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第十六話 『予期せぬ反応、そして』

 戦闘が始まった。

 背後の冒険者達の助力は望めない。

 先ほどの炎龍との戦いで、完全に力を使いきてしまっているからだ。

 

 ここまで犠牲なしにこれたのはエルフィの支援が大きく、本当ならば中腹で炎龍に襲われた段階で、何人かは犠牲者が出ていたはずだ。

 最深部までやってくる余裕もなかっただろう。


『――――――』


 炎魔将が咆哮し、両腕を振り回す。

 その度に炎が放たれ、雨のようにして俺とエルフィの頭上から降り注いだ。

 お互いに目配せして、その場から飛び退いて炎の雨を回避していく。

 躱せない分は、"魔技簒奪(スペル・ディバウア)"で威力を落とし、翡翠の太刀で斬り落とした。


 視線を向けるまでもなく、エルフィは炎の全てを凌ぎ切っている。

 ならば、こちらもやるべきことをやろう。


 炎魔将の種族名は"炎巨人(ムスペルヘイム)"。

 名の通り、炎の魔力で構成された巨人だ。

 強力な魔物だが、弱点は分かりきっている。


「生命の奔流、揺蕩う魂の渦。

 溢れ、集まり、降り注ぐ」


 魔石を握り、詠唱を唱える。

 

「――"流水砲(アクア・カノン)"」


 放ったのは、水属性魔術。

 使い勝手が良く、込めた魔力量によって威力を高めることが出来る。

 魔石の魔力、そして『強魔の指輪』の効果により、砲弾の威力は通常の倍以上に高まっていた。


『――――』


 体が炎で出来ている炎魔将は、水の砲撃へ過剰な反応を示した。

 自身の魔力を地面に流し込み、流水砲の射線上に炎の柱を作り出した。

 その火力に、属性的に有利な筈の流水砲が一瞬で蒸発する。


『アアアアアァァァァ』


 炎魔将は俺を脅威と認定したらしく、咆哮と共に突進してきた。

 

「……大した知能はないようだな」


 土魔将は人語を解すほどの知能を持っていたが、こいつは違うらしい。

 後ろに下がったエルフィを気にもせず、俺だけを標的としている。


『ルォォォォォ!!』

 

 見上げる程の巨人が放つ攻撃は、恐ろしく範囲が広い。

 放たれた炎は枝分かれして多方向から飛んで来る。

 振り下ろされた拳を回避すると、跳んだ先の地面から炎が吹き出す。

 

 とにかく厄介だ。

 

「"加速(アクセル)"」


 敏捷さを高め、ひたすら回避に徹する。

 腕の動き、魔力の流れ、目に入ってくるものから、炎魔将の次の動きを予測する。

 躱す、躱す、躱す。


「いいぞ!」


 エルフィの声と共に、腕を振り回して俺へ追い縋る炎魔将へ再び流水砲を放つ。

 それを防ごうと炎魔将が腕を振り上げた瞬間、魔眼が放たれた。


「――――」


 無防備な炎魔将が爆発に飲まれる。

 ベルトガの介入を警戒して身構えるが、何も起こらない。

 あいつは、ここに来ていないのか?

 それとも…………。


『ルォォォォォォ!!』


 爆煙を突き破って、炎魔将が飛び出してきた。

 体を構成する炎が、受けたダメージによって揺らいでいる。

 

「……やはり倒しきれなかったか」


 通常の炎巨人なら、今のでも十分に屠れた筈だが。


 炎魔将の体が揺らぐ。

 体を構成する炎の色が、赤から青へ、やがて黒へと変化していく。


 一旦距離を取り、エルフィの元まで下がる。

 

「……黒い炎巨人か。希少種だな。私も見るのは初めてだ」

「魔力量はどうだ?」

「量だけならば、あの土魔将に引けをとらない。今のままではキツイだろうな」


 後ろの冒険者へ視線を向ける。

 連中は未だあそこに留まっているが、こちらに助太刀してくる様子はない。


「やむを得ないな。エルフィ、頼む」

「…………」


 エルフィが『偽装の腕輪』に手を伸ばす。

 温泉都市に入る前に付けさせた、種族を隠蔽する魔力付与品(マジックアイテム)だ。

 魔力の性質を魔族から人間へ変更する効果から、嵌めている間は魔術の威力が落ちてしまう。


 腕輪を外したエルフィから、強烈な魔力が吹き出した。

 それは人間の物ではない。

 魔族特有の、肌がピリピリする魔力だ。


「……出来れば、避けたかったよ」


 顔を顰めながら、全力になったエルフィが言う。

 

