第14話 童貞は懲りてない
前回までのあらすじ!
不死人ったら、エルフっ娘の太もも付近の匂いを嗅いでたぞ!
そして、まんざらでもないエルフっ娘!
帝都マルスノヴァを目指して、えっちらおっちら荷車を引く。
キンケイドのような王という絶対君主のいる王都ゼルディナスとは違い、マルスノヴァにおわすは帝王様だ。
つっても、やることはキンケイド王なんかと一緒で、ただの人間が王だの帝王だのと偉そうな位を自ら名乗ってふんぞり返っているだけに過ぎない。
どいっつもこいつも、魔王ほどの実力もないのにさあ、そのくせ偉そうに、おれの恋路を邪魔する三国協定なんて面倒なもん作りやがるんだ。おれにとっちゃ良い迷惑だよ、ほんと。
おれがモテないのはどう考えてもあいつらが悪い! ……それは違うか。
とにかく王だの帝だの帝王だの、呼び方の違いなんて正直どうだっていい話だし、興味もない。せいぜい好きに名乗ってくださいよってなところだ。
タイガ農園からマルスノヴァまでは、街道というものがない。
太陽の昇る方角にあるゼルディナスを経由すれば、ゼルディナスからマルスノヴァまでは整備された街道があるけれど、それじゃ方角的にかなりの遠回りになるんだ。
それに、やっぱりゼルディナスにはしばらく近づきたくないからね。
……ぅぅ……セェ~ネカちゅぁ~~~ん……。
うぐっ、思い出したら泣きそうだ。いいか。どうせ草原だし、誰も見てないし、泣くか。
街道がないと、自然と草原や林を越えることになる。荷車の車輪が引っかかることも多いし、なんたって歩きにくい。
でも、いいこともある。街道がなければ山賊はいないんだ。だって本来なら誰も好きこのんで通らない道だからね、こんな草原なんて。
山賊がいなければあんな悲しい恋も生まれなかった。……それも違うか。
まあいいや。とにかく安全だ。安全安心。山賊はいないし、失恋することもない。
「と、思っていた時期が私にもありましたぁぁ!」
荷車をガッコンガッコンいわせながら全力疾走する。古びた荷車の車輪は、今にも外れちゃいそうだ。積んでるものがブロッコリーじゃなく牛乳瓶だったりしたら、もう確実に全滅だ。
だってしょうがないじゃない! 後ろから迫るサーベルタイガーの群れが、やたらアグレッシブに獲物への愛情表現を見せつけてくれるんだから!
モテたくない! おまえらにはモテたくない!
てかなんでこんなところにいるのよ! サーベルタイガーってもっと深い森に棲んでるはずでしょうがよ!? 草原よ、ここ!?
牙を剥き出しにし、涎を垂らす口からは獰猛な咆吼を上げ、行くてを塞ぐように前に回り込み、おれが横へと逃げても三方から追いかけてくる。
くぅぅぅ、街道のスピードスターであるおれでも、場所が草原で相手が魔物じゃあ逃げ切れたもんじゃない。
さっきまでとは別の意味で泣きそうだ!
ドリフトしながら、おれは必死扱いて走り続ける。荷台に山積みにされたブロッコリーも、いくつかは転がり落ちて大草原へと還っていった。
食い物にはしてやれなかったけど、これからは頑張って自生するんだぞ、おまえら!
「ちくしょう、サーベルタイガーめー! あんまり減らしすぎると、シェルランシーに売り上げ面で叱られちゃうんだぞ!」
――ガグゥアァッ!!
剣のような長さの二本の牙を剥いて、一匹のサーベルタイガーが荷車へと跳び乗った。
「あ、ちょ――!」
こいつ、ブロッコリーを足蹴に!
そんな的外れなことを考えた直後、そいつの牙がおれの頸部へと食い込んだ。ずむり、と嫌ぁ~な音がして、生温かい巨大な牙の先がおれの喉から飛び出す。
「痛ッ!?」
――ガグゥゥゥゥフッ!! グルフゥゥ!
おれにとどめを刺すべく、激しく首を振る。
こんにゃろう、人が、大人しくしてりゃあ……。
仕方なくおれは足を止め、ゆっくりと振り返った。首に一匹のサーベルタイガーをぶら下げたままでだ。
どくどくと血が溢れ出ている。
が、まあ、不死人だから関係ない。
おれは首に喰らいついたサーベルタイガーの頭部の体毛をムンズとつかむと、自分の首の肉が削ぎ落ちるのもかまわず、力任せにむりやり引っぺがした。
ばしゃり、と大量の血が草原に落ちるが、数秒もあれば傷口は白煙を上げてあっという間に塞がる。ほぅら、もう元通りだ。
「ちょっと……痛いでしょうよ……」
――ガフ……?
