30. 心傷
「いやーまさか、お前がこんな大胆な事すると思ってなかったわー、うん」
目の前に現れた救世主、佐久間進の姿を見て沙耶と碧斗に笑顔が戻る。
「ご、ごめんごめん、相原さんにお礼言いに来たらさ」
泣き笑いで、進に事情を説明する。その度に反応する進の様子が面白懐かしく、先程までとは違った涙を流していた。
「マジかー!いやぁ、水篠ちゃんも大胆になったもんだねぇ」
「い、いやいやっ!そ、そんな、ことは、」
今回の出来事の提案者が沙耶だということを告げると、進は驚いた様に話す。それを、手を振りながら否定する沙耶に、碧斗は小さく言う。
「いや、凄く変わったよ。水篠さんは」
「え!?す、すみません、」
「良い意味でだよ」
残念そうに沈む沙耶に呟くように言うと「えっ」と驚いたが、すぐにまた俯いてしまった。
「てか、そろそろ逃げないとヤバくね?」
進に言われ、ハッとする2人。
「そ、そうだな。とりあえず逃げなきゃ」
慌てて立ち上がろうとしたその時、
「ッ!?」
激痛が走り、倒れ込む。今まではそれどこではなく忘れていたが、碧斗の足には動かすとまだ少量の出血が見られる傷があるのだ。
「くそっ、駄目か、水篠さんだけでも逃げて」
「駄目だよ、そんな事!」
同じような掛け合いがまたもや始まる。それを見兼ねた進が割って入る。
「しゃあね、俺が圧力で運ぶから。水篠ちゃん少し離れてくれる?」
「え、う、うん」
「ち、ちょっと待て!」
運び始めようと体制を整えた瞬間に、碧斗が声を上げる。
「ん、どうした?」
突然放たれた言葉にキョトンとする進。
「このまま運んだら運んでるところを見られるか、この檻を見られるかして進が疑われるかもしれない」
「そ、そうだよ!このままだと佐久間君も目をつけられちゃうかも、」
「あー、まあ確かにな、でも今運ばないと駄目だろ?」
碧斗は少し悩んだのち、何かを思いついたように目を見開くと、「よし、まずは檻の方だな」と呟き沙耶の方を振り向く。
「地面からなら岩を出せるんだよね?」
「う、うん」
「それじゃあ地面に出した岩を進の能力でここまで持ってきて、俺達で開けたと思わせよう。そうすれば進が責められる事はない」
「そ、そっか!で、でも一回外に出ないと駄目だよね?」
「まずは水篠さんから外に出て、進だけで岩を持って戻ってくる。途中で見つかったらこんなのが牢屋の前にあったとか言っとけばなんとかなるだろ」
「え!?でもそしたら、伊賀橋君が、」
「お、おい!ちょっと待てよ、なんでそこまでして」
碧斗と沙耶が長々と話し合っている中、戸惑った様に声を上げる進。
「ん?何言ってんだよ、ずっと助けてもらいっぱなしだし、俺達のせいで捕まったらたまったもんじゃないだろ?」
「そ、そうだよ!私のせいで佐久間君を危険には晒したくないもん」
2人の真剣な眼差しに、一瞬ではあったが涙目になる進。すると
「おい、本当か?」
「お前1人で本当に捕まえられたのか?」
「マジだって!2人、両方!捕まえちまったよ」
数人の足音がこちらに迫ってきている事に気がつく。
「ま、まずいな。進!俺はいいから水篠さんを頼んだぞ」
小声ではあったものの、その力強い物言いに押される進。その後、足音のする方と碧斗を交互に見て、諦めがついたのかため息をつく。
「ああもう!碧斗、少しくらい踏ん張れよ!」
「え!?今なんて、」
碧斗が聞くよりも早くに、背中を物凄い勢いで押される。一瞬で牢屋を抜けたかと思うと、将太達を高速で横切る。
「なっ、なんだ!?今の」
「牢屋の方から来たぞ」
「まさかあいつらか!?」
何かを察した将太達は来た道を戻り、碧斗を追いかける。
「ふう、これで俺達はゆっくり出られるな」
