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遺言どおりにふざけてください  作者: 週休七日


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4/4

遺言には書いていない

 二人でひっくり返したお好み焼きは、半分だけ成功した。


 父の担当した側は裏返り、叔父の担当した側は元の位置へ戻った。


 結果、中央に立派な山脈ができた。


 発端は、父の「二人なら、大きくても返せるだろ」だった。


 叔父の「そりゃそうだ」が続いた。


 そこから検証を経ずに実行したため、こうなった。


「そっち、早い」

「兄貴が遅いんだろ」

「せーの、の『の』で上げた」

「俺は『せーの』が終わってから上げた」


 十三年の隔たりには、それなりの単位があった。


「一枚ずつ焼けばいいのに」


 祖母が言う。


「僕、スーパーで似たようなこと言った」


 父と叔父は、へらを持ったまま、同時にこちらを見た。


 それから、山脈を見た。


 父が先に笑った。


「親父と同じことしてるな」

「いや、二人がかりだから、悪化してる」


 叔父が、盛り上がった中央を押さえた。


 じゅっと音がして、豚肉の匂いが広がった。


 二種類の肉は、半分ずつ載せていた。


 祖母は薄い肉のほうを、叔父は厚い肉のほうを取った。


 父はソースを多めにかけた。


 僕はマヨネーズを探した。


 祖父なら、ソースだけで食えと言った。


 だから、少しだけたくさんかけた。


 食べると、ちゃんとおいしかった。


 ただ、僕の知っているとおり、四角かった。


     *


 最後の封筒を開けたのは、食器を片付けたあとだった。


『四、わしを真ん中にして、家族写真を撮ること。


 全員、満面の笑顔で。


 パネルは、このために用意した。』


「謝罪会見のためじゃなかったんだ」


 僕が言う。


 父は、祖父の顔の大きさを改めて確かめた。


「真ん中に置いたら、人間が入らんだろ」

「顔の面積で相続分を決めるつもりだったのかな」

「財産の話とは別だと言ってた」


 叔父はもう、電気スタンドの角度を変え始めていた。


 僕はスマートフォンを棚に置き、四人とパネルが入る場所を探した。


 祖母だけが、座ったままだった。


「ばあちゃん、そこだと写らないよ」


 祖母は返事をしなかった。


 その手には、最後の指示書があった。


 全員、満面の笑顔で。


 祖母の親指が、その一行を押さえていた。


「……今日はね」


 祖母が言った。


「笑いなさいって言われるのは、少し嫌だわ」


 叔父が手を止めた。


 父も、パネルを持ち上げた姿勢のまま動かなくなった。


 祖母は紙を見たまま続けた。


「面白かったら、笑うわよ。さっきだって笑ったでしょう」


「うん」


 僕は答えた。


「でも、寂しいものは寂しいの。明日の朝もいないんだなって、急に思うの」


 祖母は、それ以上言わなかった。


 膝の上で指示書を平らにのばした。


 少ししわになった紙を、何度ものばした。


 祖父のパネルには、まだ、いい光が当たっていた。


 それが急に、ずいぶん勝手なものに見えた。


 自分だけ、一番機嫌のいい瞬間を残している。


 こちらは、その隣へ行くために、今日の顔を持っていくしかないのに。


 父がパネルを床に下ろした。


「じゃあ、笑わなくていいよ」


 祖母は、鼻をすすった。


「笑いたくなったら、笑うけど」

「うん」

「怒ってる顔でもいい?」

「いいだろ」

「あの人に?」

「そのへんにいるから、どうぞ」


 父が祖父を指した。


 祖母の口元が、ほんの少し動いた。


 僕は祖父の作業机から赤いペンを持ってきた。


『全員、満面の笑顔で』


 その一行に、線を引いた。


 下に書き足す。


『全員、好きな顔で』


 父がそれを見て言った。


「字が下手だな」

「遺伝の選別で落ちた」

「貸せ」


 父はそう言いかけて、やめた。


 僕の手にある紙を、もう一度見た。


「……読めるから、いいか」


 叔父が小さく笑った。


 祖母は立ち上がると、パネルの前へ行った。


「重蔵さん、少し端へ寄って」


 父が移動させた。


「もう少し」

「ここ?」

「近すぎるわ」

「母さんが寄せろって」

「私との距離じゃなくて、画面の端との距離」


 死後もなお、祖父は家族の間取りに干渉していた。


 ようやく位置が決まったころには、叔父が汗を拭いていた。


 父が白い板を持ち、叔父が光の当たり方を確かめる。


「兄貴、そこ、少し起こして」

「これぐらいか」

「そう。ありがとう」


 今度は、どちらも遠慮しなかった。


 父が頼まれ、叔父が礼を言った。


 数秒のやり取りだった。


 僕はスマートフォンの画面を見ているふりをして、それを聞いた。


 白い板は画面の外に置いた椅子に立てかけ、父がテープで留めた。


 その横へスタンドを寄せる。


 祖母と父と叔父が並び、僕のために、父と叔父の間を少し空けてもらった。


「じゃあ、撮るよ。十秒」


 タイマーを押して、僕は二人の間へ駆け込んだ。


 九、八、七。


