91.将太
高校に入って、初めて試合に出させてもらえた日。部員が足りないという理由ではあったものの、その事実だけで心が躍った。だが、それなのに。
やはり、早かったのだろうか。こんな奴が、夢を見るのは。いけなかったのだろうか、少しでも、期待してしまったのが。
☆
意識はほとんど無い。ちゃんと声を出せているかもわからない。それでも、伝えなければならない。絶対に、もう2度と、あんな状態にはしてはいけないのだ。
ー間違えずに、言わなきゃー
「まだっ、ふぅ、会って間もないかもっ、しれないけど、、それでも、はぁ、分かるよ。誰よりも、真面目で、追い込まれやすいんだっ、」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!」
将太は感情を露わにして、かき消すように声を荒げる。だが、それに負けまいと弱々しい息でも尚、樹音は語り続ける。
「君は、サッカー、、やってるって言ってたよねっ、はぁ、サッカー、好き、、?」
「なんの話だ。意味わかんねぇこと聞くんじゃねぇよ」
「サッカー、はぁ、好きだったから、やったんだよね?」
ぶっきらぼうに返す将太に、彼の目の奥を見つめて、更に詰め寄った。確かに樹音の声は弱かったものの、言葉は強かった。
その言葉が届き、何かを思い出したのか、将太は息が上がる。
「はっ、俺はっ、サッカーはっ、中学でサッカー部を初めて見た時からずっと俺の希望だった。はぁ、それなのに、それなのに、それすらまともに出来ない。はぁ、俺にはっ、サッカーしか、無いっつーのに。俺が人生を生きられたのは、そのおかげなのに」
何か悪夢を思い出したかのように息を切らして歯嚙みする。
「ごめん、思い出させるような事っ、言っちゃって」
その様子に申し訳なさそうに樹音は謝罪を述べる。が、直ぐに彼の目を見てこう続ける。「でも」と。
「それは、は、悪い事でも、悪い記憶でも無いよ」
「あ?」
なんだお前と言わんばかりに目を剥く。意味が分からないと。彼は樹音の首に爪を近づける。
「どういう意味だよ」
「は、はぁ、う、上手く、いかなかった、はぁ、かもしれない。どれだけ頑張ってもっ、報われなかった、かもしれない、、でも、それでっ、いいんだ」
「何がいいんだよ!?俺は、ずっと頑張った。それなのに出来なかったっ。俺は、生きる価値がねぇんだよ。誰も、信じられない。俺は俺が、信じられねぇんだよ」
最後の方は声を掠らせて自らを蔑む。だが、その様子にも、優しく微笑みかける。
「そっか、はぁ、何もっ、かも、分からなく、なっちゃったんだね。でも、そんなに難しく考える必要はっ、ないよ。みんな、もっ、同じように上手くいかない時が、あったんだから、はぁ、大丈夫、だよ」
「は?みんなもそうって言いてぇのかよ。はぁ、俺が普通って言いてぇのか?これがっ、普通だったら、高校サッカーは終わりだな」
息を吹き出して自傷気味に笑う。そんな将太の否定的な考えに樹音は目つきを変える。
「違う、失敗は悪い事じゃないって言ってるんだ!」
大声を上げたせいで大量に吐血をする。それに少し驚いた素振りを見せたが、直ぐに舌打ちをして将太は続ける。
「悪い事じゃない?失敗して試合に負けても、悪い事じゃないなんて言えんのかよ!?」
「はぁ、はぁ、そうだ、よ。失敗は悪い事じゃない。はぁ、ごはっ!く、う、失敗を多くした人の方が、はぁ、広い世界を見れる、はずだから。多く失敗した方が、改善点に気づける。色んな視点から、見ることが出来る、はずだからっ」
しっかりと彼の瞳を見つめる。もうそろそろ意識が途切れると、自らの中で察知していた。だが、それまで、ギリギリまで将太の心に寄り添いたいと。そう強く思うと、それを伝えるべく目で訴える。
「それは、普通の人だからだろ」
「ぇ、?」
「俺は、ずっと、いらない存在だった。俺なんて、存在価値がないんだ。分かってる。分かっていたんだ。ずっと何をする気にもなんなくて、ただ生きてるだけ、、いや、生きても、いなかったかもしれないな」
消え入りそうな声で自身の事を語り始める。こんな胸の内に秘めた苦しい想いを、口にしてくれるなんて。それほど樹音の言葉が響いたのだろうか、はたまた意識がはっきりしない中、口から溢れ出てしまったのだろうか。すると将太は更に掠れた声でこう続ける。