 ……ああ。

 場合によっては、冒険者達を皆殺しにしなくちゃならなくなるからな。

 

◆


「クソ……どうしたらいんだよ……」


 集まった冒険者達の大半が現れた炎魔将に絶望してしまっていた。

 炎龍との戦いで、大半の冒険者の魔力が尽きている。

 辛うじて残っている者はいても、炎魔将との戦闘に耐えうる量ではない。


 何より、炎魔将の最初の一撃で、前方に立っていたAランク冒険者の大半が身動きの取れない状態に陥ってしまっていた。

 残り少ないポーションを優先的に彼らに与えるも、未だ陣形はガタガタだ。

 

 そんな状況の彼らを、更に絶望へ落とす出来事が目の前で起きた。


「……嘘、だろ? あれ……魔族じゃ」


 炎魔将に勝ちうる一筋の希望として見ていた、"爆裂の魔眼使い"。

 魔力付与品(マジックアイテム)らしき腕輪を外した彼女から流れ出てきたのは、魔族の魔力だった。

 

「そんな……魔族なんて」

「あいつ、俺達を騙していたのか?」

「じゃ、じゃあ隣にいるあの伊織って奴も、実は魔族なんじゃ……」


 魔族は敵だ。

 戦争の相手で、多くの人間を殺した憎むべき種族。

 それが今まですぐ隣にいたという事実に、冒険者達が青ざめる。


「で、でも……あいつら、炎魔将と戦ってるぜ? それはどうして……」

「もしかしたら、俺達の味方ってことも」

「いや炎魔将を倒したら、次に殺されるのは俺達なんじゃないか……!?」


 二人を見る目に、恐怖が混ざっていく。

 険悪な雰囲気が漂い始めた。

 

「冷静になれよ! あの二人はここまででアタシ達を助けてくれたじゃないか!」

「それだって何か目的があったかもしれないだろ!?」


 ミーシャの言葉を冒険者達は否定し、疑心暗鬼に陥っていく。

 

 ミーシャ自身も、エルフィの正体に驚いていた。

 彼女が魔族など、思いもしなかった。

 

「今のうちに、炎魔将ごとあの二人に攻撃を仕掛けるのはどうだ! お互いに気を取られている今なら、どっちも殺せるかもしれねぇ!」


 フルフェイスの兜を被った男が、ついにはそんな提案を出した。

 流石にすぐに賛同する者はでなかったが、二人への心象は、急速に悪化していく。

 

 やがて、一つの結論が出た。


『二人を置いて、この場から逃げる』


 体力を消耗した状態では、生きて迷宮から出るの厳しいだろう。

 だがここにいるよりはマシだ。

 そんな判断を下し、冒険者達が逃げようとした時だった。


『――――!!』


 炎魔将が唐突に標的を変えた。

 逃げようとした冒険者達の背に向けて、漆黒の砲弾が放たれる。

 目が眩むようなその熱量に、冒険者達が目を剥いたその時だ。


「――"重圧潰"」


 降り注いぐ重力によって、砲弾が地面に叩き落とされた。

 それを成したのは、魔族である筈の"爆裂"だった。

 攻撃を喰らいそうになった彼らを、彼女が魔眼で救ったのだ。


「あいつ……今」

「俺達を助けた……のか?」


 魔族に助けられたという状況に、冒険者達が足を止める。 

 自分達を殺すつもりならば、今この場で庇う必要はなかったはずだ。

 見殺しにすれば良かった。


「魔族なんだろ……? どうして」


 冒険者の一人が溢した呟きに、答えられる者はいなかった。


◆


 ……劣勢だ。


 炎魔将との戦いが始まって、十分程経過した。

 順当に行けば、既にエルフィが全力の魔眼を撃ちこんでいる頃合いだ。

 だが、逃げようとした冒険者を庇ったせいで、魔眼の為の魔力を消費してしまっている。


 エルフィめ……。


『ルオオオオオ!!』


 魔眼の攻撃を見て、エルフィが危険だと悟ったのだろう。

 炎魔将は徐々にエルフィに狙いを絞るようになってきている。

 それを防ぐエルフィの顔に、徐々に疲労が溜まってきているのが見えた。


「――フッ」


 炎魔将に接近し、狙いをエルフィから俺に逸らす。

 上から落ちてくる豪腕の一撃を躱し、カウンターを入れるも、黒い炎によって弾かれてしまう。

 かなりの硬さだ。


 それでも攻撃の手を緩めず、繰り返し翡翠の太刀で斬り付ける。

 その最中で詠唱を行い、炎魔将の顔面に"流水砲"を撃ち込んだ。


 渾身の威力を込めた一撃に、炎魔将が大きく仰け反る。

 弱点である水を、急所である顔に撃ち込んで、仰け反る程度か……。

  

