表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/165

第十二話 『霊魂不滅』

「何故だ。どうして……どうして、貴方は私の思い通りになってくれないッ!! なんで私にそんな目を向けるんだッ!!」


 エルフィの言葉を受けたグレイシアの第一声が、これだった。

 頭を掻き毟り、髪を振り乱し、目を見開き、唾を飛ばし、地団駄を踏みながら、狂ったように絶叫する。


 何故、理解してくれないのか。

 私は貴方のためにやっているのに、どうしてそんな酷いことを言うのか。

 涙を流しながら早口で捲し立てた後、血走った目を俺に向けた。


「お前かぁ……。お前が私のエルフィスザーク様を惑わせたのか、勇者ぁぁ!!」

「さあな。ただ、少なくとも、こいつはお前のモノじゃねえよ」


 包囲網を抜けた俺は、エルフィの隣にまでやってきた。

 エルフィの頬に手を当て、赤く腫れた頬を魔術で治癒する。

 腫れが収まり、元の白い頬に戻る。


 そんな行為が、さらにグレイシアの逆鱗に触れたらしい。


「きっ、さ、まぁぁぁ!! 私のエルフィスザーク様に触れるなどぉ!! 塵一つ残さず、ただの肉塊に――」


 目を血走らせ、裏返った声で何かを叫ぼうとする。 

 しかし、その言葉は最後まで続かなかった。


「――“魔眼・重圧潰”」


 グレイシアの頭上から、魔力で生み出された重力が降り注いだからだ。

 周囲にいた魔族達も巻き添えを喰らい、腕が立つ十数人を残して押し潰された。

 潰された者の中に、グレイシアは含まれていない。


「……ッ」


 直後、重圧潰の範囲から離れた場所に、グレイシアが現れた。

 以前見た、瞬間移動の魔術か。


「聞き分けのない御方だ。トールッ!! エルフィスザーク様を、もう一度封印して差し上げろ!!」


 虚ろな表情の黄髪の魔族――トールが全身から魔力を迸らせる。

 それに続くようにして、他の人形達も動き出した。

 グレイシアを倒すには、あの四人が邪魔だな。

 

 人形達の相手をしようと、前に出た時だった。


「良い」


 エルフィに、手で遮られた。


「グレイシアと、あの四人は私が倒す」

「……大丈夫か?」


 トール、アベル、フェイ、ムスベル。

 あの四人の名前は、エルフィから何度も聞いたことがある。

 それぐらいに、エルフィにとって大切な仲間だということだ。

 あの四人と戦うということはつまり、彼らに二度目の死を与えることになる。


 そんな俺の懸念に、

 

「ああ。私を誰だと思っている?」


 エルフィは、そう答えた。


「――――」


 その表情に、喉から出掛かった言葉を呑み込む。


「分かった。なら、露払いは任せろ」

「……うむ、頼んだ」


 グレイシアとトール達以外にも、この部屋にはまた多くの魔族が残っている。

 騒ぎを聞きつけた者達も、駆け付けてきているだろう。

 ここから先は、俺の出る幕じゃない。

 だから、邪魔者達と一緒に退場するとしよう。


「第四鬼剣・斬扇」


 残っていた魔族達に向け、斬撃を放つ。

 魔族達は、高い身体能力を持ってそれぞれ回避していく。


「――大旋風ホワール・ブラスト


 そこに、風属性の魔術を叩き込んだ。

 魔族達は躱しきれず、風に呑まれて部屋の外へ吹き飛ばされていく。

 部屋の出入り口に結界を張って他の者が入れなくしてから、俺もそれに続いた。


 魔族達を吹き飛ばした先にあったのは、大広間だった。

 客を招くための場所なのか、床には赤い絨毯が引かれ、天井にはシャンデリアのような魔力付与品マジックアイテムが設置されている。

 

