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第十一話 『少女は嗤う』

4巻が8/30発売になります!

活動報告で、表紙絵などを公開しましたー!


今日から7章完結するまで、毎日更新していきます。

「伊……織」


 ジャラリと鎖を鳴らし、エルフィが体を起こす。

 目を見開き、ワナワナと口元を震わせている。


「それに……ベルディア、ちゃん……? 二人とも……生きていたのか」

「……勝手に殺すなよ」


 軽口を返し、グレイシア達に視線を向ける。

 今は、悠長に事情を説明している暇はない。

 部下を蹴散らされたグレイシアが、鬼のような形相でこちらを睨んでいるからだ。


『……ご主人様。助けに……助けに来た』


 黒炎竜の姿のまま、ベルディアが俺の隣までやってきた。

 赤い双眸には炎のような闘志が漲り、口元からは吐息とともに黒炎が漂う。

 普段は感情をあまり表に出さないベルディアだからこそ、震えが混じるその言葉に万感の思いが込められていることが分かった。


『……この時を三十年間待った。グレイシア、ご主人様は返して貰う』

「させると思うか、愚昧」


 唸り声のようなベルディアの宣言に、グレイシアは不快げに目元を歪めた。

 ギリギリと歯切りし、コツコツと靴先で床を叩きながらも、グレイシアは小刻みな呼吸を繰り返している。

 内から溢れ出す憤怒を抑え、冷静さを保とうとしているのだろうか。


「三十年間、逃げ回ることしかしなかった貴様に、何を成すこともできはしない。まして、エルフィスザーク様を助けるなど――」


 グレイシアの言葉の最中に、全力で床を蹴って跳躍する。

 悪いが、長々と会話をしている余裕はないんだよ。

 激しく床を砕きながら、その勢いのままエルフィの下まで辿り着こうとして――、


「!」


 行く手を巨大な雷の壁に阻まれた。

 翡翠の太刀で両断するも、雷の槍が連続して行く手を阻む。


『――――』


 縛られたエルフィのすぐ前。

 虚ろな表情の黄髪の男が、バチバチと雷を纏った手を俺に向けていた。

 エルフィを封印しようとしていたのは、あいつか。


『――“龍撃雷砲(ライトニング・ブレス)”』

「“魔毀封殺(イル・アタラクシア)”」


 龍種のブレスの如き、強烈な雷の奔流。

 躱しきれないと判断し、即座に盾を張る。

 雷が激突した瞬間を見計らい、盾の後ろから飛び出す。


 そのタイミングだった。


『『――――』』

 

 赤と青。

 髪以外の容姿が酷似した小柄な魔族が、同時に飛び掛かってきた。

 魔術を使っているのか、速い。

 だが、捉えられない速さではない。


 体捌きで、二人の攻撃を躱す。

 間髪入れず、左右からピッタリと息のあった攻撃が飛んできた。

 何度か攻撃を躱し、その動きを見切る。

 赤髪の攻撃を躱し、青髪の攻撃を“柔剣”で流しカウンターを叩き込んだ。


 青髪の腕が宙を舞う。

 

 ――取った。


 そう確信した刹那、


『――高位治癒(ハイヒール)』


 青髪の体を治癒魔術が包んだ。

 青髪が斬り落とされた腕を掴み、切断面にくっつける。

 そして、その腕で魔術を行使してきた。


 体勢の立て直しが異様に速いな。


『――煉獄弾』

『――死沼弾』


 炎と水が融合した巨大な球体が現れる。

 視界すべてを覆うそれを、“魔技簒奪(スペル・ディバウア)”で消し飛ばす。

 

『『――――!』』


 それを予見していたかのように、既に次の攻撃に移っていた。

 腕に炎と水を纏い、左右から殴りかかってくる。

 翡翠の太刀を床に刺し、空いた手で二人の手首を掴む。


「潰れろ」


 そのまま、お互いの体を激突させた。

 グシャリと、二人が潰れ合う。


『――高位治癒(ハイヒール)』


 その瞬間に、潰れた二人の体が再生した。

 体を捻って俺の手から逃れ、二人が下がる。


『――“龍撃雷砲(ライトニング・ブレス)”』


 そのタイミングで、黄髪の男が雷を打ち込んできた。


「厄介だな」

『ガァアアアアアアアア!!』


 俺が動くよりも早く、ベルディアがブレスを放った。

 雷と黒炎がぶつかり合い、お互いに相殺する。


「どうした? 一人と一匹いれば十分ではなかったのか?」


 四人の魔族に足止めを喰らった俺を、グレイシアが嘲笑する。

 気付けば、初撃で蹴散らしたはずの魔族達が立ち上がっていた。

 全員が、治癒魔術で回復したのだろう。


 後方で佇む、水色の髪の魔族。

 先ほどから、あいつが治癒魔術を使って仲間を癒やしている。


「強いな」


 素直にそう思った。

 四人の魔族の連携が、非常に厄介だ。

 四天王を同時に複数人相手取っているような手応えがある。

 

