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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第1章 : 終わりの第一歩(コマンスマン)
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29.確保

 コンコンと、ドアの方で物音が響く。それに気づいた樹音(みきと)はドアを開ける。


「お、遅かったね、だいじょ、えっ」


 ドアを開けた樹音の前に立っていたのは、碧斗(あいと)。では無く、美里(みさと)だった。


「えっ、はこっちなんですけど。そんな夫婦みたいな事突然言い出さないでもらえる?流石にそれは私も引く、」


「い、いや、伊賀橋(いがはし)君だと思って」


「は!?あいつ居ないの?」


「あ、うん。貴方を探しに王城に行きましたけど、会いませんでした?」


「はぁ!?ちょ、ちょっと待って!今、あいつ、えっ、ちょ、王城に!?」


 珍しく戸惑う姿に、驚く樹音。この様子は、どう考えても頭が追いついていないようだった。


「あのバカっ!」


 そう叫ぶと、踵を返してドアを乱暴に閉めた。い、一体何だったのだろうか。そんなことを考えていると、またもやドアからノックの音が聞こえる。


「え?あ、はい」


 静かにドアを開けると、戻って来た美里の姿があった。何か思い出したのだろうか、それとも他に理由があるのだろうか。と、そう樹音は首を捻る。


「えと、伊賀橋君に用があったの?」


「違う。これ渡しにきたの、ちょっと取り乱してごめん」


 そう呟くと、手に持っていた新しいタオルを渡して王城の方へと足早に帰って行った。なんだかせっかちで凄い人だけど、優しそうな人だな。と、樹音は微笑むのだった。その時


「碧斗様、遅いですね、」


「た、確かに、大丈夫かなぁ」


「嫌な予感がします」


 小さく言ったマーストの、その嫌な予感は的中することとなった。


           ☆


水篠(みずしの)さん、逃げるよ!」


「え、うん!」


「てめっ、おい!逃すか」


 考えるよりも早く逃げることを優先する。こんなところで、最後になるなんて絶対にごめんだ。そう覚悟を決めた碧斗は振り返り煙を出す。


「水篠さん、今のうちに早く!」


「伊賀橋君も!」


「そうしたいとこだけど、ここで引き付けないと先に水篠さんが犠牲になるかもしれない!だから早く」


 そう叫んだ矢先、後ろから強い力で引っ張られる。振り向くとそこには碧斗の裾を掴み、一生懸命に走る沙耶(さや)の姿があった。その姿に胸を打たれた碧斗は、ため息を吐いて頭を掻くと、共に走り出す。


「前回のようにはいかないぞっ!」


 将太(しょうた)がそう叫んだ瞬間、物凄い速度で伸びた爪が碧斗の足の肉を抉る。

 その瞬間、バランスを崩して倒れ込み、痛みが全身に行き渡る。


「ぐっ、があああぁぁぁっっ!」


ー痛い痛いイタイ痛いイタイ痛いイタイ痛いいたいいたたたたたたたたたーーーーーーーーー


 痛みの発信元である傷口を、直視する事は出来ないが、相当酷い有様だろう。今まで感じた事の無いような衝撃が碧斗を襲う。


ー痛すぎて、足が足として機能しねぇっ!ー


「いっ、伊賀橋君!?」


「水篠っ、さっ。...早くいって」


 碧斗は最後の力を振り絞り、声を上げる。


「おいおいおい。大袈裟だなぁ、碧斗君は」


 微笑を浮かべながら、ゆっくりと近づく将太。碧斗の前にまで到達すると、彼は目の前でしゃがんで語りかける。


「ただ少し、深く足に傷つけたくらいでそんな大袈裟な反応すんなよ」


 それくらい?それくらいとは一体どの範囲だろうか。少しなのに深くとは矛盾しているのでは、と。碧斗は彼を睨む。

 将太にとっては「それくらい」なのかもしれないが、今まで傷といえば擦り傷程度のものしか味わった事の無かった碧斗には、意識が朦朧(もうろう)とする程の痛みである。正直、「それくらい」などと言った私的な単位を他の人に共有しないで欲しい。


