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遺言どおりにふざけてください  作者: 週休七日


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1/4

故人の謝罪会見

 祖父の謝罪会見は、祖父が欠席していることを除けば、おおむね順調だった。


「その件につきましては、大変申し訳ありませんでした」


 父が、紙に書かれた文章を読む。


 隣では、祖父が満面の笑みで親指を立てていた。


 正確には、祖父の顔を実物の一・五倍ほどに拡大した写真パネルである。生身だったころより顔が大きいせいで、反省のなさまで増幅されている。


 その前に置かれた看板には、こう書かれていた。


『被害者のみなさまへ』


 書いたのは祖父自身だ。


 看板屋として五十年以上働いてきた男の字は、腹が立つほど美しかった。


「では、次のご質問です」


 司会の僕が言う。


 祖母が手を挙げた。


「冬物を出しておいてと頼んだら、こたつの天板だけ出してあった件について」


 父は回答用紙を見た。


「悪気はありませんでした」

「暖気もなかったわね」


 叔父が噴き出した。


 父は笑わなかった。ただ、回答用紙を持つ手が少し震えた。


 僕はそれを、笑いをこらえたせいだと思うことにした。


     *


 話は四十分ほど前に戻る。


 祖父の葬儀を終え、片付けを手伝ってくれた親類たちを見送ると、家には四人が残った。


 祖母と、父と、父の弟である修二叔父さんと、僕。


 父と叔父がまともに顔を合わせるのは、十三年ぶりだった。


 葬儀では互いに「どうも」と言ったきりだ。兄弟の再会というより、たまたま同じエレベーターに乗った別会社の部長同士だった。


 この家へ上がるときも、叔父は「お邪魔します」と言った。


 生まれ育った家なのに。


 祖母は「おかえり」と返したが、叔父は返事をせず、靴をそろえていた。


 仏壇の前には、まだ花の匂いが濃く残っていた。


 父が黒いネクタイを緩め、叔父が湯飲みに手を伸ばしたところで、祖母が押し入れから大きな箱を引っ張り出した。


「おじいちゃんから、これ」


 蓋には、太い字で、


『もしものとき』


 その下に小さく、


『もしもがなければ開けないこと』


 と書いてあった。


「もしもはあったから、開けるわね」


 祖母はためらわず蓋を取った。


 中に入っていたのは、四通の番号付き封筒と、例の巨大な写真パネル、そして折り畳まれた看板だった。


 父が眉間を押さえた。


「なんで死後に顔を増やすんだ」


 祖母は一番上の紙を読んだ。


「『財産のことは、別の封筒にまとめてある。こちらは、ふざけるほうの遺言である』」


 叔父が湯飲みを置いた。


「部門が分かれてるんだ」

「『嫌ならやらなくてよい。やらないことで減る財産はない』」

「よかった」

「『やって増える財産もない』」

「そこは黙ってていいよ」


 僕のツッコミに、祖母は少し笑った。


 葬儀の最中、祖母はずっと、誰かに頭を下げるための顔をしていた。


 その顔が、ここに来て初めて緩んだ。


「一枚目だけでも、やってみない?」


 父は箱の中を見下ろしていた。


 叔父は、もう一口だけお茶を飲んだ。


「……母さんがやりたいなら」


 父が言った。


 叔父も、湯飲みを置いてうなずいた。


 一通目の指示は、こうだった。


『一、わしの謝罪会見を開くこと。


 司会は直人に任せる。

 家族は、わしに迷惑をかけられたことを申告せよ。

 回答は別紙より選ぶこと。

 代読する者は、じゃんけんなどで適当に決めよ。


 ただし、美談に逃げてはならない。』


「逃げ道を先に塞いできたな」


 叔父がつぶやいた。


「僕が司会なのは、なんで?」

「直人は、あの人のくだらない話に一番長く付き合ってたからでしょう」


 祖母はそう言って、パネルを座布団の上に立てた。


 僕が付き合っていたのは、祖父の話が長く、逃げようとすると「ここから面白い」と言われるからだ。