その様子を見届けた進は、安堵しながら意地悪な笑みで息を吐いた。対する沙耶は、何が起こったのか分からずにオドオドとしている。
「あ、あの、えとっ、伊賀橋君は、?大丈夫なの?」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫。捕まえられない程のスピード出したから今頃外に出れてるよ。ここの通路の突き当たりには窓があるし、普段開いてるからそこから出られてるはずだ」
笑ってそう言った後「まあ、あの圧力に耐えられたらの話だけどな」と冗談混じりに小さく呟いた。
「それより、水篠ちゃん。早くこっちも逃げないと他の人達が帰って来ちゃうよ!早く早く」
「あ、は、はい!」
進に押されて、2人で牢屋を出ると、そのまま非常階段へと足早に向かうのだった。
☆
「う、ここは、一体、」
気がつくとそこは広い野原が広がっていた。おそらく王城と森の間の空間だろう。朦朧とする意識の中で、今までのことを思い出す。
ーそうだ、進に押されたんだっけなー
いくら敵の目に触れない様にするからと言って、流石にこれはやり過ぎである。
あの後、スピードのせいでバランスを崩し、窓から飛び出した後、頭を強打したまま意識を失ったのだ。こんな土の柔らかい場所で頭を打ったのが幸運だったと言うべきだろう。コンクリートだったらここで死んでしまったに違いない。
ー最初に出て来ちゃったし、水篠さんが心配だなー
だが、進が一緒に居るのなら大丈夫だろう。と自分に言い聞かせて立ち上がった。その時
「っ!」
足の傷が痛む。やはり立ち上がるのはまだ難しい様だった。少しの間休んでいようとその場に座り込むが
「見つけたぞ!あいつ外に出てやがる」
「急げ!」
「逃すな」
王城側から数人の声が聞こえる。
「なっ!?追って来てたのかよ!」
予期しない出来事に戸惑う。先に自分が捕まってしまうという恐怖感と、自分が追われているのなら沙耶は大丈夫だろうという安心感を胸に、痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がる。激痛は絶えず碧斗を襲っていたが、歯を食いしばりながら、倉庫へとゆっくり逃げるのだった。
☆
コンコンとドアの方から音が聞こえ、樹音がドアを開ける。
「はい。また何かありましたか?って、伊賀橋君!?」
「はあ、はあ、頼む、はあ、はやっ、早く入れてくれ」
息を切らしながら慌てて小屋に入り込んだ碧斗を困惑気味に見つめる樹音。倒れ込んだその姿には、足に大きな傷があり、体には擦り傷が数カ所に見られた。
「だ、大丈夫!?伊賀橋君、しっかりして!一体何が、いや、その前に治療しなきゃ」
グッタリとした碧斗を壁にかけると、マーストを呼びに行く。
なんとか間に合った様だ。皆が王城から出る前に倉庫に着ければ、この場所がバレずに隠れられる。この拠点は絶好の隠れ場所だ。
「碧斗様!?大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るマーストを薄目で見据えると、その安心からか目蓋を閉じるのだった。
「ここまで来ればバレないだろ。ここからは帰れる?」
「う、うん!ありがとう」
非常口から脱出した進と沙耶は安全を確認すると、手を振り合いそれぞれ来た道を戻る。
敵に追われていない事を知った沙耶は軽快に鼻歌を歌いながら帰る。だが、突如何かを思い出した様に足を止める。
「あれ!?そういえば私岩、出してない、ど、どうしよ、」
碧斗と自分の事ばかり気にしてしまい、進が疑われることのないようにするのを完全に忘れていたのだ。戻るか否か数十秒考えたが、折角助けてくれたというのにまた捕まってしまっては本末転倒だと思い、そのまま帰ることを決意する。
