レベル150-1 新たな一歩を踏み出すのだから、やはり準備は大変です
あらためて聞こうとするとなかなか難しい
どうやって切り出せばいいのか色々悩んでしまう。
三日ほど悩んで決めると、今度はどこで聞けばいいのかについて考える事になる。
人の多いところで聞くのはためらわれるし、かといってそうでない場所もなかなか無い。
やむなくトモノリに話をして場所を借りる。
「決めたのか」
とトモノリに面白そうに聞かれた。
「まず話しあいをするだけです」
トオルはため息混じりに答えた。
借りた応接間にサツキとレンを呼んだのがそれから二日後。
「急に呼び出して悪いね」
とまずは一言。
それから本題に入っていく。
「最近色々あったからもう分かってるだろうけど、結婚とか見合いとかの事だ」
二人もさすがに多少は緊張をする。
「いきなりこんな事になってるから色々困ってるとは思う。
だから、はっきりさせておいた方がいいと思うんだ」
その言葉に二人は更に顔を引き締めた。
「まず、確かめておきたいんだけど。
今、出回ってる話し…………結婚とかそういうのだけど、どう思ってる?
迷惑ならはっきりそう言ってくれればいいから」
「どうと言われても」
「驚いてはいるかな、いきなりだったから」
思ってる事を素直に口にしていく。
「俺もこんな事になるとは思ってなかったよ。
でも収拾をしていきたい。
それで、その気が無いなら結婚とか考えてないって事を今後はっきりと示していこうと思うんだ」
まずはそれが一点である。
「でも……、もしその気があるなら考えてもらいたいんだ」
「何をですか?」
反射的にサツキが訊ねてしまう。
こんな時にこんな事を言えば、示す事は一つであろうに。
すぐに気づいてサツキの顔がどんどん赤くなっていく。
隣のレンも同じようなものだった。
ただ、サツキの発言のおかげで気分が幾らかほぐれた。
おかげで余裕が生まれる。
「サツキ、ここに来てそれはないよ」
「うん、そうだったね」
少し俯き加減で自分の間違いを素直に認める。
「でも、トオルさん。
それを聞くのはちょっと卑怯かなって思うよ」
「どうして?」
レンの言葉に疑問を持つ。
「トオルさんがどう思ってるのか分からないから」
「ああ、確かに……」
うっかりしていた。
そこまで気が回ってなかった。
無意識に、自分の気持ちを隠そうとしていたのかもしれないが。
さすがにトオルも照れくさい。
しかし躊躇ってるわけにはいかない。
「まあ、二人を一緒にってのは無理だとは思うけど。
そうなったらいいなとは思ってる。
二人が嫌だっていうなら無理強いはしないけど」
つとめて平常を装って言葉を発したつもりである。
気持ちを伝えるものとしては、かなり事務的で素っ気ないものであった。
が、聞いたサツキは更に真っ赤になり、レンも苦笑したような顔をしつつも照れていく。
「そう……なんですね」
「真っ向から聞かされると、すごく恥ずかしいね、こういうのって」
「言ってる俺だって凄まじく恥ずかしいよ」
顔に出ないようにはしていたが。
「俺の方はそういう感じだ。
もし一緒にいてくれるなら嬉しいよ」
「それは、その……」
「嬉しくなるね」
とりあえず二人はそれを拒絶するつもりは無いようだった。
「でも、あたしは無理かな。
嫌いじゃないけどね」
レンはあっさりと離脱を宣言した。
「残念だな」
「本当にそう思ってる?」
「当たり前だろ」
凛々しく、男どころか女からの人気もあるレンである。
断られるとさすがにつらい。
ただ、嫌いじゃないというのがありがたかった。
「好みではなかったか」
「うん、残念だけど」
はっきりと言ってくるが、不思議と嫌な所はなかった。
嫌みで言ってるのではなく、本音で言ってるからだろうか。
「ま、私の方はそんなところ。
で、サツキはどうなの?」
まだ答えてないもう一人の当事者に話を振っていく。
聞かれたサツキは真っ赤になって俯いてしまっていた。
「ちゃんと言わないと伝わらないからね。
誤解されたくないならちゃんと言う事」
釘もしっかりと刺された。
返事待ちのトオルもそうしてもらいたいと思っている。
どんな答えが出てくるのか気が気でなかったが。