 そこから面白かったことは、あまりない。


 回答用紙には、三種類の文章が書かれていた。


 一、その件につきましては、大変申し訳ありませんでした。

 二、悪気はありませんでした。

 三、次から気をつけます。


「三番、使えるの?」


 僕が聞くと、祖母は用紙をのぞき込んだ。


「使えないわね」

「死後の運用が考慮されてない」


 父がため息をついた。


「さっさと終わらせよう。俺が読む」


 こうして父が、故人の謝罪を代行することになった。


 叔父は途中で立ち上がり、作業場から電気スタンドを持ってきた。


 パネルの斜め上から光を当て、反対側に白い板を置く。


 祖父の顔が、妙に生き生きした。


「そこまでしなくていいだろ」


 父が言った。


「暗い顔で謝るよりいいかと思って」

「顔は元から明るすぎる」


 叔父は、芝居の照明に関わる仕事をしている。


 祖母からはそう聞いていたが、実際に手を動かしているところを見るのは初めてだった。白い板の角度を少し変えただけで、祖父の鼻の下にあった影が消えた。


 残念ながら、非は消えなかった。


 最初に申し立てられた被害は、祖母の冬物事件だった。


 次は僕が挙手した。


「夏休みの自由研究を手伝うと言って、ほぼ全部自分で作り、先生から『大人の人に頼んだでしょう』と言われた件について」


 父が答える。


「悪気はありませんでした」

「僕は先生に謝りました」

「その件につきましては、大変申し訳ありませんでした」


 祖母が首を振った。


「あれ、帰ってきてからも『先生はどこが気に入らんのだ』って言ってたものね」

「技術の話じゃないんだよ」


 叔父が手を挙げた。


「『整理整頓』の看板が邪魔で、作業場の引き出しが開かなかった件について」


 父が、わずかにうつむいた。


 やがて、肩が一度だけ揺れた。


「あったな、あれ」

「しかも取ろうとしたら怒るんだよ。そこに物を置くなって」

「置いたのおまえだろってな」


 二人の声が、初めて自然につながった。


 父は、顔を上げるとすぐ回答用紙へ目を戻した。


「その件につきましては、大変申し訳ありませんでした」


 僕は、調子に乗って言った。


「では、ご本人からも何か」

「ご本人じゃない」

「同じ型なので」

「型で親子を説明するな」


 祖母が笑った。


 叔父も笑った。


 父も、今度は隠し切れなかった。


 写真の祖父だけは最初からずっと笑っていて、それがまた腹立たしかった。


 祖母の申告は、まだ終わらなかった。


「あと、『あれ取って』の、あれが分からなかった件」

「それは日常だろ」

「煮物かと思ったら脚立だったのよ」


 父が回答用紙を一度置いた。


「それは俺にも分からん」


 会見は、用意された回答では対応できない段階に入った。


 僕は、思っていた。


 祖父らしい。


 葬式まで終わったというのに、まだ家族を集め、こんなことに付き合わせている。僕たちはまた「ここから面白い」に引っかかったのだ。


 叔父が、パネルを見たまま言った。


「でも、本当に謝らない人だったよな」


 その声だけが、それまでと少し違っていた。


 父の手が止まる。


「ふざけたことは山ほどするくせに、人には『ふざけてないで、まともにやれ』ってさ」


 叔父の指が、湯飲みの縁をなぞった。


 僕は回答用紙を見た。


 こういうときのために、一番があるのだろうか。


 父も、同じ場所を見ていた。


 けれど、読まなかった。


「……そうだな」


 それだけ言った。


 祖母が、次の封筒を手に取った。


「続ける?」

「次は何」


 父が聞いた。


 祖母は紙を広げた。


「『二、隆一は修二に千円を借り、その金を夕飯の材料に使うこと。修二も買い物につきあうこと。返済期限は、明日とする』」


 父が、今度こそ真正面から祖父をにらんだ。


 この日、祖父がいちばん生きているように見えた瞬間だった。

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