空良と火奈乃 その四
それは、正子の母の意思だけではなかった。
何と言えば良いのか、空良自身も分からないが、他の何かにも導かれて、ここに来た。
正子の母が言っていた墓石を見つけ、空良はその前に立って見つめていた。
そこには『服部家乃墓』と彫られている。
言うまでもなく、服部正子の墓だ。
「静かだ・・・・・・」
人の気配をまるで感じなかった。
完全に自然の音だけが、自分の聴覚を刺激しており、人の声も音も何も聞こえない。
正子の母曰く、この寺には坊主が少ないらしく、墓石が一斉に掃除されるのも、年に一二回あるかないかだそうだ。
それ故か、ここから遺骨を移動する人も多く、今では墓石の数も減っているそうだ。
正子の母自身も、一度はそう考えたそうだが、結局そうはしなかった。
理由は正子自身が、それを拒否したように感じたからと言っていた。
「さて、何を話せばいいのか・・・・・・」
死人は口を利かない。
だが、眠る死人に想いを伝えることは出来る。
空良は寿奈より前の先輩とは会ったことも無ければ話した経験も皆無なのだ。
何をどう話せば良いのか、人の感情を行動や顔、言動から読み取る事が得意な空良でも、死人のそれだけは分からない。
だから、ありのままの自分で話しかけた。
「服部正子さん・・・・・・。初めまして、私は黒野空良と言います。
スクールアイドル部の、元部員です。
私は、寿奈先輩の後輩です。
貴女は、寿奈先輩の大好きな人だと聞きました。
そして、寿奈先輩を変えた人とも聞きました。
だから、教えて下さい。
私は、寿奈先輩の為に、何をすれば良いのでしょうか。
私には、もうわかりません。
私のしたいことが、貴女の大事な仲間を裏切り、最悪殺すことなのか、勝たせたいのか。
もう、分からないんです」
偽りの無い、本当の空良。
これは寿奈にも見せたことのない。
『自分の選択から、逃げる気なの?』
どこからか声が聞こえた。
その声に、空良は答える。
「分からないだけ、です。だから教えて下さい」
『あんたの人生は、あんたが選ぶものよ。
だから、人に委ねるべきじゃない』
「分かってますよッ!!」
大きな声で反論した。
誰かが見れば、おかしくなったと思われるだろうが、今の空良にそんなことはどうでもよかった。
「自分が本当は、何も出来ない人間だなんてこと、分かってます。
だからこうして、誰かの助けを借りないと生きていけないんですよ・・・・・・。
教えてください・・・・・・私に」
『それでもあんたの人生は、あんたのものよ。
何も出来ない人間なんていないわ。
だから――立ち上がりなさい』