「がふ、じゃないでしょ。人の首に噛みついといてさあ。――こんなふうに!」
目を剥いて睨みつけ、おれはそいつの首におもいっきり喰らいつく。歯を立てて、全力で咀嚼して。
「がうう! がうー!」
――ギャウ!? ギャギュ、キュフゥゥン!? キャン!
「がるるるる! げははははー! がうー!」
がははは! 噛まれたら噛み返す! 倍返し――……ん?
おれの鼻腔を獣の臭気が激しく貫いた。
「……おぶっ!? ……くっさッ!? おま、すンげえ獣臭いっ! ヴォェ! ……まっず! ええ……?」
頭部をわしづかみにしたままサーベルタイガーを自分の口から遠ざけ、草原に臭みの残るツバをぺっぺと吐き捨てる。
「おまえ、クソ不味いね。もうちょっと水浴びとかしたほうがいいよ。それじゃあモテないよ」
――キュゥゥン……。
そいつは何かを感じとったかのように、首根っこをつかまれた猫みたく四肢を丸めた。
戦意喪失だ。だが、群れの他のやつらはそうじゃない。
立ち止まったせいで、おれは十数匹のサーベルタイガーに荷車ごとすっかり取り囲まれてしまっていた。
やっべ。
戦ってもいいんだけど、無益な殺生はどうにも好きになれない。ここらへんは旅人も通らない草原地帯だから被害もほとんど出ないと思うし、できることなら穏便に見逃して欲しいと思う――が、どいつもこいつも血走った目でおれを見てるときたもんだ。
よっぽどお腹空いてるみたいだ。仕方がない。
おれは片手に持ったサーベルタイガーを持ち上げて叫んだ。
「こんにゃろう、てめえらあ、こいつの命がどうなってもいい……の――かい?」
言葉が言い終わらぬうちに、おれの手の中のサーベルタイガーの首から下がパァンって破裂して、肉片となって吹っ飛んで転がっていたんだ。
???
おれ、まだなんもしてない……。
おれの手の中には、くっさいサーベルタイガーの首だけがぶらんぶら~ん。散乱した肉片や臓物の間をよくよく見れば、マラカスみたいな鉄球武器が地面に突き刺さっていた。
どうやらどこかから飛んできたこれにあたって、人質用サーベルタイガーは破裂してしまったらしい。
ええっと? どちら様?
視線を回した瞬間、白銀の鎧を身にまとった今時珍しい騎士らしい姿をした騎士が、スカートをなびかせてサーベルタイガーの包囲網の一角を破り、おれの前へと滑り込んできた。
全身鎧じゃない。鎧があるのは、胸と腰、臑、頭といった重要部分だけだ。
「大丈夫ですかっ!? おけがはございませんかッ!?」
「あ……え?」
女性の声だった。
「大変……! あなた、すごい血だわ……! すぐに手当しないと!」
「あ、これ? ああ~、これはえっとね」
サーベルタイガーの牙で首を喰い破られたときの血だ。
不死だから死ぬことはないし、痛みにも慣れてるから全然平気なんだけど、説明できない。三国協定が存在している限り、不死であることはあまり他言できないんだ。
ランドウ・タイガは伝説上の英雄になっちゃってるから……。
どう説明したらいいか迷っていると、女騎士はおれが片手に持っていたサーベルタイガーの首を見て、ぽん、と両手を合わせて首を微かに傾けた
とっても女性らしい仕草だ。
「ああ、サーベルタイガーを潰したときに飛び散った血だったのね」
「あ、うん。そうそう。それ。だから全然平気」
「よかった……。よかったわ……」
その騎士はヘルムのスリットを片手で跳ね上げると、澄み切った空のような色の瞳でおれを安心させるかのように微笑んでくれた。
胸の奥で、きゅん、と青い春の鳴き声がした。
けれども彼女はすぐに凛々しい瞳に戻り、ヘルムのスリットを下げて。
「もう大丈夫よ。わたしが来たからには安心です。下がっていてください。魔物退治は騎士の務めですから」
「あはい」
おれは荷車を引いて数歩下がる。
シェルランシーと大切に育てたブロッコリーたちを、置いてはいけない。
「もっと離れて。それじゃまだ危険だわ」
「あはぁい」
なんか、なんか……!