 その硬さに目を見張りながらも、次の一手を打った。

 よろめいた炎魔将に、二つの魔石を投擲する。

 バックステップで距離を取ると同時、"壊魔"の爆発が炎魔将を飲み込んだ。


『ル……オオオォ!!』


 爆煙から飛び出てきた炎魔将は健在だ。

 だが、無傷ではない。


 岩窟龍(アースドラゴン)と違って、炎巨人の体は剥き出しの魔力だ。

 いくら固くても、魔力による攻撃で多少のダメージは与えられる。


 ダメージを受けた炎魔将の攻撃が再び俺に集中する。

 炎魔将が近づくだけで、相当な熱量が肌を焼く。

 魔力で防御しているものの、体力が刻々と失われていくのを感じる。

 エルフィが魔眼を放つまで、無理をするしかないな。


「"加速(アクセル)"」


 敏捷性を上げる魔術。

 動きを一段階上げるも、炎魔将の巨躯は追い縋ってくる。

 だから、更にもう一段階速度を上げた。


「"二重加速(アクセル・ダブル)"」


 全身が軋むのを感じた。

 敏捷性をあげれば、それだけ体に負荷が掛かる。

 無理な運動に、骨や筋肉が悲鳴を上げている。


「おおおおおォォ!!」


 無理を通した動きで、炎魔将を翻弄する。

 四方八方から翡翠の太刀で斬り付け、後頭部に"流水砲"を撃ちこむ。

 俺を捉えようと、炎魔将は躍起になって魔術を放つ。


 躱す、斬る、躱す、斬る斬る斬る。


「くはッ……」


 吐血しながらも、炎魔将へ攻撃を加え続けた。

 炎魔将が痺れを切らして大規模魔術を使わぬよう、捕まえられそうで捕まえられない速度を保つ。

 その計算をしながらも、冒険者が裏切らないか、ベルトガが現れないかの警戒を怠らない。

 脳が焼き切れそうだ。


「けど――」


 それも終わりだ。

 魔力を全開にしたエルフィが合図を送ってくる。


「そのまま撃ちこめッ!!」

「――――ッ!!」


 次の瞬間、視界が紅蓮に染まった。

 魔眼を喰らい、炎魔将の体が爆発する。

 その爆風は、バックステップで跳んだ俺にも届く。


「――"魔毀封殺(イル・アタラクシア)"」


 手持ちの魔力でも使えるように調整した盾。

 同時に使える魔石全てと、体内の魔力の大部分を消費して、発動する。

 押し寄せる爆風を魔毀封殺が防ぎきった。


 体の大半を失った炎魔将が地面に倒れこむ。

 炎が消え、その下の黒い肉体が露わになった。


『――――――』


 耳を劈くような断末魔。

 何かを呼ぶような嫌な叫びを残し、炎魔将は絶命した。


◆


 魔将を倒した。

 だが、ベルトガは出てこなかった。

 どういうことだ?

 あいつは一体、何をしている?


 神経を張り巡らせたまま周囲を見回すが、あいつの姿はない。

 ここにいるのはエルフィと、部屋の入口付近に固まっている冒険者達だけだ。

 ベルトガはいないのか。


 そう気を緩めた瞬間だ。


『ギィィィィィイイイイイッッ!!』


 部屋の奥で流れているマグマの川。

 その中から、甲高い叫びを上げながら炎龍が飛び出してきた。


「まだいたのか……ッ!!」


 二重加速のせいで体力の消耗が激しい。

 余力を残しておきたいってのに、炎龍まで相手にするのは流石にキツイな。


 炎龍が口を開き、ブレスを放とうとする。

 仕方ない。

 迎え撃とうと、身構えた時だった。


「……解放(パージ)」


 ゴトンと、何かが地面に落ちる音がした。

 振り返れば、知らない男が立っていた。

 ベルトガではない。

 

 だが、地面に落ちている鎧は、俺達に何度も絡んできたあの全身鎧の物だ。


 兜、籠手、鎧、全ての装備を外し、男が大剣を構える。

 

