近付く者の運命 その二
「・・・・・・」
その後、重美は黙って片付けをしていた。
ついさっきまで、動き、話し、そして戦っていた人間の死体を。
何かを考えることも、何かを言う事もなく、重美は淡々と、死体を台車に乗せる。
ガラガラという音を立てながら焼却炉前まで運び、台車で運んだ全てを投げ入れた。
この作業をするのも、何度目だか分からない。
次に血のついた台車を己の刀で両断し、それも投げ入れる。
最後は、下着以外の自分の服を。
侵入者を撃退するという任務を頼まれてから、羞恥の感情が一切なくなった。
冷静に研究所内に入り込み、会議室のロッカーを開ける。
刀の血をタオルで拭い、収納し、代わりに服を取り出す。
全部実験が始まってから、当たり前のようにやってきたこと。
心の片隅で、人間としての自分が『異常』だと訴えている声も聞こえたが、刀としての自分は、そんな感情すら斬り殺す。
刀は人じゃない。
だから刀になりたい自分は、人間としての自分を捨てなければならない。
北子の刀になる為に、主の刀として生きたいという感情以外は全て捨てた。
自らの剣でバラバラにした死体にも心を動かさず、機械のように焼却炉に投げ入れ、返り血のついた服は例え外であろうと脱ぎ捨てる。
刀になるとは、そういうことなのだ。
「また派手にやったみたいね」
女の声。
だが自分の好きな声。自分が仕えるべき人の声。
灰原北子の声だった。
「相変わらず、そうやって心を開かないのね。
でも、私を守る刀になりたいっていう君の意思を尊重して、君を見張りにしたんだけどね」
「・・・・・・」
重美は話さない。
答えない重美に、北子はレジ袋の中に入っていた紅鮭の御握りを手渡す。
「いくら君でも、食べなきゃ死ぬわよ」
そう言って、北子は自分の御握りを頬張る。
重美も袋を開けてから、上の部分に被りついた。
「おいしい?
と言っても、答えないわよね」
どこかつまらなそうに、北子が呟く。
北子は、自分の事を特別扱いしてくれる。
元々仲間想いな性格ではあるのだが、重美は特に大事にされている。
家に招いてもらったこともある。
それ以外は、この研究所で常に警備をしている。
「・・・・・・」
刀になりたいこと以外にも、彼女に仕えたいと思う理由はある。
「両親のお墓参りとか、行かないの?」
今北子が言った通り、重美の親は既に他界している。
孤児院で育ち、北子の友として、ただひたすら彼女を守ってきた重美には、帰る家がない。
時たま重美も、本当の両親に甘えたいと思う時はある。
今こうして、世界を変えようとしている北子でさえ、彼女の身体を心配し、お小遣いを送ってくれる両親がいる。
他の研究員にだって、大切な家族や恋人がいる者は多い。
そんな中で、重美はただ孤独だった。
しかし孤独だからこそ、北子の仲間の中では、一番実験を成功させることに対して積極的になれた。
家族や恋人にはそのままでいてほしい、と心のどこかで思う気持ちを押し殺して、研究に取り組むのには限界がある。いくら自分達が望む世界の為とは言え、肉親やかけがえのない人が急に変われば、人は思う。
戻ってほしい、なんでこんなことをしたのだ、と。
重美は違う。結果がどうなろうと、北子と重美の関係は変わらない。
もし北子が警察に捕まることになるのなら、全部を敵に回してでも北子を守る。
「ふぅ・・・・・・。じゃあ聞いて良い?
この先――――この研究が成功したら、君はどうしたい?」
「・・・・・・」
「この研究が成功すれば、私と君たちの関係は友達同士に戻る。そしたら、刀を振る必要は無くなってしまう。
それ以外の方法で、自由に生きないといけないのよ」
北子の気持ちは分かる。
だが今更、普通の人間として生きようとは思えない。
そう言おうと、口を開いたその時。
「!?」
ドガン、という爆破音。
この研究所は防音対策してあることだけが取り柄だ。
故に、どこで爆発が起きたかは、音が聞こえた方向に行けばすぐ分かる。
侵入者が入ってきたのは、正面入り口だ。爆破音がそれを証明している。
予想通り、会議室に堂々と侵入した。
黒髪茶目の少女――杉谷空良と。
黒髪青目の真剣を携えた少女――明智秀未。
「姉さんを殺した罪、償ってもらうぞ」
空良が怒りに満ちた瞳で、北子を睨みつけた。