もとより良い返事を期待していたわけではないが、レンの言う通り結果が出ないと落ち着かない。
気のない返事でもいいが、とにかくこの状況が終わる事を願った。
「────ごめんなさい!」
出だしの一言がそれだった。
トオルの中で何かが終わっていく。
分かっていたつもりであるが、はっきりと本人の口から聞くと痛切にこたえる。
(ああ、やっぱり…………)
日頃の態度から決して悪い印象は持たれてないと思っていた。
仲間として、あるいは友人としてなら相応の評価は得てるだろうとも。
だが、さすがに結婚に踏み切れるかというと、そうではなかったのかとも思う。
(まあ、仕方ないさ、仕方ない)
自分に言い聞かせて、受けてる衝撃を可能な限り軽減しようとする。
そんなトオルをレンは面白そうに見つめていた。
隣のサツキも同様に。
「あの、こんな事になるなんて思ってなくて……」
トオルの事など一切気にせずサツキは思いを口にしていく。
俯いたままなのでトオルの事が見えなかったのは幸いだったのかもしれない。
「トオルさんは、その、すごく頑張ってるし、みんなを引っ張ってるし。
それで今みたいになるまでやってきたから、私なんかじゃ駄目かなって思うし」
焦ってるのか、とにかく言葉がまとまってない。
「でも、その、もしそうなったらいいなって思う事もあったから。
私、それで、最近の事とか……嫌ってわけでもなくて」
そんな調子で言葉が色々と出てくる。
トオルについては肯定的な意見全てで、否定的な部分は全く無い。
聞いてるトオルも、だんだんと衝撃が抜けていく。
が、そんな事が続いてて結論は出てこない。
「サーツーキー」
一生懸命言葉を流していく友人をレンが止める。
「そんなんじゃ何も分からないって。
はっきり、一言で言わないと」
サツキの顔が最高潮に赤くなった。
「でも、それは……」
「トオルさんもはっきり言ったんだから、サツキもだよ」
実際にトオルの言葉がはっきりしてたかは疑わしいが、サツキの方はそれ以上に伝わりにくい。
トオルを褒めてはいるが、今回の件の返答になるような事は言ってない。
それに気づいたのか、サツキは口を閉じる。
トオルとの間にある机を見つめながらしばし時間が過ぎる。
色々と考えてるのだろう事は伝わってくる。
そして。
「────私も、トオルさんなら嬉しいです」
その一言を聞いて、トオルは頭が真っ白になった。
言われた事をまず理解出来なかった。
理解するようになると、今度はそれが真実か疑った。
その後にサツキから否定するような言葉が出てこなかった事を確認すると、顔が熱くなった。
「ええっと……」
それらが示す事が何であるかを考える。
考えて頭が更に真っ白になる。
「ああ、そう」
気のない声が出てしまった。
あわてて、
「それじゃ、良いって事でいいんだね」
妙に事務的な口調で聞き返してしまう。
サツキは返事も出来ずにいたが、無言で何度もコクコクと頷いた。
(やれやれ)
いいトシをした大人がいったい何をと思いつつ、レンは二人を見つめていた。
お似合い…………かどうかは分からないが、微笑ましくはある。
見ていて「いいなあ」と思えるくらいに。
トオルとサツキが妬ましいわけではなく、単純に羨ましいとは思った。
(私にも相手がいればねえ……)
トオルが嫌いなわけではなく、単に好みではないから断った。
だけど、自分にもこういう相手があらわれればとは思った。
何はともあれこれで話はある程度まとまった。
これからどうしていくかを決める事が出来る。
ただ、トオルは現実逃避するように別の事を考えていた。
(心臓に悪いな、本当に)
サツキがなかなか核心に入ってくれなかったから、かなり緊張してしまった。
(結論は先に言わないとまずいな)
でないと誤解を招きかねないという良い教訓になりそうだった。
自ら体験した事なので自信を持って言える。
考えるべきはそこではないはずなのに。
それはそれで重要な事ではあるのだろうけども。
そんな調子で燃え尽きてるトオル。
真っ赤になって俯いたままのサツキ。
その二人を、レンは隣で声を押し殺して笑っていながら見ていた。
続きを17:00に投稿予定