 吹き飛ばされた魔族達の多くは、地面に転がったまま呻いている。

 だが二人、大旋風を喰らってピンピンしている魔族がいた。


「不覚。たった二撃で、部屋から叩き出されるなんて」

「チッ。グレイシアから話は聞いてたが、これが勇者か。人間の癖にうざってえな」

「警告。相手は勇者。気を抜かないように」

「わかってるよ」


 先ほども少し戦った、白蛇型の魔族と、龍と獅子混合型の魔族だ。

 グレイシアの側近のようで、ここにいる魔族の中では高い実力を持っているようだ。


「にしても、勇者がエルフィスザークの仲間かよ。あいつ、魔族の癖に人間を手を組みやがって、反吐が出る」

「同意。グレイシア様の邪魔をして、生きて帰れると思うな。あの女ともども、ズタズタにしてやる」


 吐き捨てるように、二人はそう言った。


「何だ。お前達は“消失“と違って、エルフィを神聖視しているわけじゃないんだな」

「当然。あの女は目障り。グレイシア様に相応しくない」


 なるほど。

 部下も部下で、主と意思統一ができていないらしい。


「不愉快。グレイシア様が気にかけてさえいなければ、もっと傷付けてやったのに」

「……もっと?」


 白蛇型の魔族が、チロチロと舌を揺らしながら呟く。

 それに同意するように、もう一人が頷いた。


「あぁ。あの女、グレイシア様に反抗的な態度を取りやがったんでな。アタシ達でちょっとだけ、甚振ってやったのさ。傑作だったぜ、あの女の泣き顔。あれで元魔王っていうんだから、昔の魔族には腑抜けしかいなかったのかねぇ」

「失笑。あんなんだから、オルテギア様に負ける」

「……………………」

「お前、どうせあいつの男だろ? だったら、あの女が何をされたのか気になるんじゃないのか?」


 混合型の魔族がニンマリと笑みを浮かべ、


「少し殴ってやったのさ。こういう風に――なぁ!!」


 激しく床を砕きながら、混合型の魔族が飛び掛かってきた。

 筋肉の肥大化した腕を、俺の右肩に叩き付ける。

 人間を超越したその威力に、右肩の骨が砕けた。


「はっ、何だよ!! 大したことねえな。何が勇――」


 その言葉を遮って、俺は混合型の腕を握り潰した。


「あ、ひ、ぎゃああああああああああッ」


 原型を留めないほどに潰れた腕を見て、混合型が悲鳴をあげる。

 腕を押さえながら地面に倒れ込み、痛みにもんどり打っている。


「四天王の側近が、この程度……?」


 既に治癒魔術で治した右肩を、グルグルと回す。

 そして、ようやく立ち上がり始めた他の魔族達に向けて忠告する。


「俺は別に、お前らと殺し合いたくてここに来たわけじゃない。 死にたくない奴、戦いたくない奴は下がっていろ。そうすれば、俺も手を出さない」

「不毛。死ね……ッ!!」


 白蛇型が叫び、両腕を前に翳した。

 直後、腕が無数の白蛇に変化し、津波のように地面を張って押し寄せてくる。


「第二鬼剣・乖裂」


 翡翠の太刀を振り、白蛇の群れを両断する。

 特に抵抗もなく、呆気なく白蛇達は斬撃に潰されていった。

 斬撃はそのまま、白蛇型の魔族の右腕を切断する。


「ぃぃ!? ぁああああああ、腕がぁああああ!!」


 片腕を失い、絶叫する白蛇型。

 追撃しようとして、何かに足を止められる。

 見れば、混合型が俺を片手で掴んでいた。


「今だ、スネイルぅぅ!!」


 仲間の叫びに答えて、白蛇型が飛び掛かってきた。

 大きく口を開き、牙を剥き出しにして噛み付こうとしているらしい。

 ……お粗末に過ぎるな。


「死ねえええ、勇者ぁあああ!!」

「口調が変わってるぞ」


 混合型の拘束を振り払い、俺は前に踏み出す。

 そして、飛び掛かってきた白蛇型を正面から斬った。


「ぁぁぱっ」

 