『……当然。だって、あれは、ご主人様の部下だった、から』

「何だと?」

『……あの四人とも、グレイシアが罠にかけて殺したはずの、ご主人様の部下』


 雷を使う黄髪がトール。

 双子で連携を取っている赤髪と青髪がアベルとフェイ。

 治癒魔術を使う水色の髪の魔族がムスベル。


 死んだはずの四人が、何故か目の前で動いている。

 動揺した口調で、ベルディアはそう説明した。

 

「……なるほど」


 あの四人の虚ろな表情を見れば分かる。

 何らかの魔術を使って、グレイシアは死人を操っているのだろう。


 恐らく、喪失魔術(ロスト・マジック)の類だ。

 エルフィを拘束している結界を破壊する時に、部屋全体に“魔技簒奪”を使った。

 それでも動き続けているということは、かなり複雑な魔術構造をしているということだろう。


 随分と、ふざけたことをしてくれる。

“エルフィの部下”を正面から相手取るのは、賢くないな。


『……グレイシア。どういうつもり!? こんな、酷いことを』


 かつての仲間を人形として操る非道に、ベルディアが憤る。


「酷い? 酷いのは貴様らの無能っぷりだ」


 グレイシアは鼻で笑った後、侮蔑するように言った。


「エルフィスザーク様の理想を察することもできずに、その理想から遠ざけていた要因。それが貴様らだ」

『……何を言ってるの? 私達は、ご主人様のために戦った!』

「それが過ちだと言うのだ!!」


 反駁を潰し、唾を飛ばしながらグレイシアは叫ぶ。


「エルフィスザーク様の理想は、争いのない平和な世界だった!! そのために成すべきことは、人間と停戦協定を結ぶことではない!! 人間を、そして亜人どもを、我らの管理下におく!! それこそが、エルフィスザーク様の真の理想だったのだ!!」


 グレイシアの表情は、狂気すら感じさせるものだった。

 心底侮蔑した表情でベルディアを睨みながら、早口で言葉を続けていく。


「家畜のように、我らが労力として使う魔物どものように!! 徹底した管理下に置き、支配することでしか真の平和は訪れない!! 私の理想そのものであるエルフィスザーク様が、このことに気付かないはずがない!! 貴様らがエルフィスザーク様を惑わせなければ、エルフィスザーク様も必ずこの考えに至っていたはずなのだ!! それを邪魔した貴様らを、私は断じて許さん!!」

『……だから、私達を裏切ったの?』

「ああ、そうとも!! だからこそ、私は貴様ら不純物を取り除こうとしたのだ! 見ろ、その結果がこの人形どもだ!!」


 そう言ったグレイシアの先には、四人の魔族がいる。

 全員が、一様に感情の抜け落ちた顔でぼんやりと立っている。

 その姿からは、かつての勇姿も、覇気も、何一つとして感じられなかった。

 グレイシアの指示を待ち続ける、ただの“人形”だ。


「貴様らもすぐにこの人形に加えてやる!! 愚鈍な貴様らが、死してエルフィスザーク様の理想の礎になれることを感謝するが良い!!」

『…………』


 目を見開き、牙を剥き出しにしたまま、ベルディアが口を開閉する。

 グレイシアの言葉に、言葉を失ったらしい。


「……魔族以外の生物を管理下に置くことが、あいつの理想だと、お前は本気で思っているのか?」


 黙り込んだベルディアに代わりに、俺が気になったことを尋ねてみた。

 グレイシアは不快げに顔を歪めながらも、俺の問いに答える。

 

「ふん、そうだ。下等な貴様らは我らが管理せねば、徒に争いの火種を撒き散らすだけだからな。貴様らの管理を、エルフィスザーク様も望んでおられるはずだ」


 ああ、なるほど。

 そういうことか。


「……はは」


 目の前の女を理解し、思わず失笑してしまった。


「何がおかしい!! 人間風情がッ!!」


 その笑いが、グレイシアの怒りに触れたようだ。

 だが、こんなのは笑わずにはいられないだろう。


「いや、なに。見る目がどうの、以前の問題だと思ってな」

「何だと……?」


 出会ってそれほど長くない俺でも、グレイシアが的はずれなことを言っていることは分かる。

 鎖に縛られたまま顔を伏せているあいつを見れば、俺じゃなくても分かるはずだ。

 しかし、グレイシアはそれに気付かない。


 当たり前だ。


「最初から、お前はエルフィを見ようとしていない。何を考えているのか、理解しようともしていない。お前はただ、自分の理想の『エルフィスザーク様』を本人に押し付けているだけだ」


