レベル130-2 いやもう、これでどうでしょうね、本当に
「だから、やっぱり二人を嫁に────」
すれば解決だよ兄貴、と続けようとしたサトシはトオルからアイアンクローを受けた。
「痛い、痛い、痛い!」
常日頃から刀を振りおろしてるトオルである。
柄を握りしめて刃を振りおろす事で培われた握力は相当なものになっていた。
そんな手で顔面を握りしめられたのだからたまらない。
サトシは無駄口をたたけなくなるまで悲鳴をあげる事となった。
ようやく静かになったサトシを放り出し、何とか方法がないかと考える。
相手が結婚を諦め、トオルに変に手出ししないようにするための方法を。
(何かないかな)
あればとっくにやっているが、それでも考えていく。
ここを乗り切らないと、一団がおかしな方向にねじれてしまいかねない。
いずれ様々な者達と交わる事になるにしても、この段階で様々な背景を持つものを入れるわけにはいかない。
公私にわたって。
仕事にも私生活にも、余計な思惑は不要だった。
トモノリの求めてるものが、トオル達の力であり、それをつなぎ止めておきたいのは分かる。
トオル達が壊滅しない限りその願望は続くだろう。
さもなくばこの場から退散するか。
どちらも現状では無理だった。
力を失えばトモノリも無理して関係を築こうとはしないだろうが、それでは目指すべき所に行けなくなる。
稼ぎを増やし、収入を高い所で安定させ、将来の憂いを無くすためにも。
一団を強化していく事はあっても、それを失うわけにはいかない。
また、この村を捨てて町に戻るのも出来れば避けたい。
トオル達の生活は、トモノリの領内だからこそ円滑に行われている。
生活費がほとんどかからない今の状態から抜け出すのは難しい。
やるとしたら、レベルを上げてより強力で稼げるモンスターを倒せるようになってからだろう。
今ではない。
(どうにかしないとな)
打算的な考えであるが、現実を考えればここで活動を続けるしかない。
そうであるからこそ、トモノリの話をどうにかして断らねばならなかった。
相反する事を両立させる上手い手段がないものかと思ってしまう。
普通に考えれば出来るわけがない。
しかし、この無理を通さないと余計な面倒を背負い込む事になる。
(トモノリ様がこっちから目を離してくれればいいんだけど)
現在のところそんな事は不可能である。
トモノリの近くにいるのはトオル達だけなのだから。
(誰かを代わりに出来りゃあいいんだけど)
該当するような者がいない。
少なくとも町に居る冒険者でこれだけの人数の者はいない。
トオルの知りうる範囲での事だが、それだけいれば目立つし話題で持ち上がる。
そういった事がなかったという事は、他に存在しないという事なのだろう。
仮にいたとしても、いきなり結婚話をもっていくわけにはいかない。
そこに至るまでに様々な手間をかけねばならないだろう。
現実的ではない。
(けど、代わりになるもんを用意しないと)
断るにしても、その方がやりやすい。
他に候補があるならそっちを選んでもらえばよい。
駄目だといって断るよりは楽なはずである。
(誰かいないかな、他に)
マサトの顔が浮かんでくるが、さすがにこれをなすりつけるのは気が引けた。
人柄もレベルも妥当な人物なだけに残念だった。
(けど、意外といい人がいないもんだな)
あれこれ考えるが、意外と人がいない
こうして見ると、意外と適任者がいない事に気づく。
レベルはそこそこで良いが、それなりの規模の一団で効率よくモンスターを倒せる者達。
村に常駐して活動が出来る者達でそんな冒険者がいるわけがない。
(…………いや、そうでもないか)
ふと、思い浮かぶ。
それをやってる連中を。
「兵士から見繕ってください」
トモノリへの回答がそれだった。
「兵士?」
「はい。
村でモンスター退治をしてる連中を。
あいつらに嫁さんを世話してやってください」
思い浮かんだ逃げる手段がこれだった。
トモノリの配下となってる兵士達。
そんな彼らから適当な人間に、トモノリの一族の者を嫁がせる。
おそらく、一番妥当なのがこれだった。
「俺達外部の人間より先に身内を固めるべきでしょうし」
順番としてはその方が先だと思えた。
まずは身内を固めてから。
それから外部に手を伸ばす。
トモノリがそこを違えてるのが不思議にすら思えた。
今となっては、であるが。
「まあ、それはそうかもしれんがな」
言い分は分かってるし、確かにその通りだとも思う。
しかし、それでもトオルを確保しておきたかった。
短期間でこれだけのものをまとめ上げた才能は捨てがたい。
別の所にいかないようにつなぎ止めておきたかった。
単純にレベルなどを元にして考えた事ではない。
それとは別の部分をトモノリは求めていた。
レベルだけでは計れない何かを。
こうなってしまったら、もうどうしようもないが。
「仕方ないな」
やむなくここで退く事にした。
これ以上踏み込んでも良い結果は得られそうにもなかったので。
「当面はうちで抱えてる者達を優先していくよ」
「そうしてください。
出来れば村長達からも適当な人を迎えられるよう取りはからってやってください。
あちらも色々と考えていたようなんで」
「分かった。
声はかけてみるよ」
結果がどうなるかは分からないので、そこは約束出来ない。
「身の回りの世話をする人も出してくれるって言ってますから」
「可能な限り引き受けよう……」
「まあ、でも。
先の話ですよね」
「そうだな、すぐにそう出来るわけではないからな」
「まずは住む所を作らなくちゃならないですしね」
結婚するにしろ、新たに人を受け入れるにしろ、今のままでは場所が足りない。
「やっぱり、住む所を作らないとどうにもなりませんよ、これじゃ」
「あーあ、もったいない」
「何がだよ」
「いや、兄貴にようやく春が来たと思ったんだけどね。
なんてったって、貴族のお姫様だよ。
こんな機会ないんじゃないかな」
「そりゃそうだろうな」
またとない機会だったのは確かだろう。
「でもな、『ようやく春』ってのは余計だ」
「だったら女の一人や二人くらい作ればいいじゃん」
「そんな余裕あるか」
実際、女と仲良くなる機会がない。
出会いがないし、わずかな可能性を掴むほど色恋に慣れてもいない。
「そんな兄貴のためのサツキとレンなんじゃん。
これを機会に上手くたらし込めばよかったのに」
「……お前、本当に良い度胸してるな」
「図太くなけりゃやってらんないよ、冒険者なんて」
納得してしまう説得力を感じてしまった。
「でもさ、変な結婚をさせられないように、二人と結婚しちゃうってのはいい方法だと思ったんだけど」
「誰がするか、そんな事。
やるなら、もっと堂々とやるわい」
「へー」
サトシは半目になってトオルを見つめる。
「だったら今から誘ってくればいいじゃん。
こんな状況だろうがなかろうが」
「…………」
「遠慮せず、堂々といってらっしゃい。
出陣の見送りはするぜ」
いいながらにやけていくサトシの頭に、いつも通り拳骨をたたき落とした。