「……もって三十秒ってとこか」


 そう呟いた瞬間、男の魔力が吹き荒れた。


「な……」


 男は足場を踏み砕き、大きく跳躍する。

 その先にあるのは、ブレスを放とうとする炎龍だ。

 接近してくる男に、炎龍が狙いを変えようとした一瞬の隙。


「らァァァァ!!」


 男の大剣が、炎龍を両断した。

 真っ二つになった炎龍が、鮮血を撒き散らしながら地面に落ちる。

 遅れて、男が地面に着地した。


 部屋に静寂が訪れる。

 もう、魔物の気配はなかった。


◆


 荒い息のまま、男がこちらへ視線を向けてくる。

 冒険者達も、俺達の方に向かってきている。


「…………」


 それを受けて、俺は臨戦態勢に入った。

 どうやら、あの男は余力を残していたらしい。

 他の冒険者にも、アレが出来る者が残っているかもしれない。


「エルフィ」

「…………」


 冒険者の連中には、エルフィが魔族であることを知られてしまった。

 信用出来ない。

 外に漏らされれば、面倒なことになる。

 始末するなら、今、ここでだ。


 そう警戒する中、冒険者の一人が口を開いた。


「――助かったぜ。ありがとな」


 は……?


 呆気に取られる中で、他の冒険者達も言葉を続ける。


「二人ともすげぇよ! まさか炎魔将を倒しちまうなんてよ!」

「おい、伊織って言ったか!? アンタの動き、やばかったぜ!」

「"爆裂"! 最高にかっこ良かった! 惚れたぜ俺は!」


 叩きつけられる、感謝の言葉。

 誰もが好意的な態度で、俺達に声を掛けてくる。

 敵意はない。

 

「なにを……」


 エルフィが魔族だと分かったはずだ。

 だったら、攻撃してくるんじゃないのか? 

 あいつが庇った恩を放り捨てて、魔族を捕らえれば金が貰えるからと、襲いかかってくるんじゃないのか?


「どうやら、手を汚さずに済んだようだな」

「い、いや……」


 戸惑っている中、先ほどの男が歩いてきた。

 そうだ。

 こいつは今まで、俺達に散々絡んできた。

 ここで本性を曝け出して、攻撃してくる筈だ。

 

「今まで悪かったな」


 そう思ったのに、男は俺達に向けて頭を下げてきた。


「それと、助太刀するのも遅れて済まなかった。あの巨人の一撃で気絶しちまってたんだ」

「ふむ……お前、放魔症か」


 男を見て、エルフィがそう言った。

 放魔症。

 多い魔力を保有する者がまれに発症する病気だ。

 常に体から、魔力を放ってしまうという。


「ああ。魔力を抑えこむ鎧を付けなきゃしんどくてな。外したら、数十秒くらいしか戦えねえし」


 そういいながら、男は再び鎧を身に纏っていく。

 

「…………」


 ここにいる誰もが、俺達に敵意を持っていない。

 魔族だと知っているのに、冒険者達はエルフィに群がっている。

 邪魔だ、とエルフィは騒いでいるが。


「全く……何なんだあいつらは」


 エルフィが戻ってきた。


 男は鎧を付け直してから、「悪かったな」ともう一度謝ってきた。


 男の名はゾルキンというらしい。

 Aランク冒険者だ。


「子供が戦っているのが、どうしても許せなかったんだ」


 彼はそう語りだした。

 彼には二人の子供がいたらしい。

 その子供は、ゾルキンに憧れて冒険者になったそうだ。


「……どうなったんですか?」

「……死んだよ。二人共な」


 悔いるような表情で、男は言った。

 


「だからどうしても、あいつらと近い年齡の奴が冒険者をやっているのを見ると止めさせたくなる。だが……俺が間違ってたな。済まなかった」


 深々と頭を下げるゾルキン。

 その様子に、口を開こうとした時だった。



「――だったら、すぐにその子供の所に連れてってやるよ」



 ズガン、と音がした。

 すぐ前に立っていたゾルキンが吹き飛ぶ。

 そして、その先に立っていたエルフィに突っ込んだ。


「……く!?」


 咄嗟に、エルフィがゾルキンを受け止めた。


「受け止めちまったなぁ」


 身動きが止まったエルフィへ、炎を纏った金棒が振り下ろされた。

 ゾルキンとエルフィ、二人がグシャリと嫌な音を立て、壁に激突する。


「お……まえ、なにしてんだ」


 二人に攻撃を仕掛けたのは、フルフェイスの兜を身につけた冒険者だった。

 周囲の冒険者が、呆然とした声を漏らす。


 男が兜を脱ぐ。

 その瞬間、バキバキと音を立てて、男の体が変形した。


「『人化の鎧』。激レアの魔力付与品を使っただけあったなぁ。誰にも気付かれなかったぜ」


 三メートルを越えた男。

 浅黒い肌に、岩のような筋肉、そして頭に生えた角。


「よぉ、久しぶりだな――アマツゥ」


 ようやくか。


 かつて、俺に毒を盛った裏切り者。


 ベルトガが、そこにいた。


 



 

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