 自分の理想しか見ていないのだから、エルフィが何を考えているか分かるはずがない。

 何故なら、最初からエルフィを見ていないのだから。

 信じる、信じないとか、見る目がどうの、どころの話じゃない。


「自分の理想で、エルフィを語るな。くだらなさ過ぎて、笑うしかねぇよ」

「――ッ!! そ、の男をッ! こ、殺せぇええええええええッ!!」


 激昂したグレイシアが、ヒステリックに絶叫した。

 その瞬間に、ベルディアと視線を交わして頷き合う。

 幸いなことに、この状況はまだ想定の内だ。


「人形どもォ!! 貴様らの手で縊り殺せェ!!」


 頷くでもなく、トール達が動き始める。

 人形達が攻撃を繰り出そうと、前に踏み出したタイミングで、俺も動いた。


「――第四鬼剣・斬扇(ざんせん)」


 横薙ぎに、剣を振る。

 たた、剣を振っただけではない。

 扇状の巨大な斬撃が奔り、動こうとしていたトール達に激突した。


『――――!』


 流石に、直撃はしなかった。

 全員が魔術を使い、斬扇を防御する。

 だが、勢いを殺しきれず、全員が大きく後退した。


『ガァアアアアア――ッ!!』


 そこで、ベルディアがブレスを吐いた。

 口腔から放たれた黒炎が、床を焼き焦がしながら進んでいく。


「そんなブレスが、通ると思うなッ!!」


 激昂したグレイシアが激しく地面を踏み鳴らす。

 直後、魔力の奔流がブレスに激突し、お互いに相殺し合った。


「……!」


 だが、ベルディアのブレスはそれで終わりではなかった。

 相殺された瞬間に四散し、黒い煙が部屋全体に飛び散る。

 黒煙によって、部屋の中の視界は著しく悪くなった。


『……ご主人様を助けるッ!!』


 黒煙に覆われた部屋の中で、ベルディアが動き出した。

 その巨体に見合わぬ速度で、エルフィ目掛けて全力疾走していく。

 グレイシアの部下が止めようと立ち塞がるが、ベルディアは巨大な腕で難なく蹴散らした。


「トール!! 貴様の同類を封じろ!!」

『……ッ』


 だが、その進撃は続かない。

 橙色の鎖が地面を奔り、瞬く間にベルディアの体を縛り付けた。

 身動きを封じられ、ベルディアが勢い良く地面に倒れ込む。

 

 ……よし。


「ベルディア!」


 助けに行こうと、身を乗り出した瞬間だった。


「行かせんぞ、勇者」


 背後から(・・・・)、声が聞こえた(・・・・・・)。


「ッ」


 振り返り、防御態勢を取る。

 だが、そこには誰もいない。

 ゾクリ、と背後から殺気を感じ、振り返るのと同時だった。

 

「――“踊れ、闘争(レーヴァテイン)”」


 グレイシアが、俺に向かって杖を振り下ろした。

 膨大な魔力で構築されたその杖は、眩い光を放ちながら内包していた魔力を解き放つ。


「――ッ!!」


 全身を魔力で覆うが、防御しきれない。

 魔力の奔流をモロに喰らい、俺は勢い良く吹き飛ばされた。


「好機。仕留める」

「待ってたぜ、勇者ぁあ!!」


 吹き飛んだ先に、二人の魔族が待ち構えていた。

 白蛇型の魔族と、龍と獅子混合型の魔族だ。

 

「――!」


 脚部に魔力を流し、『蒼碧の靴』を起動させる。

 両足から勢い良く水が吹き出し、空中で方向転換。

 魔族の攻撃を回避し、俺は地面に着地する。


「貴様の戦闘能力だけは警戒に値する。故に、全力で潰す」


 気付けば、俺は囲まれていた。

 グレイシアと、トール達。

 そして、部屋の中にいる魔族達。

 ベルディアは、鎖で縛られたまま放置されている。

 どうやら、俺を強く警戒しているらしい。


「多勢に無勢だな。いくら勇者と言えど、四天王級の魔族が複数いれば太刀打ちできまい」

「……さぁな。ただ――」


 グレイシアが、両手に魔力でできた杖を生み出す。

 トールが巨大な雷の魔術を構築し、アベルとフェイが飛び掛かろうと身を屈める。

 魔族達がそれに続こうと、全身に力を漲らせた。


「――俺は一人じゃない」


 そう言った直後だった。

 ジャラン、と鎖が鳴った。

 部屋中に響くその音に、誰もが視線を向ける。


「――――」


 この場にいる者は、誰も知らない。

 ベルディアが、人化できることを。

 だから、ベルディアが黒煙に乗じて人化して鎖を抜けたことに、誰も気付かなかった。

 人の姿のままエルフィの下に辿り着き、鎖を引き千切ったのだ。


『心象魔術を使っても手こずる相手がいた時は、俺を囮にする』。


 この部屋に入る前に立てておいた作戦の一つだ。


 グレイシアは、俺の実力を知っている。

 当然、一番警戒するのは俺だ。

 そこを逆手に取った。

 

