伝えるべき言葉 その一
大会も終わり、私は空良達と共に宿泊していたホテルのベッドで横になり、また天井に手を伸ばしていた。
まだ見つからない。服部先輩が言っていた、自分はどんなアイドルになりたいかという答え。
そもそも、その事を思い出すのが遅すぎた。
アイドルとしての活動が終わるというこの時期に考えるべきことではない。
それでも、考え続ける。
約束を守る為に。
「ただいま」
ドアが開く音と共に、空良の声。
火奈乃と話していた故、帰りは私達より遅い。
真宙と秀未は帰宅するや否や観光に出かけた。
帰るまでに色々な所を見て回るらしい。
空港爆破事件によって帰る時期を延ばさなくてはならなくなったが。
「姉さん、何を迷っているの?」
唐突な問い。
空良ならよくあることだから、今更それだけでは驚かない。
しかし自分の思考の的を射た質問は、やはり僅かに身を震わせた。
まだ私は、何も言っていない。
自分の考えている事が、顔や仕草に出てしまったのだろうか。
孰れにせよ、空良に嘘を吐いてもすぐに見破られる。
ここは正直に答える方が利口だ。
「うん。服部先輩とのことで、ちょっとね」
「ふむふむ・・・・・・」
空良が頷く。
そしていつものように笑って、こう提案した。
「久しぶりに、チェスやろうよ。姉さん」
こんな流れでチェスをするのも、何度目だろうか。
空良とは既に数えきれない程の勝負をしたが、未だに一勝どころか、一分もしていない。
決まって自分は負け、空良は勝つ。
だが、そんな勝負を嫌ってはいなかった。
自分の悩みが、綺麗さっぱり消えてしまうのだから。
そんな勝負が嫌いなわけがない。
「チェックメイト」
空良が、私のキングを盤上から持ち上げ、手で弄びながら言う。
今回も負けだ。
「もう一度勝負!」
「懲りないねぇ」
まるでやんちゃな子供を見るような顔で空良は笑う。
そう言いながらも、きちんと駒を初期位置に移動させる。
勝った方が先手というローカルルールに則り、空良がまず駒を動かす。
動かしたのはポーン。
私も同じくポーンを動かす。
「その戦法も、懲りないですね」
「まあね。
やっぱり人間、癖ってものはあると思うし」
私は答えながら笑う。
ありがちなのだが、時折空良の行動を真似て駒を動かす事がある。
勿論それを毎度見破られ、毎回私が負けるのだが。
だが今勝つ為には、その方法しかないと思い、そうしている。
「そこだと思うよ、姉さんの迷いの原因」
「・・・・・・!」
眼を大きく開け固まる私に、空良は言う。
「姉さんは、常識に捉われ過ぎている。
どういうアイドルになりたいか、とか考えている風に見えたけどさ。
その答えはきっと、常識なんかじゃ答えられないと思うんだ。
客を幸せにしたい、いつも笑顔でいたい。
そんな答えを、服部先輩は求めてはいないと思う」
「常識・・・・・・。例えば空良ちゃんなら、今の目標は何なの?」
「弱い人の、力になりたい」
答えはすぐに返ってきた。
左胸に拳を乗せながら、自分の理想を伝える。
「誰でも輝ける、素質や生まれた場所なんて関係ない。
努力次第で、人はいくらでも輝くことが出来る。
それを伝えたい。
家族に捨てられ、人に見捨てられ、でもこうして寿奈姉さん達とアイドルとして活動している。そんな人間だっているんだと教えてあげたい。
自分よりも弱い人に、立ち上がらせる為の力になりたい」
俯きながら、小さく笑う。
「空良ちゃん、やっぱり凄いよ。
私なんかとは全然違う。
いつも凄い事を考えられて、私以上に力になっている。
私はやっぱり、この世界には向いていなかったのかも知れないって、空良ちゃん見ていると思う」
いつの間にか、私の双眸からは熱い滴が迸っていた。
自分より短い時間で、自分が長い時間をかけて探していたものを先に見つけてしまう空良を見ていて、自分が情けないと感じたのだ。
「姉さん」
突然、空良はそう言って自分を抱きしめた。
あの時とは逆だ。
留置所から出てきた空良を抱きしめた自分と、反対だ。
「私が今こうしていられるのは、姉さんのおかげだよ。
姉さんがいなかったら、今も苦しい思いをしていた。
姉さんがスクールアイドルにしてくれたから、今の自分がある。
だから、姉さん。
自分がいらない存在だなんて、二度と言わないで」
「うん」
抱きしめる空良の服を濡らしながら、私はこくりと頷いた。