 真っ二つに両断され、白蛇型が地面に落ちる。

 再生能力はないらしく、ピクリとも動かない。


「……さて」

「ひ、ひぃ。や、やめ……」


 足元にいる、混合型に視線を落とす。


「下がる奴には手を出さない」

「ひぃぃ、ひゃめ――ッ」


 その顔を、魔力を纏った足で踏み潰した。

 潰れたカエルのような悲鳴をあげて、混合型が絶命する。

 

「だが、戦うなら覚悟しろ」


 二人がやられたことに青褪めている魔族達に向かって言う。


「――俺は少し、怒っている」



 ――そして、部屋に残ったのはお互いに見知った七人だ。


 元魔王、エルフィスザーク。

 その部下、グレイシア、トール、アベル、フェイ、ムスベル、ベルディア。

 かつての主従関係にあった者達が、三十年ぶりに一同に会している。


「……私も、ご主人様と一緒に戦う」


ベルディアは、人間形態のままエルフィスザークの隣に立つ。

 その漲る闘志に、エルフィスザークは無言で頷いた。


「貴様風情が、一緒に戦うだと? 図に乗るなよ、ベルディアぁぁ!!」


 その叫びを合図に、トール達が動き始めた。

 エルフィスザークに向けて、トールとグレイシアが攻撃を放つ。

 その間に、ベルディアに向かってアベルとフェイが突撃した。


『『――――』』


 左右から襲い掛かる、炎と水の魔術。

 ベルディアの死を予見し、口元を歪ませるグレイシアだったが、


「……!」


 アベルとフェイの攻撃が当たることはなかった。

 地に四肢を付け、ベルディアは蜘蛛のような動きで攻撃を躱していた。

 間髪入れず追撃するアベルとフェイだが、その連携はベルディアには届かない。

 ベルディアは地を滑るような身のこなしで、連続する攻撃を危なげもなく回避していった。


「……ただ三十年間、お前達から逃げていたわけじゃない」


 地に付いた両腕を軸にし、ベルディアがコマのように回転する。

 それと同時に、両足が人から黒炎龍カースドラゴンの物へと変化する。

 左右から迫っていたアベルとフェイは、唸りを上げて回転する龍種の足に直撃した。


「……私だって、ご主人様のために強くなったッ!!」


 棒に叩かれたボールの如く、二人はノーバウンドで吹き飛び、部屋の壁に激突した。


「な、に……」


 想像を超えるベルディアの身のこなしに、表情を驚愕に歪ませるグレイシア。

 意識が他所へ向き、グレイシアにできた大きな隙をエルフィスザークは見逃さない。

 魔力を纏った拳が、音を置き去りにしてグレイシアに向かう。


「――っ」


 拳が当たる瞬間、グレイシアの姿が瞬く間に消失する。

 同時に、エルフィスザークの死角となる背後に現れた。

 背後から、エルフィスザークに手を伸ばすグレイシアだったが、


「……貴様は少し、静かにしていろ」

「が、ばッ!?」


 グルンと振り返し、エルフィスザークが放った裏拳に頬を打たれ、血を吐きながら吹き飛んだ。

 想定外の裏拳に、受け身を取ることすらできず、グレイシアは地面を転がる。


「……………」


 呻きながら地に伏すグレイシアを一瞥した後、エルフィスザークはアベルとフェイに視線を向けた。

 二人は既にムスベルの治癒魔術によって傷を癒やし、ベルディアと戦っていた。


『『――!』』


 そんな二人の前に、エルフィスザークが高速で割り込んだ。


『――雷撃弾サンダー・バレット


 そこへトールが雷撃を撃ち込むも、ベルディアのブレスによって止められた。

 バトンタッチするかのように、二人の相手が入れ替わる。


「久しいな。アベル、フェイ」


 優しげに語りかけるエルフィスザークだが、アベルとフェイは答えない。

 表情の抜け落ちた顔で、目の前に立つ標的をたた見定める。

 そんな二人の様子に気付きながらも、エルフィスザークは口を閉ざさない。

 

