レベル142-2 相手の真意を確かめるのにも都合がよいかもしれません
「では、それでよろしいかと」
トモノリとトオルにご婦人は即答した。
「よろしいの……ですか?」
「ええ。
私、こういう事には疎いので。
そちらにお任せします」
監督といっておきながらあっさりと監督権を放棄している。
そんなつもりはないかもしれないが、そう思えてならなかった。
「ただ、あまり無理をさせないようにだけはお願いします」
「もとよりそのつもりですのでご安心を」
トオルの代わりに応えるトモノリであるが、呆気にとられたままなのはトオルにも伝わる。
揉めることなく話が進むのはありがたいが、ここまであっさりと進むと何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
しかし、トオルの求めた通りに一任の一筆と責任の所在の確認が出来た。
何を考えてるのかは分からないが、それはありがたい事だった。
その後もご婦人は決して出しゃばる事無く、トオルに仕事を一任してきた。
そもそも、トオル達の所まで出向くような事もない。
帰ってきたら、
「今日はどんな事をなさいましたか」
と訊ねてくるが、それも報告を求めてるというのとは違う。
どちらかというと日常的な雑談の調子である。
内容も詳しい事は聞かれない。
最初の時はさすがに詳細に報告をしようとしたが、
「ええっと、申し訳ないのですが、私にはよく分からないので」
と遮られてしまった。
それよりも、兵士見習い達が怪我をしなかったかとか、ちゃんと話を聞いていたかを確かめにくる。
子供の心配をする母親や、弟妹の事を気にかける姉といった風情で。
年齢からすれば、母というには若いのだろうが。
実年齢についてはトオルも知らないが、見た目や雰囲気からそう感じていた。
もっとも、姉というにしてはちょっと年齢が上に思えるのも確かである。
どちらとも言えない辺りの年頃に見える彼女は、その言動行動も合わせて掴みところがなかった。
ただ、決して不快な行動はとっていない。
不穏な動きもしていない。
変に領内の事を聞き出したりはしていない。
トモノリの仕事に関わるような事は特に。
館の中を見回したりはしているが、それもどこに何があるのかを確認するためといったものようだった。
兵士見習いの他にも連れてきた身の回りの世話をする使用人も、トモノリ達の邪魔になるような事はしていない。
作業の手伝いをする事はあるが、重要な部分には触れないよう気をつけている。
たまに台所を借りてお菓子を作ってる事もあるが、設備を使用するのもそれくらいだった。
出来上がったものも、トモノリや使用人、兵士やトオル達に持ってくるので評判も良くなっている。
(いや、それが狙いか?)
トモノリをはじめとした者達の懐柔工作かもしれない、などと考えもする。
そのために、食い物で釣ろうとしてるのかもしれないとも。
いくら何でも考え過ぎだと思うが、可能性は否定できなかった。
普段の穏やかで控えめな態度も演技かもしれない。
もしその通りなら、かなりの才能の持ち主と言えるだろう。
(油断できねえな)
そうでないかもしれないが、もしかしたらと思うと気が抜けない。
仕事に口を出してこないが、帰るまでは注意を外す事は出来なかった。
受け入れ期間は半年。
まだまだ先は長い。
「こうなると、トモノリ様も再婚相手を本格的に探すしかないかもしれないですね」
仕事あがりの後に行われる話し合いで進言をする。
ご婦人対策会議と化してる最近であるこの会合において、出せる提案はそれだけだった。
本来話しあうべき今後の作業における、双方のすり合わせは忘れ去られている。
取り立てて問題もないので困りはしないのは救いであろう。
「晴れて解放されたトモノリ様の立場がこういう事を招いてしまってるかと。
適当な女を見繕い、余計な介入を防ぐべきです」
「そうは言うがな」
トモノリとてそれは分かっている。
「簡単にできるわけがないだろ。
そもそも相手がいない」
「そこなんですよね。
貴族の方ですとどこも同じ事になりますし」
「余所から迎える方が余計に面倒が増えるだろうしな」
「村から迎えるってわけにはいかないんですか?」
「出来ればそうしたいが、地位や立場があってな。
村長くらいの立場でないと難しい」
その関係者で妥当な者がいない。
「神社や商人などは駄目ですか?」
「似たようなものだ。
どのみち介入される可能性はある」
「なかなか上手くいかないもんですね」
「利害のない結婚はないからな。
上手く害を打ち消すような所と付き合うしかない」
「あのご婦人はどうなんですか?」
試しにそれを聞いてみる。
今まで家や一族、貴族における関係性は確認していなかったので。
「とりあえず問題はないはずだ。
少なくとも今のところはな。
これから先、欲に目がくらむかもしれないが」
「そうですね。
人間、何かの拍子で変わりますし」
利益は良くも悪くも人を変える。
「あのご婦人がそうならないとは限りませんしね」
「いっそ結婚しないで内縁の妻でも抱えてみようか?」
正式な結婚はしない妾や愛人の事である。
「どこから見つけてくるかですね」
「そうそう都合のよい相手がいるわけもないがね」
「没落した貴族とかですか?」
「そういうわけではないよ。
だがな、そういう家柄の者のほうが逆に危険でもある。
なまじ貴族であったという事から、貪欲に地位や権威を求めたりするからな」
「結局、現役の貴族様でないと難しいって事ですか」
だから難航してしまう。
「君だって相手が見つからないのだろう?」
「そりゃまあそうですけど…………いきなり俺ですか?」
「出来るなら、君にけしかけておきたいんだよ」
ろくでも無い事を言い出していく。
それだけ困ってるのだろう。
「それこそ地位の問題があるじゃないですか」
個人の好みとかもある。
「まあ、そう悪い人間ではなさそうなのが救いではあるが」
そこはトモノリも認める所である。
今後本性をあらわしてくるかもしれないが、今の所はそう感じていた。
「このまま終わってくれればいいんですが」
それが心配でならなかった。
間違ってレベル141-2をこちらに掲載していました。
今現在は正しい方が掲載されてるはずです。




