」


そんな彼の想いに応えるように、樹音は思いっきり剣を振り、将太を数メートル先に弾き飛ばす。その、一瞬の隙を見計らい、長い剣を生成すると




地面にそれを力強く突き刺した。




「あ?」


気づいていないようだった。それは好都合だと考え、樹音は全ての力を出し切る様に身構える。


と、次の瞬間、樹音は将太に向かい全力で走り出す。その勢いのまま、将太に全身を使った蹴りを入れる。勿論、彼は手の爪を使ってそれを防ぐ。が、それが攻撃なわけではない。彼に向けた足で、防がれた爪を蹴り上げると、その反動を利用し宙で回転しながら先程樹音が居た場所へとバク宙の様な軌道で戻る。だが、そのまま地には足を着かない。回転し、足を着いた場所は






先程地面に刺した、剣。





それに足を着き、思い切り蹴飛ばす。と、樹音は勢いを上げ跳躍する。そのまま空で回転すると、今度は宙に剣を生成しそれを足場にするかの如く足を着いては蹴り飛ばす。そのまま更に勢いを増して宙を駆けると、またもや回転し足の着くであろう場所に、瞬時に剣を生成しそれを蹴る。それを繰り返し、将太の周りの(くう)を回る。時期に、それは目で追うのが難し程にスピードを上げていった。それに困惑し将太は周りを見回す。確かに彼のスピードは速い。だが、相手は人間なのだ。そう、同じ、人間である。だからこそ、目で追えるものには限度がある。


「お前、、その体で、」


将太は思わず声が漏れる。これが、その唯一の作戦である。彼の、スピードを凌駕し、地から現れる爪を回避し、遠距離が出来無い弱点の全てに対応するための空中行動。出来ないとばかり思っていたが、奇跡は起きるものである。将太は、未だに自分の周りを囲う様にして、宙を駆け巡る樹音に唖然としながら目でそれを追う。その瞬間、僅かに隙の出来た将太の横腹を狙い、擦り傷を勢いをつけて、目で追えない程の速度で地道に負わせていく。


「クッ!?」


樹音は意識が途切れる寸前までそれを続ける。将太の周りには、樹音が蹴って吹き飛ばされた剣が降り注ぐ。樹音は、将太がいつその軌道を把握し、反撃を仕掛けてくるか分からない恐怖と、いつくるか分からない身体の限界に(おのの)きながらも尚、続ける。


「クソッ、てめっ!いい加減にっ」


そろそろ限界が来たのか、将太は苛立ちを露わにする。だが、「ここまでくれば」もう十分だ。そう樹音は笑みを浮かべ、最後の剣の生成を宙で行うと、今までのスピード全てをそれに込めて、思いっきりそれを蹴る。と、樹音は将太にその勢いのまま向かう。



が、しかし


樹音は将太の真横を掠って通過する。


「ハッ、はは、はははははっ!お前、肝心なとこで外してーー」


余裕な笑みで将太は振り返る。が、樹音は(はな)から彼に向かって剣を蹴ったわけではなかったのだ。


将太を横切ったその先。最初に地面に突き刺した、あの剣に向かっていたのだ。


「っ!」


空中で回転し、剣を構えて地に突き刺さった剣に足を着く。その勢いの反動は凄まじく、それを反対側に居る将太の方への力へと変換するのは、相当な体力がいる。だが、ここで全てを使い切って、一撃を喰らわす。たとえその後倒れても、これだけは決める。そのくらいの力が無ければ、きっと彼に、(やいば)は届かないから。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」


そう力強く大声を上げ、意志を露わにする。ビリビリと脚全体が震える。もう身体の感覚はない。今まで与えられ続けてきた傷からの出血は止まず、力の使い過ぎか、頭が割れるように痛み、視界は歪む。だが、それを無理矢理力に変え、今まで空中で溜めに溜めたスピードを衰える事なく、将太に与える。その気持ちと共に、樹音は足がちぎれるほどの力で、剣を思いっきり蹴る。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」


痛みを耐える様に、それを力に変えるように更に大声を上げて将太に向かう。地に突き刺された剣は、それによって(つか)と刃が引きちぎれる。すると、その目で追えないほどの速さで彼に向かうと同時に、将太もまた恐竜のように硬い爪を、両手に作り上げて胸の前でクロスさせると、防御の姿勢をとる。そして更に、地面から10本全ての足の爪が、まるで何重にも続くふすまの様に、樹音と将太の間を隔てる形で伸びる。


「「おあらああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっっ!!!」」


お互い、全力の力を出し切るかの如く声を上げる。だが、樹音は直ぐに足の爪全てを破壊し手の爪へと到達する。と、次の瞬間。


バキッと音が響き、樹音が将太の左にその勢いのままずれると、5メートル程先で地に足を着く。


「ごはっ」


地面に足を着いて今までの疲労がドッと押し寄せたのか、全てを出し尽くした樹音の口元からは、我慢していた痛みが湧き上がる様に真っ赤な液体が溢れ出た。その後、体勢を崩しそのまま地に膝をつく。と


対する将太の、ダイヤモンドの様に硬い手の爪は大きくヒビが入りボロボロになっていた。


だけかと思った、刹那


「ゴポッ」


それを吐き出さまいとする体とは打って変わって、将太の口からは樹音と同じ液体が溢れ出た。それと同時に、左の横腹から赤黒い液体が同じく溢れ出して滴る。その現実を認識し、思わず膝をつく。


「はぁ、はぁ」


「はぁ、ごはっ、は、がはっ、ヒュー、ヒュー、、」


吐血を繰り返しながらも、必死に酸素を求め声を漏らす樹音は、感覚すら無くなり、体勢を維持する事も出来なくなった体を無理矢理動かして将太に近づく。





突然振り返り人差し指の爪を伸ばすと、将太は樹音の首に爪を突きつけて告げる。


「こんなんで、俺が大人しくなると思うか?」


荒い呼吸で、その状態のままただただ将太を見つめる樹音は、弱々しい声音で返す。


竹内(たけうち)君。き、君っに、ごはっ、ヒュー、な、何があったのかはっ、はぁ、分からないっけど、きっと、はっ、追い込まれてたんだよね」


「あ?何言ってんだ?」


(たちばな)君とっ、さっき、サッカーの話っ、ゴホッ、してたけど、はぁ、君は、は、誰よりも、努力、、してたんだ、よね」


「あ、?何がわかんだよ、はぁ、お前にっ、努力したとか、は、簡単に言いやがって、はぁ、みんなそうだ。そんな分かったフリして、は、善人ぶりやがって」


そう零す将太は、どこか苦しそうで、辛そうで、口調や声色とは対照的に、弱々しいものに感じた。そう、きっと彼の心は闇に覆われ、暗闇に怯えていたのだ。光の無い場所で、蹲っているかの様な、そんな印象だった。


この感じ。誰かに似ている。あぁ、そっか。と、樹音は気づく。それと同時に、力強く、自分自身に言い聞かせる。


ー今度こそは、言わなきゃ。助ける言葉をー


揺れる脳と視界、痛みに耐えながら、樹音は普段の何十倍の力で、口を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