「お前達はいつも二人一緒で、仲が良かったな。言動も常に一致していて、二人で頑張って私を励ましてくれた時のことは、今でも覚えているぞ」


『『――――』』


 顔の筋をピクリとも動かさず、アベルとフェイは主に向かって牙を剥く。


『――煉獄弾』

『――死沼弾』


 炎と水。

 二人が編み出した魔術が融合し、巨大な球体が構成されていく。

 上級魔術すら遥かに凌ぐ二人の魔術。

 だが、それはエルフィスザークには届かない。


「懐かしい技だ」


 二つの魔術が合わさっていく最中、エルフィスザークはその中央に魔眼を撃ち込こむ。

 並みの魔術ならば触れた瞬間に消滅するほどの大魔術は、その一撃だけで容易く消滅した。

 

「融合の際の、魔術の繋ぎ目。ここが、弱点だったな」

『『――!!』』


 奥義を破られ、二の足を踏むアベルとフェイ。

 一糸の乱れもない二人の連携が、僅かに乱れたその瞬間。

 エルフィスザークは、二人との距離を詰めていた。


「――"魔腕・壊裂断かいれつだん"――」


 両腕から魔力が奔り、計十本の巨大な爪が生み出される。


「お前達と出会えて、私は幸せだった」


 振り下ろされた十本の爪が、二人の体を同時に切り裂いた。

 その攻撃に、体が限界を迎えたのだろうか。

 アベルとフェイの体が灰となり、再生することなく地面に落ちた。


「おやすみ。アベル、フェイ」


 部屋の中に、エルフィスザークの言葉が静かに響いた。


「ぐ……ムスベルッ!! 何をしている、私を治せ!!」


 その余韻を壊すように、這い蹲ったままのグレイシアが叫んだ。

 使役者の言葉に従い、ムスベルが治癒魔術を行使しようと手を翳す。

 

「――“魔脚・無風閃”」


 それを遮るように、音もなくエルフィスザークがムスベルの目の前に姿を現した。


「――ムスベル」

『――――』


 労るような、エルフィスザークの優しい言葉。


「お前がくれた慰めの言葉は、いつでも思い出すことができる。お前が背を押してくれたお陰で、私は前に踏み出すことができた。だから私は、足を止めずにいられたのだ」

 

 敵を目の前にして、それでもなお、グレイシアを治癒せんとムスベルが魔術を構築する。


「お前の魔術は……あのような者を癒やすために、得たものではないだろう?」


 ムスベルを見つめ、エルフィスザークが悲しげに微笑む。

 そして、魔力を纏った蹴りで、ムスベルの胴体を凪いだ。


「――ご苦労だった、ムスベル」


 音もなく、ムスベルが灰になる。

 サラサラと地に落ちた灰に、エルフィスザークは唇を噛んだ。


『――電雷絞鎖ボルト・チェイン


 平坦な詠唱とともに、雷で構築された鎖が瞬く間にエルフィスザークに迫る。

 床に視線を落としていたエルフィスザークは、避ける素振りすら見せず、鎖に縛り上げられた。


「さぁ……捕まえましたよ、エルフィスザーク様」

「…………」

「瞬く間に人形を三つも滅ぼしたのは流石ですが、これ以上の犠牲は許容できません」


 腫れた頬を押さえながら、グレイシアが嗤う。

 トールと交戦していたベルディアは、雷に弾き飛ばされ、部屋の隅に追いやられていた。


「強くなった? その驕りが、エルフィスザーク様の邪魔となっていると何故気付けない。龍は龍らしく、黙って空を飛んでいれば良いものを」


 雷の威力に苦悶の表情を浮かべるベルディアを、グレイシアが嘲笑する。


 以前から、グレイシアはあの龍の存在が気に入らなかった。

 ペットだからとエルフィスザークに密着し、卑しく食い物を強請り、浅ましいにも程がある。

 中途半端に知能など持つから、悪影響を及ぼすのだ。

 だがそれも今日で終わる。

 物言わぬ人形にしてしまえば、乗り物として今よりも遥かに役立つことだろう。

 

