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最強魔法使いの婚活  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第一章

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第12話 男はつらいもの(第一章完)

前回までのあらすじ!


不死人が露出狂にクラスチェンジした!

 パリっと糊づけされたスーツジャケットをワイシャツの上に羽織り、王都ゼルディナスのメインストリートを颯爽と歩く。

 むろん言うまでもなく、下半身は下着からパンツまで完璧だ。


 先日は我が未来の妻セネカに対し、少々お見苦しいモノを見せてしまったが、断じておれは露出狂ではない。ただの大魔法使い(超童貞)だ。


 これらのスーツ一式は、当然この世界には存在しない服装だ。

 日本から着てきたスーツが大槍の古竜のせいでズタボロにされたため、あらためて街の仕立屋に「こういう感じの服よろぴく」と頼んで作らせた特注品なのである。


 そう! プロポーズの(今日この)日のために――!


 おれは今日、セネカ・リスティスにプロポーズする。彼女もきっとそれを望んでいるはずだ。だから呼び出された。


 わかってる。わかっているさ。逆プロポーズなどさせない。セネカ、おまえに恥を掻かせるようなことはさせない。おれが言うんだ。言うぞ。言うんだ。


 ばくん、ばくんと心臓が跳ね回っていた。

 かつて、シェルランシーたちに魔王とタイマンさせられたときより、おれは緊張していた。


 日本にいた頃、おれはひどく臆病だった。

 何度も何度も人を好きになった。けれど、一度だって告白することはできなかった。

 フラレるのが怖くて、関係が壊れることが怖くて、あるいは知り合うことさえ怖くて、おれは何度も何度も惚れた女の行く末を見送ってきた。


 ()()()()四十年間()だ。


 だけど、どういうわけか大槍の古竜に磨り潰され、そしてこの世界にやってきて何度も何度も死んでいるうちに、臆病な気持ちも少しずつすり減るように死んでいった。

 ……気がする。

 今なら、自分の口から恐れることなく言える気がするんだ。世界で一番、大切な言葉を。


 途中、花屋に立ち寄った。

 タイガ農園の経済を一手に牛耳る凄腕の財務大臣シェルランシーからもらったお小遣いで、バラっぽい花の花束を買う。

 そうして待ち合わせの公園広場まで歩く間に、ジャケットのポケットにねじ込んでいたネクタイを取り出して締めた。気合いは十分だ。


 小さな公園広場だった。

 自然の岩や木製の遊具では、三人の子供たちが遊んでいる。

 男の子一人、女の子二人。下は五歳、上は八歳ってところか。女の子のうち一人は、セネカと同じ髪色をしている。


 ふ、いい身分だな、そこの男子よ。だが、おれはもうキミのような両手に花を持つやつに嫉妬の視線を向けることもない。なぜなら、今日は特別な日だからだ。


 笑顔で男の子にうなずき、親指をビッと立ててやると、男の子があからさまに不審者を見るような視線を向けてきた。


 いや、何その目……。


「ランドウさん!」


 びくん、とその声に肩を跳ね上げる。

 心臓の鼓動がピークに達した。脳の血管という血管が大爆発してしまいそうなほどに脈打っている。


「セ、セセ、セェネカさん!」

「あは、なんだい。その言い方は。今さら他人行儀だね」


 緊張するおれに駆け寄ってきたセネカは、馴れ馴れしくおれの肩を叩いた。

 おっふぅ。すてき。


「わ、今日はおしゃれだね!」

「あ、ああ、こ、これはおれの故郷の服装で、ス、スーツっていうんだ」

「へえ、民族衣装なんだ。かっこいい」


 キタコレェェェェ!


 言うぞ。言うんだ。ほら言え。言え、ランドウ!


 だが言葉が出ない。出るのは汗ばかりだ。


「ハフ、ハフハフ、フ、フヒヒ……っ」


 おい~~~~~~っ! おれぇぇぇぇ!


