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行間小話5 目指すべき何かにかける情熱は一途で美しいかもしれない

「…………よし」

 そこを前にして、サトシは覚悟を決める。

 様々な苦労を積み重ね、どうにかこうにか抜けだし、何とかここまでたどり着いた。

 目的地は目の前にある。

 なのに、少しばかり怖じ気づいてしまっていた。

 ────本当にやるのか?

 ────引き返すべきではないか?

 躊躇いと問いかけがわき起こってくる。

 それは確かにそうだろう。

 進めば確実に全てを成し遂げねばならず、一切の失敗が許されない。

 得られる成果はそれに見合ったものであると思ってはいるが、それはさすがに大きな負担となって心にのしかかる。

 果たして上手くいくのか?

 今更ながらそんな疑問がまとわりついてきていた。



 成功率は低い。

 残念な事にこれはぬぐいがたい事実である。

 上手く目的地近くまで接近はしたが、そこから先に進むことが難しい。

 目標建築物まで、防御に使えそうな設備はない。

 身を隠し、攻撃を遮る何かがあれば接近は容易になるが、そういったものが全く無い。

 しかも、その周囲は様々な場所からの視線にさらされている。

 極秘裏に事を進めるにあたって、これほど不利な条件もないだろう。

 見つかったら一瞬にして全てが終わる。

 弁解の余地もなく、行き着くところまで行ってしまうだろう。

 それでも。



(やるしかねえよなあ)