「俺は信じてるって、監督は言ってくれた。それが俺にとって1番の言葉だった。力となった。大切だった。それなのに、俺は、信じきれなかった。きっと失望しただろう。悲しかっただろう。俺は、監督の思いを、踏み躙ったんだ」
歯嚙みする将太を見つめ、思う。
ーそっか、信じきれ無かったんだ。自分を信じられないから、自分を信じてくれた人も信じられない。そっか、そういう事なんだ。やっぱり、橘君の言う通りだ。凄いなー
脳内で屋上の「あの時」を思い出し、樹音はフッと思わず口元が緩む。すると、彼にかける言葉が決まったのか、目つきを変え将太の双眸に視線を移す。
「そんな、事、ないよ。さっき、誰も、はぁ、信じられないって、、自分を信じられないって言ってたけど、はぁ、はぁ、竹内君は、どうして、サッカー部に入ったの?」
「あ?さっきから何言ってんだ」
苛立ちを顔で表現し声音を落として呟く。それに負けじと樹音は更に畳み掛ける。
「部活の風景見て、はぁ、がはっ、ふ、ふー、やりたいって思ったんだよね、?」
ーお願いだ、僕の体、持ってくれ、、これだけ、これだけ言わせてくれー
「なら、、その時点で、既に自分を信じてたんじゃないかな?」
ヒューヒューと、薄れた呼吸を漏らして懸命にそれを伝える。
「どういう事だよ」
怪訝な顔で将太は聞き返す。
「部活に入る前に、自分には出来ないって決めつけなかった。今みたいに、どうせ、はぁ、やっても上手くいかない、自分が居たら迷惑だって、その時は思わなかった。、、はぁ、そ、それよりも、サッカーで輝く自分を想像したから、だから入ったんだよね?それって、自分を信じたって事、なんじゃないかな、?」
将太は怪訝な顔のままではあったが、明らかに動揺している様子だった。あと少しだと、樹音は自分に言い聞かせ掠れた声で、無言で見つめてくる彼に笑いかける。
「だから、はぁ、その時の事を、初めてサッカーに出会った気持ちを、忘れないで、、今は、確かに失敗ばっかりかもしれ、ないけど。絶対に、はぁ、そのまま転びながらも一歩ずつ進めば、はぁ、変わる日は、くる、から。それに、、最後に成功させれれば、はぁ、いくら、時間がかかっても、成功、、でしょ?」
「はっ、なんだよ、それ、」
乾いた笑いを零して、将太は力無く口にする。
と、その瞬間。
「こっちか?」
「はい。こちらの別館から騒音が」
「「っ!?」」
遠くから大勢の足音と共に会話が聞こえてくる。その声は、少し老いた印象があった。
そう、国王である。
マズい、と2人は目を剥く。王城の者達が動くのも無理はない。大翔の壁の破壊から始まり、こんなにも激戦を繰り返していたのだ。察知されない訳がない。だが、既に樹音に動く力は愚か、事情を説明する体力すら残っていなかった。
「クソッ、邪魔が入ったな」
舌打ちと共に愚痴を零す。そんな将太に、樹音は言い放つ。
「竹内君、逃げ、て」
「は?何言ってんだ?」
罪を着せられて欲しくないという気持ちと、国王達へ被害を出さないで欲しいという2つの思いから、樹音は責めて将太には捕まって欲しくないと口にする。だが、そう弱々しく笑顔を送った瞬間、意識が遠のくのを感じて、意図せず体から力が抜けると同時に地面に吸い寄せられる。
「お、おい!おまーー」
「大丈夫、だから、」
声に出来たかも分からない。そんな言葉を残して、意識が途絶える樹音だった。
☆
「はぁ、はぁ」
「バテてる?」
「ば、バテてねぇ〜し〜」
「流石にバテるだろ、俺を担いでは」
息切れをする智也に、愛梨と碧斗は声をかける。バテているのは当たり前である。2人でではあるものの、碧斗をおぶって歩く事、既に5分が経とうとしているのだ。逆に、顔色1つ変えない愛梨の方こそ不思議である。
「でも、もう結構時間かかってる」
「そうなんよなぁ、向こうも歩いてたら一向に会えないかもしれないよな」
涼太が修也に危害を加える前に合流しようと足を進めているものの、人1人背負っているためそう直ぐに追いつける訳も無く、いつまで経っても景色が変わらない。
「俺を下ろして行ってくれ。正直、俺を担いでるせいでこのスピードになってる訳だしな」
碧斗は、追いつけそうにない現状に1つ提案を口にする。が、それに智也と愛梨は首を振る。
「悪いけど、それは出来ないんだよねぇ」
「離したら、逃げる」
