第十五話 『炎熱領域を越えて』
炎龍との戦闘後、周囲に魔物がいないことを確認し、討伐隊は再び休憩時間に入った。
幸いなことに、あれだけの襲撃を受けても討伐隊には殆ど被害が出ていない。
傷を負った者もいるが、ポーションや魔術でどうにかなるレベルだ。
炎龍との戦いで魔力の大半を使ってしまったが、翡翠の太刀のお陰でほぼ回復しつつある。
太刀が凄いのか、俺の魔力が少ないのか、と思わなくもないが。
数分後、今後の方針を決める会議が行われた。
「今まで討伐隊はどれだけ上手く進めても、中腹の辺りで進行を止めていた。犠牲者も多く、また中腹以降は"炎熱領域"が続いているからだ」
上級の炎属性魔術だ。
俺達がここに来た時はそんな魔術は掛けられていなかったから、新しい炎魔将の力なのだろう。
熱さと魔物との戦いで消費する体力と水の量を考えると、中腹で撤退するかどうかを決めなければならない。
ここから先へ進むのであれば、炎魔将を倒す覚悟で挑まなければ待っているのは死だ。
「今回はまだ犠牲者が出てねぇし、体力や水も残ってる。進むべきじゃねえか?」
多くの冒険者達は、先へ進むという意見を出していた。
俺達にとっては都合がいい。
「二人はどう思う?」
そこで、俺とエルフィに意見が求められた。
さっきまで相手にされていなかったのに、炎龍を倒してからこの調子だ。
「異論ない」
「俺もだ」
俺達二人の言葉が後押しになった、というわけでもないが、結局、討伐隊は先に進むことになった。
◆
中腹から出発して三十分ほどが経過した。
迷宮の奥に来ているだけあって、魔素も濃く、また魔物の数も多い。
中腹を越えた当たりから、下級の魔物であるファイアローパーの姿は見なくなり、代わりに炎岩虎や炎蜥蜴が多く出てくるようになった。
それも一匹一匹の力が強い。
冒険者達から次第に余裕が失われていくのを感じた。
いくら精鋭とはいえ、これだけ魔物が出れば相手しきれない。
仲間の数が多いため、魔物を避けて突破することも出来ないしな。
迷宮を攻略するなら、一国最高レベルの実力者数人で挑んだ方が効率がいい。
それから数分して、また魔物の一群と遭遇した。
前後、左右から挟み撃ちにされ、俺達はその対応に負われる。
「うわあああ!?」
前衛を突破し、炎岩虎が魔術師の部隊の方へ突っ込んでいった。
他の冒険者は前から来た魔物と交戦しており、反応することが出来ない。
「――――」
エルフィが魔眼を発動した。
炎岩虎の目の前に小規模の爆発が起こり、その動きが止まる。
その間に他の冒険者が体勢を立て直し、攻撃を仕掛けた。
それから数分後、なんとか襲撃してきた魔物は全滅させることが出来た。
「すまねぇ、"爆裂"!」
「ありがとよ!」
すっかり定着した呼び名で、冒険者達はエルフィに礼を言う。
さっきから、もう何度も見てきた光景だ。
陣形が崩れかねない攻撃を受けた時、エルフィの魔眼で立て直している。
そのため、未だに誰一人として死人は出ていなかった。
「……エルフィ。ちゃんと魔力は温存できているのか?」
冒険者達では、炎魔将は倒せない。
土魔将の時同様、エルフィの魔眼で炎魔将に攻撃する手はずになっている。
肝心のエルフィが魔力を消耗しては元も子もない。
「問題ない。消費魔力は最小限に抑えている」
そういいながらも、その後、エルフィは冒険者達を律儀に助けていく。
「どうしてそこまでしてあいつらを守るんだ?」
「……気に食わん連中ではあるが、今、私達は一応、同じ討伐隊にいる仲間だ」
仲間……冒険者達が、か。
確かに、同じ討伐隊だから、仲間だという風に捉えられなくもないが……。
ふっと微笑んで、エルフィは言った。
「出来るなら……私はもう、仲間を死なせたくないんだよ」
「……、甘い考えだ」
「ああ。オルテギアにも、貴様は甘いと言われたよ」
その時、敵襲を知らせる叫びが響いた。
今度は炎蜥蜴が、地面にあるヒビから這い出してきている。
その内の一体が、反応し遅れた冒険者へと飛びかかる。
「――フッ!」
そこへ、俺は予備の剣を投擲した。
炎蜥蜴の目を貫き、そのまま絶命させる。
「助かったぜ、ありがとな!」
礼を言ってくる冒険者に頷き返して、俺はエルフィに言った。
「だったら、翡翠の太刀で魔力が回復する俺が動く。お前はあまり魔眼を使うな」
エルフィの考えを認めた訳ではないが、少くとも俺とエルフィは仲間だ。
同じ目標を志している以上、歩み寄りは必要だろう。