 妄想の中では饒舌だったおれも、実際にはこんな有様だ。想定していた言葉の一割さえ発することができない。これがおれ、大雅蘭堂という人格なんだ。

 スーツを着れば、仕事感覚になって饒舌になれると思ったんだが、うまくはいかなかった。

 だけど。


「あははははっ、何その笑い方!」


 笑ってくれた。子供のようにとってもいい笑顔で。無邪気に。


 セネカは山賊っぽい格好じゃなく、髪色に合わせたような赤い服に、清潔な白いエプロンをしていた。

 今日の彼女からは女の匂いじゃなくて、焼いた小麦の匂いがしていた。パンだ。彼女の手には、バスケットが一つ握られている。


「ああ、これ? うち、パン屋なんだよ。あんたのおかげで今日から復帰。今日はわたしが焼いたパンを持ってきたから、一緒にここで食べようよ」

「あ、ああ。いいね。うん」


 ふと、格好をつけて予約しておいた高級食堂の席が気になった。だけど、別にいいかと思った。

 お日様の下で子供たちの騒がしい声を聴きながら、愛する人と公園で食べる焼きたてパンよりおいしいわけがないからね。


 ああ。なんか幸せだな。


 少し落ち着いてきた。今なら言えそうな気がする。大切な人に、大切な言葉を。

 深呼吸をする。深く、深く。ゆっくりと吐き出して。


 よし!


「あの、セ、セセ、セネ――」

「お~いっ! セーラ、ラーシィ、ククル!」


 おれが意を決した瞬間、セネカは大声を上げて、遊具で遊んでいた子供たちに手を振った。さっきの男の子一人と、女の子二人だ。

 三人の子供たちが駆け寄ってくる。


 え? え?


「ご飯にするよ」

「はーい」

「あたし、甘いのがいいー」

「ぼくはお肉が挟まってるやつ」


 子供らが一斉にセネカのバスケットへと手を入れた。


「あ、こら! やめな! お客さんの前だよ! ランドウさんが先に選ぶの!」


 え? え? お客? おれがお客? なら、この子たち……は? え?


 わかってる。わかってるさ。うん。もうわかった。似てるもんね、一人はセネカにそっくりだ。

 セネカが苦々しい表情をおれに向けてきた。


「ごめんね。うちの子、行儀悪くてさ。だけど、あんたのおかげだよ。この子たちが人質にされたときは、ほんとに生きた心地がしなかった。わたしだけじゃどうしようもなくて、だけど魔法兵団に密告したら、この子たちの命が危険だから……」


 涙ぐみながら。や、おれも涙ぐんでるけど。別の意味で。


 でも待って! まだ待って! おれ、懐は広く深いほうだから! 三人くらいなら育てられるから!


「あ、うん。あ、あれ? セネカって旦那さんは……?」


 セネカが少し照れたような顔で、恥ずかしそうに呟いた。


「ゼルディナス魔法兵団に勤めてるよ。だけど今年の頭からタイミング悪く辺境調査隊に組み込まれていて、今回の一件はまだ知らないと思う。この子らがさらわれてすぐに便りは出したんだけど、辺境だと届くまで一ヶ月はかかるから。あの人がいてくれさえすれば、もっとうまく解決できたのに」





 ……あ~……いるんだ……。ああ……そりゃあ……うん……よかった……。

 よかった…………なによりだ……。

 …………セネカが幸せなら…………ああ…………ね…………?