 そう痛みを和らげるために、なるべく何かを考え続けた。頭の中で話をするだけでも、まだ違う様だ。


「ははっ、まあいいけどねぇ。これでこの間のお返しは出来たわけだし。後は牢屋にでも閉じ込めとくか」


 意識が遠のいたせいで、後半は何を言っているか聞こえなかったが、おそらくこのまま死ぬのだろう。

 捕まったらこれとは比べ物にならない苦痛を味合わされるのだろうか。だが不思議ともう恐怖心は湧いてこなかった。


ーもう、駄目、なんだな。俺ー


 諦めた碧斗はそのまま目を瞑り、運命を受け入れようとする。と、その時だった


「やめてぇ!」


 その声に意識を取り戻す碧斗。


ーどうして、この声は水篠さん。だとしたら、どうして。逃げた筈じゃ、逃げなかったのか?俺を置いて行けなくて?ー


 駄目だ、逃げなければ。


 碧斗は、沙耶が犠牲になるならば自分が犠牲になる道を選ぶと決めていただけに、2人とも捕まるなんて事は絶対に避けなければならないと考えていた。


ー駄目だ。絶対に助けー


 故に、勢いのまま立ち上がろうと試みる碧斗。




 だがしかし、そんな碧斗の体が動く事は無かった。


           ☆


「ん?こ、ここは」


「おうおう、起きたか伊賀橋碧斗!」


 目覚めると、薄暗い部屋の牢屋の中に居た。牢檻(ろうかん)の前には将太が立っており、目覚めたと同時に話しかけられる。


「おまっ!おい、ここからだせっ、!?」


 将太の方に責め寄ろうと立ち上がったその時、左足に激痛が走りその場に倒れ込む。


「ははっ!君の足の傷は少し深めにしておいたからね、当分は動けないよ?」


 それは、その牢獄から脱出する事が出来ないと遠回しに言われているようなもので、絶望を植え付けられる。


「ん、んんっ」


 ふと隣から声が漏れ出し、そこに誰かがいる事を認識する。その光景を信じたくは無かったが、目の前には沙耶の姿があった。

 やはり、一緒に捕まってしまったようだ。


「今の状態じゃここから抜け出すのは無理だ。諦めて罰を喰らうんだな」


ーくそっ、大人しくやられろって事か?冗談じゃねぇぞー


 頭では反発しているものの、今の状況からでは本当に抜け出すなんて事は出来ないだろう。

 何かないだろうか、何か隙でも出来れば、少しは状況が(くつがえ)るかもしれない。


「い、伊賀橋君、?ここって」


「あ、起きた、?良かった」


 元気そうな沙耶の様子を見てひとまず安堵する碧斗。だが、すぐに曇った表情で呟くように返す。


「ここは、その、牢屋の中だよ」


 すると、沙耶は「えっ」といった表情で、顔から血の気が引いていった。


「わ、私達、どうなっちゃうの、」


 恐怖に耐えられずに身体を震わせる。その問いに、碧斗は無言で俯いた。それを代わりに伝えるかのように、将太が割って入る。


「残念。ここに入れられたからには、もうゲームオーバーだよ、君たちは」


「ど、どうするつもりだ」


 震えながらも、強気に聞き返す碧斗。


「んー?実は俺もよくわかんねんだよな」


「は?」


「え?」


 碧斗と沙耶が、同時に声を上げる。将太自身もこれから何をする予定なのか、何故碧斗達を捕まえたのかよく分かっていないらしかった。おそらく、前回の交戦の時に、将太を連れ帰ったあの男に言われてやっただけの事なのだろう。

 だからといって離してくれそうにはないが。


「まあ、少しそこで待ってろ。俺がみんなを連れてくるからよっ、そしたら全員で決めてやるよ」


 そこまで話すと、少し間を開けて続ける。


「お前らの処分の仕方をな」


「「!?」」


「よっしゃ、行ってくるか!」


 将太はそう叫ぶと、廊下の方へと駆けて行った。外では「お前らぁ!水篠と碧斗をとっ捕まえたぞ!みんな集まれぇ」という大声が聞こえる。

 内心、うるさいと思いながら、そちらにジト目を向ける。


「伊賀橋君、今の意味って、」


 が、不安そうな沙耶の様子を見て、自分たちが置かれている状況を再確認する。


「あ、ああ。多分、どう"される"かが決まってないだけで、結局は殺されるんだろう」


「や、やだ、よ」


 希望の見えない現状に、涙を流し始めてしまう沙耶。碧斗はなんとかして慰めようと、頭を撫でようとしたり、肩を掴もうとするが、女子の体を触るなんて事が出来るわけがなく、おどおどとしてしまう。

 そこで、何かを思い出したように碧斗は目を見開く。


「水篠さん。岩を生やす事出来る?」


「え?あ、うん、出来る、けど」


「水篠さんの岩なら、この檻も壊せるかもしれない」


 碧斗の提案に、顔をぱあっと明るくする。そうだ、檻ごと壊してしまえば、脱出は容易(たやす)いのだ。その後は何処かに隠れて様子を見て逃げるか、将太が呼んでる隙を見て出るかすれば、まだ希望はある。そう確信した碧斗は力強く頷く。


