第13話 エルフはそれなりに幸せ
前回までのあらすじ!
不死人がフラレたぞ!
傷☆心!
かちゃかちゃと食器の鳴る音が聞こえる。包丁がまな板を叩く音もだ。
おれが目を覚ますと、すでに寝室のカーテンは開け放たれていて、室内には朝日が燦々と射し込んでいた。
隣のベッドにシェルランシーの姿はない。
ベッドの隣じゃないよ? 隣のベッドだよ? か、勘違いしないでよね!
おれは身を起こしてモジャモジャ頭に手櫛を入れる。
身だしなみは大切だ。仕事でも恋愛でも。前者は結果を出せても、後者は出せずにいるけどさ。
つっても、必死扱いて櫛で髪を引っ張ったところで、すぐにウニョニョ~ンって曲がっちゃうんだ。
三四〇年ほど前には、ハードワックスでの直毛化も試したことがあったけど、一時間ももたなかった。縮毛矯正は虚しいからやめた。お金もなかったし。
あくびをしながら背筋を伸ばすと、ドアがノックもなく開けられた。
「ランドウ。ああ、起きてたんだ」
「おはよう、シェルランシー」
太陽の光に照らされたシェルランシーの白金の髪は、濡れてもいないのに輝くのが綺麗だ。ずっと見ていたくなるくらい好きだ。
なまじ自分の頭髪が陰毛みたいな髪質だから余計に。
哀しいねえ……。
「朝ご飯できたよ」
「何?」
「クリームシチューとバケット。ブロッコリーをたらふく入れといた。ちょっと荷車にはのりそうにない量になってたから」
「へっへ」
「……何よ」
「大好きだ」
数秒あって、シェルランシーが薄い胸に手をあて、真顔で問い返してきた。
「あたしのこと?」
「シチュー」
「そ。残念」
全然残念そうな表情には見えない。
シェルランシーが言うには、エルフは長寿種族だから表情に乏しいそうだ。彼女が本気で演技をしたら、おれにはきっと見抜けないだろう。
「シェルランシーはおれのことが好きなの?」
「それなりには好きだけど?」
それなり……。
「そっか」
「顔洗ったら来て」
「わかった」
おれはベッドから降りて着替えを済ませ、洗顔する。
モジャモジャ頭に水をつけて櫛を通したけど、やっぱり櫛を抜いた途端に巻いた。もはやこれは高性能自動巻き髪装置だ。
寝室を出て食卓につくと、すでにスープとよく焼けたバケットが並べられていた。
こっちの世界にルーという便利なもんはない。クリームシチューを食べたければ、ベシャメルソースから作らなきゃならない。
小麦粉を弱火で延々炒めながらミルクを少しずつ足して、最後に塩とこしょうで味を整えるあれだ。
とっても手間だけど、シェルランシーは鼻唄混じりに楽しそうに作る。料理することが好きなのかもしれない。
そういう後ろ姿を見るのは好きだ。今朝は起きるのが遅くて見れなかったけど。
「よいしょっと」
果汁の入った木のマグカップを二つ持って、シェルランシーがおれの向かいの席に座る。
そうして、敬虔なクリスチャンのように両手を組み合わせて。
「森の恵みに感謝します」
おれはパチンと両手を合わせ。
「いただきます」
よく焼けたバケットの端を、熱々のクリームシチューに浸して一口。
香ばしいバケットの隙間からじゅわっと溢れるクリームシチューには、野菜のうま味がいっぱい溶け出している。
タマネギやニンジンの甘みに、柔らかくなったけどたしかに残っているブロッコリーの歯ごたえ、肉は砂漠ワニかな。日本で言うところの鶏肉っぽい食感だ。ぷりぷりしてて口内で脂が弾ける。
「おいしいねえ」
「とーぜん」
得意げなドヤ顔。可愛い。
かつて、魔王率いる魔王軍がまだ猛威を振るっていた頃、世界で三本の指に入ると言われていた大魔法使いには見えない。エルフは若く見えるからかな。
おれは好物ということもあって、あっという間に食べ終わった。
「ランドウ、足りた?」
「なんで?」
「いつもすぐに食べ終わるでしょ?」
正直、足りてはいない。でも。
「大丈夫。おれ、食わなくても死なないから」
なんたって不老不死だ。すべての生物にとって食事は生存活動の基本だ。けれど、死ねないおれにとっては趣味の範囲でしかない。
食料はすべて生物だったものだ。必要以上を望むのは間違ってる気がする。
「それって足りないってこと?」
「お腹いっぱいとはいかないかな」
「ええ、もう。あと一〇〇年くらい早く言ってくれたらよかったのに」
エルフは小食らしい。
おれのスープ皿に入っている量は、せいぜいがお玉に一杯といったところか。シェルランシーはそれで満腹なんだろうけれど、人間の成人男性にとってはちょっと足りない。
それに、エルフは肉を食べることもないらしい。
おれと一緒に暮らす前、シェルランシーは肉を食べることさえなかったそうだ。今じゃ彼女もふつうに食べているけれど。
まったく、エルフってのは修行僧みたいな連中だよ。おまけに気難しいし。
ああ、シェルランシーは別だよ。この子は新しい事柄を次々吸収していく。好奇心の塊みたいなところがある。
こと、恋愛に関しては別だけどさ。
「シェルランシーに作ってもらえるだけで胸がいっぱいで、お腹もいっぱいになった気になれるからいいんだよ」
シェルランシーが見たこともない表情をした。
眉を歪めて額に縦皺を寄せ、首を傾げて。
「はあ?」
かつて見たことのない困惑具合。おれは思ったね。
ふふ、彼女の春は遠そうだ。……おれが言うのもアレだけど……。
ああ、春よ! おれの春よ! いずこっ!?