「あ、でも岩だけでも出しておこ。何かしら痕跡は残さなきゃ」
すると沙耶は、王城裏に岩だけを出現させ、その場を離れた。
その様子を赤髪の男子がベランダから覗いていた事を、沙耶が知る事は無かった。
☆
ーなんだ、ここ、ー
またもや牢獄に閉じ込められている碧斗は心でそう呟く。周りには転生者が集まり、不気味に笑っている。何をするつもりだろうか、大体予想は出来ているものの、状況を理解した碧斗は声を上げる。
「お、おい、なんだよこれっ、お願いだ!話を聞いてくれ、俺は修也君を守ろうとしたわけじゃ、!?」
言い終わる前に将太が足の肉を抉る。
「があああぁぁぁーーっ!」
痛い、怖い、辛い、いたい、こあい、つらい、
「あ、あ、あ」
呂律が回らなくなった口が間の抜けた声を漏らす。血が出ている。出血している。流血している。溢血している。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
2つの単語が碧斗の脳を支配する。衝撃的な痛みを受けた後はゆっくりと鈍痛が襲う。少しずつ少しずつ広がる痛みに意識が遠退く、だが気を失う事は出来ない。そんな拷問の様な時間がただただ過ぎゆく。
「じゃあ次は指だよぉ、碧斗ぉ」
足の親指の上にノコギリが構えられる。やめろ、止めろ!必死の思いで叫ぶものの、声を出す事が出来ずに意味もなく、もがく。
止めろ。止めろ。止めろ。やめーーー
「やめろっ!?」
大声で飛び起きると、そこは倉庫の床だった。どうやら、その場で寝ていた様だ。汗で身体中がびっしょりと濡れる。
「起きましたか?碧斗様」
「はあ、はぁ、はぁ、は」
隣で看病してくれていたであろうマーストが、起きると同時に、詰め寄る。
「あ、ああ、ああ」
「何か悪い夢でもご覧になられたのですか?」
現実の足の痛みは少しずつ引いてきており、動かせるほどには回復したものの、夢での衝撃的な痛みを身体がまだ覚えている。そのせいか、声が上手く発せずに首だけを縦に振る。
「そうでしたか、少しお休みになられた方がよろしいかと、色々ございましたでしょうし」
「そ、そう、だな」
足の傷は治り始めているのにも関わらず震えが止まらない。
怖い。怖い。
怖い。怖い。怖い。
今まで死んでしまったとしても現実世界に戻されるだけで「本当に」死ぬわけではない。と、甘く見ていた。だが、その痛みは「本当」で、1度死ぬのと同じなのだと身体に覚えさせられた。
ーああ。なんで今までそんな勇者になりたがっていたのだろう。俺にはそんなのは無理だ、助けて何になる?どうせみんなー
ずっと誰かを助ける為に動こうとしていたが、そんなのは建前に過ぎなかった。1度痛みを知り、全てを悟った。
ーなんで自分を危険に晒す様な事してんだろ、俺ー
そうだ、別に皆を助ける義理なんてないのだ。誰かの為に、みんなを守りたいと思っていた自分に問いかける。
「自分を犠牲にしてまで守るのか?」と。
どうせ自分を犠牲にして体を張っても、助けることは出来ないのだろう。先程の足の傷が、自分の弱さを証明するかの様に存在する。全力で、命をかけても守れないだろう。そう、弱いからだ。
沙耶や、樹音達を守るという事がどれほどのリスクを背負うものなのかを理解し、それでも守れない自分の無力感を同時に抱いた碧斗は死んだ様な目をして立ち上がる。
「え?伊賀橋君どうしたの!?まだ寝てなきゃ」
止めに入る樹音を差し置いてドアを開ける。
「あ、碧斗様?一体どうされて」
マーストに問いかけられるも、無言のまま踵を返し外に出ていく碧斗だった。