女騎士は地面に落ちていたマラカスみたいな武器を片手で拾い上げると、もう片方の手にも同じ武器を持って、くるくると回し始めた。
超カッチョイイ……!
この大魔法時代に騎士! しかも両手に鈍器ときたもんだ!
騎士子さんは様子を見ていたサーベルタイガーの群れへと躍り込むと、マラカス鉄球で、一匹の脇腹を掬い上げた。
鈍い音が響き、悲鳴を上げる間もなくサーベルタイガーは胴体を破裂させながら空中を舞う。
「さあ、来なさい……!」
それを皮切りに、十数頭ものサーベルタイガーが騎士子さんへと躍りかかった。
彼女は鋭い牙を躱し、スカートを激しく躍らせながらサーベルタイガーの横面にマラカスを叩きつけて破壊し、その背後から飛び出してきた一匹の顎を蹴り上げる。
すごい! すごいぞ! 今、おパンティーが見えた! 一瞬だけ! ピンク!
その背中に忍び寄る一匹に、おれは思わず声を出す。
「危ない、後ろ!」
「……くッ」
振り向き様に左手のマラカスを叩きつけ、横から襲いかかってきた別の個体を、身体をくるりと回転させながら右手のマラカスで薙ぎ払った。
血風が吹き荒ぶ。
悪くない腕。むしろかなりいいほうだ。だけどどう頑張ったって騎士には限界がある。だから剣の時代が終わって、魔法の時代になっていったんだから。
スカートを翻し、騎士子さんはマラカスをしゃんしゃん振るう。や、音は鳴ってないけどさ。鉄球だから。
けれど、鎧。重要部しか装着していないとはいえ、女の子にはやっぱり少しばかり重そうで。
「はぁ……! ……ふっ、この……!」
息が上がってる。
五匹目。頭部を木っ端微塵にしたところで、前後、そして右方から同時にサーベルタイガーが彼女へと飛びかかった。
あ、だめだ。
彼女はマラカスを持ち上げて両腕を広げ、回転しながら前後のサーベルタイガーの鼻面へと叩きつける。でも、右方からのは。
牙が彼女の肩口、いや、頸動脈を目掛けて迫った。
「あ……っ」
気づけばおれは左足を地面と垂直になるくらい高く持ち上げ、付与魔法で強化した右手を大きく振りかぶっていた。
「んんん~~……ッンガラッシャァァ~~~イ!」
ぶん投げる。ただ力任せに。手に持ったままだったサーベルタイガーの生首を。
だけど。だけどとっさのことだったからさあ、おれは力の加減を誤ってしまったんだ。
ぶん投げられた生首はレーザービームのように黄色い閃光となって右方から迫っていたサーベルタイガーの胴体部を貫き、包囲網を作っていた別の個体を二匹貫通し、なおも草原の草花を丸ハゲにする勢いで大地を抉りながら、重力に負けることなく地平線の彼方へと消えていった。
あとから響いた爆音はまるで大砲のようで、騎士子さんはもちろんのこと、包囲網を作っていたサーベルタイガーたちの臓腑にまで響き渡り、その場にいたおれ以外の全員の動きを一瞬にして凍らせた。
「……」
「……」
や、やりすぎた。
けれど数秒後、一匹のサーベルタイガーが逃げ出すと、それに釣られるように他のやつらも尻尾を巻いて逃げ出していった。
その場にはおれと騎士子さんだけが残される。
しばらく硬直していた騎士子さんは、マラカスを背中に収めてヘルムに手を伸ばした。そうして首を振りながらヘルムを脱ぐ。
「……っ」
おれは息を呑んだ。
彼女は――騎士子さんは、ふぁさぁ~っと長い銀色の髪を背中へと流し、空の色を反射しているかのような切れ長の瞳をおれに向けて見開いていた。
絶世の美女だ! 健康的だったセネカや、神秘的なシェルランシーとも全然違うタイプ!
まるで深窓の令嬢のような気品……!
しばらく見惚れていると、騎士子さんは少し困ったような微笑みをおれに向けて、照れ臭そうに、恥ずかしそうに呟いた。
「……すごいのね、あなた。助けにきたつもりが、逆に助けられるだなんて。ふふ、騎士として恥ずかしいから、黙っていてね?」
その仕草がね! もうね!
きゅんきゅん、きゅぅぅぅぅん!
どこまでチョロイの、この男!
※5/18追記
しばらく更新が滞ると思います。
詳しくは活動報告にて。