 父が、少し離れたパネルを見た。


「待て」

「もう押した」

「親父だけ、まだ顔がでかすぎる」

「距離で解決できる範囲を超えてるんだよ」


 六、五。


 祖母がパネルを少し奥へ押す。


 叔父が横から手を伸ばして支える。


 四。


「傾いてる」

「笑顔なのに、逃げ腰だな」

「謝罪会見だからね」


 三。


 祖母が、パネルの祖父に向かって言った。


「次から気をつけて」


 父が吹き出した。


 二。


 叔父が目をつぶって笑った。


 つられてうつむいた僕は、父の肩に額をぶつけた。


 一。


 シャッターが切れた。


     *


 出来上がった写真では、父が口を開け、叔父が目をつぶり、僕は額を押さえていた。


 祖母は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。


 たぶん、両方だった。


 祖父だけが、腹の立つほど立派な笑顔だった。


「撮り直す?」


 僕が聞くと、祖母は画面をのぞき込んだ。


「これ、ちょうだい」

「でも、僕の顔」

「そういう顔だったんだから、いいじゃない」


 父が笑い、叔父がうなずいた。


 祖母は、スマートフォンの中の祖父を指で軽くたたいた。


「写真は撮りました。笑うかどうかは、こちらで決めました」


 僕は最後の指示書の余白に、そう書き足した。


 祖父の遺言を、初めてこちらから書き換えた。


     *


 叔父は、その晩は予約していたホテルへ戻った。


 祖母が泊まっていけばと言うと、「もう部屋を取っちゃったから」と答えた。


 父は引き止めなかった。


 代わりに玄関で、


「明日、帰る前に寄れよ」


 と言った。


 叔父が振り返る。


「千円?」

「千円」


 叔父はうなずいた。


 翌朝、叔父は約束どおりに来た。


 父は玄関で千円札を渡した。


 叔父は財布から借用書を出し、父へ返した。


「直人、解放だって」

「短い拘束期間でよかった」


 父は借用書を見ていた。


 祖父の字と、自分の署名。


 それを一度だけ折り直して、財布にしまった。


 叔父が言った。


「これで、用は済んだな」


 いつもの、少し軽い言い方だった。


 けれど靴を履く手は、ゆっくりだった。


 父が口を開いた。


「飯ぐらい、食いに来ればいいだろ」


 叔父の手が止まった。


「……用がなくても?」

「飯を食う用だ」


 叔父が下を向いた。


 靴のかかとを、指で直した。


「そうだな」


 父はうなずいた。


 それから、少し迷って、言い足した。


「あと、仕事の写真、送ってくれよ」


 叔父が顔を上げた。


「俺の?」

「ほかに誰の仕事があるんだ」

「看板みたいに、ぱっと見て分かるとは限らないぞ」

「聞くよ」

「暗い場面もあるし」

「それも聞く」


 叔父は、しばらく父を見ていた。


 やがて、


「じゃ、今度」


 と言った。


 父も、


「ああ、今度」


 と答えた。


 その約束は、どの封筒にも書いていなかった。


     *


 一か月後、また四人で夕飯を食べることになった。


 父が叔父に連絡を入れ、日取りを決めた。


 お好み焼きがいい、と言ったのは叔父だった。


 僕が居間で箸を並べていると、玄関が開いた。


「ただいま」


 叔父の声だった。


 祖母が、台所から顔を出した。


「おかえり。いいところに来た。ソース買ってきて」

「ひどいな。十三年ぶりの『ただいま』なんだけど」

「先月も来ただろ」


 父が言った。


 叔父は靴を半分脱いだ姿勢で、父を見た。


「先月は、お邪魔します、だったんだよ」


 父は黙った。


 ほんの少しだけ、黙った。


 それから、座卓の上に置いていた財布を取った。


「じゃあ、俺も行く」

「遺言?」

「買い物だよ」


 祖母は、二人へ買い物袋を渡した。


「いってらっしゃい」


 僕は立ち上がらなかった。


 父も叔父も、僕を呼ばなかった。


 今度は、二人で行った。

お読みいただき、ありがとうございました。


ものすごく大切なことを伝えるために、ものすごく大がかりな仕掛けを用意してしまう人がいます。


そこまで準備できるなら、普通に一言伝えればいいのに。


たぶん、その一言がいちばん難しいのでしょう。


けれど、難しかったからといって、言われなかった人の寂しさがなくなるわけでもありません。


この物語では、祖父の遺言だけで家族が元どおりになる、という結末にはしませんでした。祖父には言えなかった言葉があり、残された人たちには、自分の口で言わなければならない言葉があるからです。


ただ、話し始めるきっかけが、立派である必要はないと思います。


謝罪会見でも。

千円の借金でも。

ひっくり返し損ねたお好み焼きでも。


最初は笑うためだったものが、いつか、ちゃんと話すための場所になったなら。


その悪ふざけには、少しだけ意味があったのかもしれません。


なお、直人は一度も担保になることに同意していません。


無事に解放されて、本当によかったと思います。

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