 この……笑顔を…………守れたんなら…………もう……ね…………。

 おれ……は……。





 パンの味? わかるわけないでしょうよ。

 どんなパン食ったかさえおぼえてないよ。


 おれはその日、用意していた一世一代の言葉ではなく、一世一代の笑顔でセネカに「さよなら」を告げた。

 セネカは変わらぬ無邪気な笑顔で「ありがとう、またね」と言った。



       ※



「ランドウ? 起きた?」


 少し冷たい柔らかな感触の中で、おれは目を覚ます。

 呼吸はうまく整わず、焦点もまだ定まらない。覗き込むシェルランシーの顔が二重に見えてしまっている。


「大丈夫?」


 昨夜はゼルディナスで飲んで、べろべろに酔って帰ってきた。出迎えてくれたシェルランシーの顔を見てから、なぜか記憶がない。


 おれはシェルランシーの太ももを枕にして、ソファで眠っていた。

 額の上には冷たい手ぬぐいが置かれている。


「ずっと……?」

「あー、うん。でもそんなに長くはないから」

「ありがと」

「別に……」


 こんなふうに見せる照れた顔は、好きだ。


 窓の外は真っ暗。もう深夜だ。虫の声が聞こえる。


「ランドウ、すごい熱が出てる」

「そーなんだ……」


 情けない。どうやら酒酔いと失恋のショックで、おれは高熱を出してしまったらしい。三〇〇と四十歳、思春期かっての。

 ま、不老不死(イモータル)だから明日の朝には治ってると思うけれど。


 シェルランシーが手を伸ばして水桶から手ぬぐいを取り出し、固く絞ってからおれの額に置かれていた手ぬぐいと取り替えてくれた。

 ひんやりしていて気持ちいい。


「ごめん、もう起きる」

「いい」


 起き上がりかけたおれの頭をつかんで、シェルランシーは自分の左右の太ももに挟み込んだ。がっちり拘束だ。

 そうして真上からおれを見下ろす。おれはシェルランシーを見上げる。


「シェルランシー」

「何?」


 長い白金の毛先が頬に触れて、ちょっとこそばゆい。

 長い耳も、なぜか垂れている。可愛い。


「なんか気持ちいい。太もも」

「そ」


 シェルランシーは平時、あまり感情を露わにしない。長く生きるエルフという一族だかららしい。おれはたぶんもっと長く生きるけれど、感情を抑えることはできない。

 シェルランシーはすごい。おれより四十歳も若いのに。


 おれが抵抗しないと判断したのか、シェルランシーが両手でおれの頭を持って、もう一度自分の太ももの上に置いた。


「残念だったね。セネカさんのこと」

「……あー、話したんだ。……全然おぼえてないや」

「めそめそ鬱陶しく泣きながら」


 笑った。おれもだけど、シェルランシーがほんの少しだけ、意地悪く。


「そっか。そりゃ、お恥ずかしいったらもう」

「ほんとよ」


 言葉だけだ。恥ずかしいなんて思っちゃいない。


 おれはシェルランシーのすべてを知っているし、シェルランシーもおれのすべてを知っている。お互いのことで知らないことなんて、ほとんどない。

 とんでもなく長い時間を、一緒に暮らしてきたから。これからも長く、一緒にいるだろうから。秘密なんてない。


 だから恥なんて概念は、お互いもうとっくの昔に掻き捨てた。

 たとえば裸を見られてあわてて隠すなんて行為も、暮らし始めてほんの数年間だけだった。今じゃせいぜい叱られるくらいだ。隠しもしない。


「感謝してると思うよ。ランドウに」

「うん。それはびんびん伝わってきた。……それしか伝わってこなかった」


 不覚にも声が揺れた。


 愛じゃなかった。恋ですらなかった。

 おれの独り相撲だ。

 なのにシェルランシーは言ってくれるんだ。こんなふうに。


「でもランドウはセネカさんの笑顔を守った。幸せを守った」

「……うん。十分だ」


 おれにしちゃあ上出来だった。そう思わせてくれる。シェルランシーの言葉は。


 シェルランシーがおれの額の手ぬぐいを取り替える。

 沈黙は気まずくなんてない。

 こんなふうに静かに流れる時間も、おれは大好きだ。




男だぜ、ランドウ!



※4/12追記

 一週間程度の更新小休止をします。

 再開は来週中を予定しております。

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