「言っただろ? 一人と一匹いれば、十分だって」

「――ッ!! おの……れぇぇぇッ!!」

 

 ヒステリックに、グレイシアが叫ぶのと同時だった。


「――――」


 カツン、カツン、と靴音が響く。

 音源の主は、銀髪金眼の元魔王。

 人化したベルディアを従えて、エルフィは散らかった絨毯の上を歩む。

 その表情は、前髪に隠れて伺うことができない。


「エルフィス……ザーク、様」


 表情を歪めるグレイシアに、部下達もざわめく。


「想定外。あの鎖から抜けられるなんて……!」

「チッ。グレイシア様!! アタシ達が、すぐに縛り直して――」


「――――黙れ(・・)」


 そのざわめきは、エルフィの一言で消え去った。

 世界から、音が消え去ったかのような錯覚。

 物理的に室温が下がったかのように、室内にいた者達が凍り付く。

 “元魔王”の威圧に、この部屋内の空気が完全に掌握されていた。


「グレイシア、最後だ」


 沈黙で固定された部屋の中に、エルフィの声が響く。

 名前を呼ばれたグレイシアが、うっとりとした表情でエルフィを見つめる。


「最後にもう一度だけ、お前に聞く」

「何なりと、エルフィスザーク様!! 私に答えられることは、すべて答えましょう!!」


 グレイシアの部下達も、全員エルフィに釘付けになっている。

 その間に、俺は気配を消して包囲網から抜け出した。


「本当に……本当に、お前がトール達を殺したのか? オルテギアに脅されたわけではなく、お前の意志で殺して、死人を人形として操っているのか?」


 平坦な、エルフィの問い。

 最初から、すべてを悟った上での問いだ。

 それでも、隠された喉の奥の震えが、内面の淡い期待を示していた。

 

 だが、


「勿論です!! あの無能どもは、私の意志で! 私の力で殺し、人形としたのです!! すべて、すべて貴方のためにッ!!」


 グレイシアがそれに気付くことはない。

 己の理想しか見ていないこの女には、エルフィの願いは届かない。

 

「そうか。――そうか」


 打ち砕かれた淡い期待。

 エルフィは、噛みしめるように言った。


「私は誓ったのだ。交わした約定を破り、仲間を無残にも殺したオルテギアに復讐すると。そして、オルテギアとともに、仲間を殺した者を、一人残らず殺すと」


 銀色の髪が、天蓋に空いた穴から吹き抜ける風で揺れる。

 黄金色だった瞳が、瞬きの後、地獄のような紅蓮に染まった。

 普段からでは想像もつかないほどに、低い声でエルフィは告げる。


「つまり、グレイシア。お前も――いや。貴様(・・)も、私の復讐対象だということだ」


 かつての部下との、決定的な決裂を意味する二人称の変化。

 どんな思いで、あいつはソレを口にしたのだろう。

 あれだけ部下を大切に思っていた、あのエルフィスザーク・ギルデガルドが。


「え、エルフィスザーク様……? 何を仰っているのですか?」


 青ざめ、引きつった笑みを浮かべながらグレイシアが尋ねる。

 その問いに答えることなく、エルフィは俺に視線を向けた。


「伊織。こういう時、復讐者(わたし)はどのような顔を、すれば良いのだったか……?」

「……俺の隣で、散々見てきたはずだ」


 こういう時に浮かべる表情など、一つに決っている。

 俺もお前も、既に覚悟は済ませたのだから。

 お前も、知っているはずだ。


「……ああ。そうだな」


 静かに頷き、エルフィは視線をグレイシアに戻した。


「ク……クク。ははは、ははははははッ」


 そう。

 殺すと誓った裏切り者を見た時に浮かべる表情など決まりきっている。


「はははははは、ははははははははッ!!」


 それは、笑顔だ。


「待ち侘びた。待ち侘びたぞ!! この手で、仲間の仇を討てる時を。復讐を果たせる日をッ!!」


 元魔王は、歓喜する。

 当たり前だ。

 己の仲間を殺した、裏切り者を見つけられたのだから。


「ははははははははははッ!!」


 掠れるほどに哄笑し、涙を流すほどに歓喜して。

 狼狽えるグレイシアに、憎悪に灼けた双眸を向けて。


「――では、私の復讐を始めようか」


 元魔王は嗤った。


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