 目指す場所まで二十メートル。

 身を隠して進むのもここが限界だ。

 ここまで来た苦労が、後戻りする事を躊躇わせる。

 先に進むのも大変だが、ここに至るまでも相当な苦労があったのだから。

 単に目的地にたどり着くだけなら、もう少し楽な方法はある。

 それこそ、他の誰もが寝静まった深夜にでも行けば良い。

 たどり着く事は出来る。

 だが、そうではないのだ。

 それでは意味がないのだ。

 決まった時間に決まった者達がそこにいなければ。

 そこに、求める者がなければ、安全を優先しても意味が無い。

 今、そこには求める者が存在する。

 だからこそ、サトシはここまでやってきた。

 仲間と共に。



「いいな?」

 振り返って仲間を見る。

 そこには、マサル、コウジ、シゲル、カズキの同郷の友がいる。

 最近出番がなくて消息不明気味であったが、確かにそこには肝胆相照らす友がいた。

 また、共に肩を並べてモンスターに立ち向かっているアツシもいる。

 最近新人から抜けだし始めたタカユキとシンザブロウも。

 かけがえのない大切な仲間達が。

 彼らも真剣な表情で頷いている。

「行こう」

「やろう」

 小さな、しかしはっきりとした声で意志を伝えてきた。

 緊張と、少しばかりの恐怖のせいだろうか。

 顔がこわばっている。

 しかし、それ以上の期待を抱いてるのも分かった。

 これから先にある困難をものともしない強い意志がある。

「…………行こう」

 そう言ってサトシは皆を促す。

「でも、本当にいいのかな?」

 この期に及んでアツシは良識ぶってるが、そんなの気にしない。

 無理矢理引きずり込んだが、なんだかんだで拒否しなかったのだから同類である。

 何を今更というのがサトシを始めとしたその場にいた大半の考えだった。

「準備は出来てるな?」

 質問に仲間は、手にした道具を示して答えた。

 三脚にはしご、鏡にロープ。

 なるほどと思う物も、なんでそんな物をと感じるものも揃ってる。

 しかし、それら一つ一つが、彼らの智慧と情熱の結晶である。

 笑い飛ばすことなど出来はしない。

 彼らの崇高にして険しき目的達成の為の、必要不可欠の道具であった。

「よし」

 気合いも準備も十分だった。

 あとは、ただ先に進むだけである。



 目の前の公衆浴場に向けて────



 長い黒髪も麗しいサツキ。

 しなやかさな凛々しさを持つレン。

 田舎娘っぽい素朴さに小生意気さが宿るチトセ。

 野郎ばかりが通例の冒険者の一団にあって、この三人はひときわ異彩を放っていた。

 もちろんこの三人にちょっかいをかけようなんて馬鹿はいない。

 サツキとレンは、サトシが常々トオルの女だ、と触れ回ってるせいで。

 チトセはちょっときつく感じる口調と、トオルの妹であるために。

 さすがに手を出そうなんて剛の者はいなかった。

 そうでなくてもトオルが、

「女子に不快な思いをさせないように」

と厳しく通達を出している。

 この禁止事項を破ったらどうなるか分かったものではない。

 実力で言えばサトシに追い抜かれたものの、いまだに一団の中では上位である。

 そうでなくても、一団の進む道筋を先の先まで考える知恵者である。

 逆らうなんて馬鹿な真似をする者はいない。



 だが、しかし。



 そうは言っても年頃の野郎である。

 野郎は野狼である。

 目の前に上玉がいて我慢がいつまでも出来るわけがない。

 あふれるばかりの衝動と、抑えがたき欲求はいつしか一つの方向に流れだす。

 それは、事前に様々な道具を公衆浴場近くに潜ませていった。

 夜な夜な、トオルの目や耳の届かない所で作戦を練らせていった。

 危険を確認し、それでもなお実行する意志を確かめ合わせた。

 そして、今にいたる。

 ただ一つの目標に向かって。

 公衆浴場の上部に設置されてる、湯気を抜く為の窓。

 そこから覗けるであろう、柔肌の楽園を目におさめるために。



 …………なんの事は無い、覗きである。



 そんな彼らの情熱が、周囲の気配や視線を省みることを許さない。

 先へ、ただ先へと彼らをせき立てる。

(兄貴は……)

 先頭を進むサトシは思う。

(兄貴はいつもこんな感じなのか?!)

 敬愛するサトシの上司であり、所属する冒険者の一団を率いるトオル。

 彼が感じてる重圧はこれ程なのかと思う。

 だれかの前に立ち、率先して先へと向かっていく。

 成功するかも分からないにも関わらず、仲間を率いて進む。

 それがこれほどまでに重いのかと。

 一つの事をなそうとした時に、これほどの苦難を受けるものなのかと。

 モンスター退治のために仲間を率いるトオルの事を、あらためてサトシは凄いと感じた。

(さすが…………兄貴だ)

 自分には真似が出来ないと思った。

 毎日仲間を率いていくなど。

 今こうして皆の先頭に立っててつくづく感じた。

(兄貴、俺はやっぱり兄貴についていくよ)

 あらためてトオルという存在の偉大さと、そんな男と共に行く事を誓っていく。



 その前に。

 思い浮かべた当の本人のが立ちふさがった。

「うわっ!」

 思わず声が出る。

 幸いそれほど大きくは無かったから、周囲に気づかれることはなかった。

 しかし、目の前の相手にはしっかりと伝わったようだった。

「何が『うわっ』だ」

 抑えた声が、逆に怖い。

「いったい何をしてるんだ、サトシ?」

「あ、あ、あ、兄貴…………」

 なぜだかトオルは、いつもの刀と盾を身につけていた。

 さすがに鎧までは着てないが、武装を解いたサトシ達には十分な脅威である。

 そのトオルが、ゆっくりとサトシ達の方に進んでくる。

「まあ、何をしてるかは想像がつくけどな。

 覚悟はいいんだろうな?」

「ひっ…………」

 瞬間、レベルの差を忘れて恐怖をおぼえた。

 実力ならトオルよりサトシの方が上になっている。

 槍を手に持てばトオルと互角以上の戦いが出来るという自負はある。

 だが、そんな技術など何の解決にもならない気迫の差で、サトシはトオルに飲み込まれていた。

「ああああああ兄貴、その、ともかく、あの、落ち着いてくれ!」

「サ~ト~シ~」

 トオルは聞く耳をもってないようだった。

 薄暗がりの中でその表情は分からなかったが、あふれ出る殺気だけは感じ取る事が出来た。

(やばい……)

(死ぬ……)

 その場にいた全員が同じ事を思った。

 瞬間。

 その場から逃げ出した。

 手にした物を放り出して。

「待てええええええええええええええええ!」

 トオルの絶叫がその背中を追った。



「え、なに?」

 公衆浴場の湯気の中で、サツキが驚く。

 外から聞こえてきた、ドスのきいた低い叫びは分厚い壁すらも振るわせたように感じられた。

 一緒にいたレンは、「ああ……」と訳知り顔でため息を漏らす。

「あいつら、まーた何かやらかそうとしたんだろうなあ」

「まあ、サトシとかならねえー」

 チトセも呆れ声をあげる。

 それなりに長い間一緒にいるから、行動パターンなどが分かっているようだ。

「むしろ、今まで何もなかった方がおかしいような気がする」

「確かにな」

 レンもそこは賛同した。

 サトシならやりかねない…………そう思わせるような何かと、普段の言動・行動があった。

「ま、ウチの大将がいるから大丈夫でしょ」

「そうですね。

 兄ちゃんもこういう時くらいは役に立ってもらわないと」

 そう言って二人は、緊張を解いて湯気に身をゆだねる。

 今日も一日体を動かし続けた。

 熱気に体を預けて疲れをほぐしていきたかった。

 余計な事を考えず。

 そんな二人の横でサツキは、

「えっと…………何があったのかな?」

と現状を把握できずにいた。



 一時間後。

 捕まった公衆浴場突入決死隊(仮名)は宿舎の廊下で正座をさせられる事となった。

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