 そうほくそ笑むグレイシアだが、ふとベルディアの態度に違和感を覚えた。


「…………」


 主が鎖で縛られているというのに、その表情に焦りがない。

 それどころか、悲しげに、赤い瞳をトールに向けていた。


「貴様、何だその顔は」

「……お前は、何も見えていない」


 理解できないグレイシアに、ベルディアは憐れむような表情を浮かべる。

 その態度に、グレイシアが激昂しかけた時だった。


「――トール。お前は賢く、そして強かったな」


 エルフィスザークの言葉が、部屋に響いた。

 縛られたまま、トールに向かって慈しむような視線を向けている。


「どんな状況でも適切に戦況を見極め、お前は最適な手を打っていた。その戦術眼に、何度助けられたことか。そして、お前は鍛錬を怠らなかった。雷の魔術を極限にまで使いこなし、ついには四天王にまで上り詰めていたな」


 エルフィスザークが、自身を縛る鎖に視線を落とす。


「だからこそ……無念だろう」

『――――』

「お前の力は、断じてこの程度ではなかった」


 バキン、と音が響く。

 力を込めたエルフィスザークの腕が、鎖を容易く引き千切っていた。

 

「お前はいつも、私を支えてくれた。その献身を、私は忘れない。お前の言葉を、忘れない」


 拘束を解き、エルフィスザークが魔眼を放つ。


「――“魔眼・灰燼爆”」


 トールの防御は間に合わなかった。

 生前の判断力も、人形となった今では発揮されない。

 故に、エルフィスザークに敗北することは必然だった。


『――――』


 紅蓮の獄炎が、トールのその身を呑む、その直前だった。


『エルフィスザーク様』


 動かないはずのその口が動き、


『私達は、貴方に仕えることができて――幸せ、でした』


 トールが、生前のように微笑んだ。


「――……っ。あぁ、私もだ」


 そして、紅蓮がトールを呑んだ。


「ありがとう。さらばだ、トール」


 轟音とともに世界が紅く染まり、光が消えた時、そこには何も残っていなかった。

 斯くして、死者はいなくなった。

 残ったのは、生者の三人。


「ば……馬鹿、な。いくらエルフィスザーク様が相手とはいえ、私の人形が、こんなにも、あっさりと……」


 その一人は、無様に狼狽えていた。

 あの四人の人形は、どれだけ過小評価しても、四天王二人分以上の戦力を持っていたはずだ。

 四人の存在が、グレイシアが誇る切り札の一つだったのだから。


「分からないか、グレイシア」


 その疑問の答えを、エルフィスザークは持っている。

 ベルディアでさえ、初めから気付いていた。

 気付けないのは、他人に目を向けない、グレイシアだけだ。


「屍になっても、確かに四人は強かった。だがな。あの者達を真に強者足らしめていたのは、強い意志だ。それを貴様に奪われて、生前の力が発揮できるわけがないだろう」

「……っ」

「そして……この私が、部下の弱点を把握していないとでも思ったのか? 私は、世界で誰よりも四人の力を知っている。その私に、操られただけの四人の攻撃が通用するわけがないだろう」


 簡単な話だ。

 四人の強さをエルフィスザークは誰よりも把握している。

 そんな彼女に、最初から意志を失った四人が叶う通りなどない。

 表だけ取り繕った人形では、エルフィスザークには届かない。


「こんな……ことが」


 そうして、残ったのはグレイシアただ一人。

 部下は部屋から叩き出され、部屋に張られた結界によって応援を呼ぶことも儘ならない。

 それ以上に、愛する人の手で追い詰められた状態に、グレイシアは耐えられない。


「エルフィスザーク様ぁ!! 私はすべて、貴方のためにやったのです!! それを何故、理解してくれないのですか!? こんなにも、私は愛しているというのに、どうして分かってくださらないのですか!? いい加減に目を覚ましてください!! 貴方が敵意を向けるべき相手は私ではありません!! 役立たずのベルディア、穢らわしい勇者、王を騙るオルテギア!! 貴方も分かっておられるのでしょう!?」