エルフィは少し驚いた顔をしてから、口元をほころばせた。
そこから、俺が積極的に冒険者の支援に回った。
魔石は出来る限り使わず、翡翠の太刀で回復出来る範囲で、だが。
それから更に三十分後。
俺達は迷宮の最深部へと辿り着いた。
◆
広い足場と、奥の方に流れるマグマの川。
上を見上げれば、大きく開いた噴火口から空が覗いている。
迷宮の構造からして、ここが最深部だ。
漂ってくる魔素の量からも、ここに迷宮核があることは間違いない。
「…………」
炎魔将、そしてベルトガの姿はない。
だが、魔物の気配は感じられる。
この空間のどこかに潜んでいるのだろう。
「……!」
その時、ミーシャが弾かれたようにマグマの方へ向いた。
エルフィも、魔眼でその方向へ視線を向けている。
ミーシャが警戒を呼びかけると同時。
咆哮を響かせて溶岩の中から複数の影が飛び出してきた。
姿を現したのは、炎魔将ではなかった。
先ほど、エルフィが魔眼で倒してみせた炎龍。
その炎龍が三匹、同時に現れたのだ。
「まさか、こいつらが炎魔将か!?」
冒険者達が狼狽えるなか、
『オオオオオオォォォォッ』
三つの咆哮が、迷宮を揺らす。
三匹が同時に口を開き、勢い良くブレスを放出した。
「"流水壁"!」
魔術師達が防壁を張って、どうにかブレスを凌ぐ。
だが安堵する間もなく、炎龍達が追撃してきた。
「うわあああ!?」
「――狼狽えるな馬鹿者!」
空中でエルフィの魔眼が連発する。
小規模の爆発に、炎龍は驚いたように動きを止めた。
その瞬間に合わせ、魔石を投擲した。
「"壊魔"」
爆発に飲まれた炎龍は、傷を追いながらも生きていた。
流石に一撃では倒しきれない。
「二人に続け!」
そこで、ようやく冒険者が動き出した。
それぞれが陣形を立て直し、炎龍に攻撃していく。
そこからは死闘が繰り広げられた。
炎龍がブレスを放ち、魔術師がそれを防ぐ。
その隙に剣士が炎龍へ攻撃を加えていく。
最も活躍していたのは、あの全身鎧の男だった。
何故か籠手を脱ぎ捨てると、大剣を振り回して炎龍の爪をへし折る。
武器を一つ失った炎龍がブレスを放とうとした所へ、エルフィの魔眼が口内に炸裂し、その炎龍は破裂した。
ミーシャは人間離れした動きで戦場を走り回り、壁を蹴って跳躍、炎龍の爪に一太刀入れていた。
落ちてきた炎龍を狙い、俺や他の剣士が斬り掛かる。
そうした行為を繰り返し、冒険者達は何とか炎龍の撃退に成功した。
こちらも無傷という訳にはいかなかった。
炎龍の突進に吹き飛ばされたり、ブレスをアシスト出来なかったりして、何人もが戦闘不能に陥った。
そうでない者も、大量に魔力を消費して弱り切っている。
「"爆裂"達がいなかったら、やばかったな……」
「ああ。あの二人が今回の一番の功労者だな」
それでも冒険者達は、やってやったぞという表情で満足気にしている。
「エルフィ」
「ああ」
終わりじゃない。
あの程度の炎龍三匹が、炎魔将な訳がない。
次の瞬間、マグマの川が爆発し、何本も柱が生まれる。
迷宮全体が激しく震動している。
「な……なんだ!?」
「おい、嘘だろ!?」
溶岩の中から、人の数倍の大きさを持つ炎の巨人が姿を現した。
炎龍とは比べ物にならない魔力を全身から吹き出し、地の底から響くような咆哮を上げる。
そして、大きく腕を振り下ろした。
その瞬間、そこから炎が吹き出した。
部屋を埋め尽くすような炎に冒険者達が悲鳴を上げ、辛うじて防御魔術を発動する。
予め来ると分かっていた俺は範囲外へ飛び退き、エルフィは魔眼で炎を凌いでいた。
炎が消滅した頃、冒険者達の大半が苦悶の声を漏らしていた。
「炎龍のブレスの比じゃねえ……! なんだよあれ!」
「あれが炎魔将ってのか!? あんなんに勝てる訳ねえじゃねえか……!」
「逃げろおお!」
戦意を失った冒険者達が、炎魔将に背を向けて逃げ出そうとする。
それを逃がすほど、甘い相手ではない。
唸り声を上げながら、炎魔将が腕を振り上げる。
その瞬間、その炎で出来た腕が爆ぜた。
炎魔将が、グルリとこちらを向く。
「ベルトガの姿がない。どこかに潜んでいるかもしれないから、注意してくれ」
「承知した」
ここまで魔力を温存出来ただけでもありがたい。
冒険者達の役目はここで終わりだ。
――後は、俺達がやる。
ベルトガは見当たらない。
だが、ここにいるとすれば、炎魔将が倒される前に姿を現す筈だ。
早く出てこい。
その時が、お前の最期だ。
『――――』
炎魔将が咆哮し、動き出した。