この回答は当たり前である。それに碧斗は目を逸らし言葉を濁す。確かに、そうしたい気持ちの方が大きかった。
「やっぱ気になるっしょ?あっち」
あっちというのは美里や樹音達を指している事を察し、碧斗は口を噤む。それはそうだ。仲間が、友達が、自分の知らないところで命懸けで戦っているというのに、正気でいられるわけがない。だが、と。碧斗はぼやく。
「確かに気になる。正直めちゃくちゃ気になる。でも、それでも、俺も修也君を助けたいんだ」
今口から出た言葉に嘘偽りは無かった。彼の事は涼太と同様に許せるわけがない。少しではあったが、心を通わせた友人を殺した張本人なのだから。それでも、修也には生きていてもらわなくてはいけないのだ。と、碧斗は強く思い、皆の安否への不安を振り払う様にそれを口にした。
「修也は絶対にこの世界の何かを知ってる。俺たちの知らない、何かを」
小さく自分に言うように呟いたのち、碧斗はだからと、頭を上げる。
「俺も修也君を生かさなきゃいけないんだ」
力強く言い放つ。思った事をそのまま告げるがしかし。智也の意思は変わらないようで首を振った。と、続け様に遠い目をして語る。
「俺らは修也を守りたい訳じゃ無くて、大将に同じ様になって欲しくないから向かってるんだ」
それに愛梨も小さく頷くと、碧斗は"それ"を聞いた時から思っていた疑問を投げかける。
「その大将、大内君は、さっき正義感が強いって言ってたが、俺にはそうは見えないぞ?寧ろ、力で捻じ伏せてる様にしか」
「フッ、確かにそうだな、あいつは異常なんだ。やる事が、考える事が。大将はそれが正義だと思ってるんだ」
そこまで言うと智也は目つきを変える。
「だからこそ、俺たちが止めなきゃならない。あいつを野放しにしたら、この世界は終わる」
思わずゾッと背筋に悪寒が走る。正義感が強すぎるがゆえに、自分の正義から外れた者へ力で分からせる。という事だろうか。彼の姿は、屋上に見えたシルエット程度でしか見ていなかったため分からないが、この組織の大将、今までの全てを率いてきた人物である。異常者である事は容易に想像出来た。だからこそ、碧斗は疑問に思う。
「そんなヤバイ奴なのを知ってて、どうして彼に従ってるんだ?明らかに大内君の言い分がおかしいって気付いてるのに」
そう口にするが、智也と、愛梨までもが表情を曇らせるのみで答えようとはしない。
ー言えない事情があるのか?ー
心中でそう呟く碧斗。大翔が似たようなことを言った時も声を荒げており、何か理由がありそうな事を言い放っていた。きっと、まだ言えない何かがあるのかもしれない。そう理解した碧斗は、質問をする代わりに、仕切り直す様に声を上げた。
「なら、早く行かなきゃだな」
笑みを浮かべ告げると、智也は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに息を吹き出し口角を上げた。
「はっはっ!ああ、言われなくてもそうするよ」
智也が冗談めかして言い、愛梨も薄らではあったが、笑みを浮かべているように感じた。尚も変わらず碧斗は担がれたままだが、先程とはお互いに違った表情を浮かべていた。
それから数分。お互いの意思が一致したからか、王城の側面から抜け、表が見え始めた。今もまだ王城前に居るとは考え難いが、僅かな希望を求めて「3人」で、足を踏み出した。
が
瞬間、我々が一丸となって目指していた王城の前まで、あと僅かというところで
目の前には幅5メートル、高さ3メートル程の"岩"が、土から現れた。
その突然の出来事に碧斗は目を剥いて冷や汗をかく。
ー岩、?これって、まさか、っー
「うおっ、なんだこれっ!なんだよこんな時にっ、」
「敵?」
智也と愛梨が思わず声を漏らしたその時、肌にほのかに熱気を感じる。その次の瞬間、碧斗と智也、愛梨のそれぞれの間に炎が上がる。
「「っ!」」
僅かな熱気を捉えていた2人は、動揺すらせずに碧斗から離れる様に退いて炎を避ける。手を離された碧斗は、まだ静電気が体を流れているせいか上手く動けずにその場に屈む様にしながら、訝しげにゆっくりと振り向く。
「はぁ、はぁ、や、やっぱそうだった、」
「伊賀橋君を、、返してっ!」
恐る恐る振り向いたその先。そこには、沙耶を先頭に美里、大翔の順で、息を荒げながら我々の前に立ちはだかっていた。