 涙ながらに、グレイシアは己の正当性と、エルフィスザークの不明を叫ぶ。

 ベルディアを指差し、ヒステリックに喚き立てる。

 エルフィスザークの知るグレイシアとは、かけ離れた姿だった。


 しかし、三十年の間に、グレイシアが変貌を遂げたわけではない。

 最初から、この考え、この思想を胸に抱きながら、自分の隣に立っていたのだ。

 それを憚ることなく表に出しているかどうかの違いしかない。

 

「これでは……見る目がどうのと、伊織に指摘などできないな」


 自嘲するように呟き、


「いい加減に理解したらどうだ」

「……はい?」

「私は、貴様の思い通り動く人形ではない、グレイシア」


 突き放すその言葉に、絶句するグレイシア。

 一瞬の静寂の後、


「ふっっっざけるなぁぁぁぁ……!! 私が、いままで誰のために、生きてきたと思ってるんだぁああ!!」


 グレイシアが甲高い声で絶叫した。

 普段の冷静かつ、寡黙な姿はもう微塵も残っていない。

 髪を振り乱して叫ぶ姿は、狂人としか表現の仕様がなかった。


「“喪失魔術ロスト・マジック瞬身消失しゅんしんしょうしつ”ぅぅぅぅぅ!!」


 そして、グレイシアの姿が消失した。

 瞬きの間に、残像を残しながら部屋のあちこちに移動する。

 これまで彼女が何度も見せてきた、瞬間移動だ。


「さぁぁぁあ!! 私の姿が捉えられますかぁ、エルフィスザーク様ぁぁ!!」


 グレイシアの声が、部屋のあちこちから聞こえてくる。

 室内を縦横無尽に移動するその姿を、目で捉えることは不可能に近い。


 ――喪失魔術・瞬身消失――


 使用者の視界の中ならば、どこにでも瞬時に現れることができる。

 この魔術を身に付けたことで、グレイシアは四天王にまで上り詰めたのだ。


「私が!! この手で、貴方に罰を与えて差し上げます!!」


 瞬間移動を繰り返すグレイシアの両手に、膨大な魔力が集まっていく。

 魔力で形作られたのは杖だ。

 

「“踊れ、闘争レーヴァテイン”」


 闘争の二文字を掲げるレーヴァテインの家系に、代々受け継がれる奥義。

 杖状に魔力を凝縮し、それを一度に放出することによって、敵を殲滅する極大魔術だ。


「さぁ、終わりにしましょう。エルフィスザーク様ぁぁ!!」


 そして、グレイシアはエルフィスザークの背後に現れた。

 ベルディアは目で追いきれず、主の背後に現れたグレイシアに気付いてない。

 エルフィスザーク本人も、グレイシアに気付けるはずがない。


 既に冷静さを欠いた頭でそう結論付け、“踊れ、闘争”を振り下ろそうとして、


「愚か者が」


 そんな声とともに、視界からエルフィスザークが消えた。

 驚愕に目を見開くのと同時、背後から凄まじい衝撃が走り、グレイシアは地面に叩き付けられた。

 両手の杖は、その衝撃で霧散してしまう。


「……? ……!?」


 背中の痛みに苦悶しながら、グレイシアは顔を上げる。

 見れば、蹴りを繰り出した状態で、エルフィスザークがこちらを見ていた。


「な……なにが」

「貴様の魔術には欠点がある。消えるのと同時に、現れる場所に微弱な魔力が現れる」

「な…………」

「私はただ、魔眼を使って貴様がどこに現れるかを見れば良いだけだ」


 グレイシアののぼせ上がった頭は、自分の魔術の弱点を忘却していた。 

 普段の彼女ならば、絶対に犯さない致命的なミス。

 冷静さを欠いているからこそ起こった必然だ。


「グレイシア」


 エルフィスザークの目が、紅く輝く。


「わ、私は!! これまでずっと、エルフィスザーク様のために……っ」

「言ったはずだ」


 苦し紛れの言葉を遮り、


「――私はそんなことは、望んでいないと」


 エルフィスザークが、魔眼を発動する。


「私は、私はぁぁぁぁぁ――ッ」


 絶叫するグレイシアが、紅蓮の地獄に呑まれた。


次回、毎章恒例、処刑タイム

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