「じ、じゃあいくよ?」


「う、うん」


 合図と共に沙耶は力を入れ、踏ん張り始める。その様子だけを見ていると異様な風景ではあるが、岩を生やそうとしているのだろう。


 だが、


「だ、駄目」


「えっ!?だ、駄目って一体、」


「伊賀橋君、こ、ここ、何階?」


「え、、まさか」


 その言葉で状況を察し、青ざめる。おそらくここは2階より上なのだ。今まで沙耶が岩を出していたのは「地面に面している場所」だけであり、空中から生やす様子は見た事がないのだ。

 即ち、地面からでないと、生成出来ないという事だろう。それは人工的に作られた建築物上でも同じ様で"地面"でなければ出現は不可能という事だ。


「嘘、、だろ」


「ご、ごめんね。ごめん、ごめんなさい」


「いやっ、水篠さんは全然悪くないよ!」


 自分を責め始めてしまった沙耶は、泣きながら謝る。碧斗は自分がどんな顔をしていたかは分からなかったが、無理に笑顔をつくって励ます。


「で、でも、、っ、わ、わたしが、、最初に、行こうって言って、」


「それを止めなかった俺のせいでもある。危険は充分承知していたのに、、本当にごめん」


 対処法がなくなった2人は、力なく壁にもたれ掛かる。自分1人であったらこの状況を受け入れる事が出来たかもしれないが、沙耶がいるのなら別である。

 犠牲になるのは自分だけでいいというのに、、


「水篠さん、一応聞くけど2階まで岩を伸ばすのは無理、だよね?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、」


「ああ!いやいや、別に責めようとした訳じゃなくて、」


 能力的には不可能ではないのだが、やはり沙耶の体力と制御力では、ここまで伸ばすのは難しいのだろう。


「伊賀橋君っ、」


「えっ?」


 泣いて掠れきった声で、語りかけられる。


「今まで私の為に本当にありがとう!私わがままで自分勝手で、最低だよね」


「な、何言って、」


「なのに、ずっと助けてくれて、本当にありがとう!伊賀橋君に会えて本当に良かった、」


 号泣して顔をくしゃくしゃにしながらも、尚話を続ける。その様子に、思わず碧斗にも涙が伝う。


「だから、生きて欲しい。でも、私、守れない、、護りたい人も守れない。私のせいで原因を作って、私のせいで死なせちゃうなんて、、一生恨んでいいからね」


「何言ってんだよ!」


 碧斗の大声に、驚いた様に顔を上げる沙耶。顔を見合わせた2人の顔は、大量の涙に覆われていた。


「そんなっ、悲しい事言うなよ!まだ大丈夫だから、きっと何かあるはずだ、まだ何か」


 足の痛みなど忘れ、牢屋の壁を探り始める。


「絶対まだあるはずだ、解決策なんて、今までいっぱい思いついてきた筈だ、頼む、水篠さんだけでも」


 そこまで言った瞬間、背後から沙耶がもたれかかってくる。


「え!?」


「もう大丈夫だから、、私は大丈夫だから、私がなんとか言って伊賀橋君だけは見逃してもらうから、だから」


「ちょっと、まってよ」


 振り返ると泣いているからか否や、顔を真っ赤にして、碧斗の服で顔を隠す沙耶がいた。その姿に何を言おうとしたのか忘れる。

 女子からくっついてくるなんてイベント、通常であれば嬉しさや緊張、驚きで反射的に離れていたであろう。だが、今はこみ上げてくる感情が多すぎて処理しきれない。


「助けるのは、俺の方だ」


 覚悟を決めた碧斗は、真剣な眼差しでそう呟く。


「えっ」


「みんなが来て、ここの檻を開ける瞬間に俺が能力を使って(おとり)になるから、その隙に水篠さんは逃げて」


「い、嫌だよ、そんな事」


「いいから!」


 沙耶が何かを言い出すより前に、大声でそれを封じる。その後、真剣な顔から優しい表情に切り替え、静かに語りかける。


「水篠さんを、みんなを守りたいって思ってるのは、俺も一緒だから」


 その言葉を聞いてまたもや沙耶が泣き始めた瞬間、部屋には爆音が響き渡る。


「なっ!?」


「え!?」


「いやぁー、カッコいい事言うねー!碧斗も成長したなぁ」



 その音がした方向から声が聞こえ、そちらに視線を向ける。


「おまっ、なんで、えっ、なん?」


「えっ」


「驚きすぎだろ!てか逆にこっちが聞きたいわー」


 懐かしいその声色に涙が出そうになる。

 見慣れたその姿に安心して笑みが浮かぶ。

 その先に立っていたのは他でもない。





「久しぶりだな、碧斗!」


「はははっ、久しぶり、(しん)

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