シェルランシーが木製スプーンで自分のスープ皿から比較的大きな砂漠ワニの肉を掬い上げて、おれに差し出してきた。
「あげる」
「ありがたく」
おれは釣られる魚のように、ぱくっと口に含む。
おいしい。
「……口つけた。あたしのスプーンなのに」
「ええ、今さらでしょうよ」
「デリカシーないわー。そりゃモテないわね」
「うるさいよ」
とか言いながら、そのスプーンを使って、平気な様子で自分のスープを口に運ぶんだ、この子は。
「ランドウ、今日はどうするの?」
「うーん、ブロッコリー畑がまたいっぱいになったから、収穫して売りにいかないとな」
「ゼルディナス?」
おれは白目を剥いた。
「……あ、あそこは……当分近づきたくない……」
「? セネカさん?」
ぬきゅんっ、と心臓が珍妙な跳ね方をした。
ふ、ふふふ、ふふふふ……。
「そうだよ!? その名前を口に出して欲しくなかったけどね!?」
「そ。ごめんね」
わお。素っ気なぁ~い。
「ゼルディナスなんかに行って、ばったり会っちゃったらどうするの! そんでおれが好きだった頃よりずっと綺麗になってたらどうするの!」
「嬉しい?」
何その発想っ!! 斬新ッ!!
「ものっっっすんごい虚しいでしょうよっ!?」
「へえ、そうなんだ……」
シェルランシーが頬杖をついた。
無関心っ!! おれの傷心に無関心っ!!
発想は斬新っ、だから傷心のおれ苦心っ、なのにおまえはいつも無関心!!
SAY! HO! (HO!) HO! (HO!) HOHOHO! (HOHOHO!)
ランドウ、傷心のラップ――
「それに、おれにはまだやらなきゃならないことがある。ゼルディナスなんかに行ってる場合じゃないのさ」
「キトカが言ってた三国協定?」
「そう!」
不老不死の英雄ランドウ・タイガと大魔法使いシェルランシーをどこに国にも所属させないため、諸々の事情はすっ飛ばしておれの恋路を邪魔してやろうってな性悪な決まり事だ!
王都ゼルディナスのキンケイド王には、協定破棄の許可を取った。
……取ったっけ? 忘れた?
まあいいや。取ったとしておく。ごちゃごちゃ言ってきたら、もう一回あの老朽化してる城に乗り込んでやらあ。
「あたしはそのままでもいいんだけどな。ランドウと二人で静かに暮らせるなら」
「なぁ~んでよ。あんな理不尽なことないでしょうよ。シェルランシーだって、いつかいい人見つかるかもしんないよ? でも、あの協定がある限り結婚できないんだよ?」
シェルランシーが面倒臭そうに手を振った。
「理不尽なのはそう思うけど、あんまり結婚に興味わかないから」
「シェルランシーはまだ若いからそう思うんだって。愛は大事だぜ? 最後に勝つんだぜ?」
「あたしもう三〇〇歳だけど? ランドウとも四十しか変わらないし」
エルフの成長についてはそんなに詳しくないけれど、見た目がローティーンってことは、きっと身体も精神もまだ大人になっていないんだ。
いつか成長して大人になったら、シェルランシーも誰かに恋をして、嫁いで、タイガ農園から離れていってしまうんだろうか。
ふとそんなことを考えて、少しだけ気分が翳った。
それはやっぱり、寂しい。
でも、相手がエルフでもない限りは、五十年もしたら戻ってくるのだろうけれど……。
「ランドウ?」
「ああ、うん? 将来的に誰かと結婚するにせよ、しないにせよ、とにかく今は三国協定だ。あれを取っ払っておきたいから」
「ふーん」
あと二国。
おれは王様をぶん殴りに行かなきゃならない。
「今日は帝都マルスノヴァにブロッコリーを売りにいくよ。剣帝に三国協定を破棄させないといけないからね」
「ついでにいい人見つかるといいね」
「そっちが本命で、王様殴りに行くのがついでに決まってるでしょうよ」
「……何十年前から同じこと言ってるのよ。これまで何も起こらなかった人生なんだから、これからも同じやり方じゃ何も起こらないわよ」
ぐさっとくる言葉だ……。
「だ、だから三国協定をだなー……」
「ま、いいけど。それで、ブロッコリーを売るのは何番目に重要なの? 忘れないでよね?」
おおっと、生活費は大事だ。愛の次に大事。
やることいっぱいだな。
「婚活が一番で、二番目がブロッコリーで、剣帝殴るのは三番目かな」
シェルランシーがひらひらと手を振る。
「せいぜい頑張って。慰める準備しとくから」
「やめて!? 先週のこと思い出しちゃうでしょうよ!」
「何よ、記憶ないくせに」
「膝枕からはおぼえてますー。すっげえ良い匂いしてたもんね」
べ~っと舌を出して席から立ち上がると、シェルランシーが微笑んだ。
「それ、セクハラ」
もうそのエルフでええやん……。




