レベル130-1 いやもう、これでどうでしょうね、本当に
「とまあ、そんなわけなんで、最低でも周旋屋に登録してください」
嫁や人を斡旋してくるトモノリや村長に、トオルはそう伝えた。
周旋屋に登録する────冒険者となる。
それがトオルの出した条件であった。
人を直接雇った場合、対処が面倒になる事もある。
やりとりが簡素化される利点もあるが、直接の接点が増えるだけに相手側の言うことも直接やってきてしまう。
相手が同等の立場であれば良いが、そうでない場合面倒になりかねない。
周旋屋に登録するというのは、それを緩和する意味があった。
所属が周旋屋であるならば、業務的な事は周旋屋を通す事になる。
何か合った場合、周旋屋を通して相手の意志を遮る事も出来る。
あくまで業務に関わる範囲でしかない。
相手の力が大きければ周旋屋もトオルの味方は出来ないかもしれない。
しかし、それでも何もいないよりはやりやすくなる…………かもしれなかった。
最低でも、トオルだけで対処するという形を避ける事が出来る。
求めてるのはそれだった。
自立・独立を促す事にもなる。
親から独り立ちして仕事をしていくのだから、家の力を笠に着る事はできない。
出来ないわけではないが、そんな事をすればその程度と思われる。
親の庇護下にあるわけではないのだから、自分の事は自分でやらねば、というのが基本だ。
それを遮る何かがあるわけではないが、相応に見られるのはいたしかたない。
あわせて、相手の覚悟を試す事にもなる。
冒険者という地位・身分を受け入れられるかどうか。
それを推し量る事になる。
その覚悟のない人間はいらない。
例え前線に出ることはなくても、世間からは『周旋屋の作業員』として見られる。
その中でも冒険者と呼ばれる部類に入るとなれば、これはかなりの度胸が必要となる。
世間体との戦いと言えばよいだろうか。
村の出身者ならそれも抵抗がないだろうが、貴族がそれを受け入れるかどうか。
まだしも部屋住のほうが良いのではないかと考えるのが冒険者である。
貴族の地位をなげうってると思われてもおかしくない。
平民・庶民になったり落ちぶれてしまった者達が冒険者になる事はある。
しかし冒険者のような活動をするのは、あくまで貴族としてである。
モンスターを倒すのも領地を守るためであったりする。
冒険者と行動を共にする事もあるが、それはやるべき事の手助けとして雇う場合がほとんどだ。
貴族として冒険者に接するのと、冒険者となって活動するのとでは違いがある。
やってる事は同じでも。
さすがにトモノリもこれには考えてしまった。
嫁入りよりは楽にと思っていた一団への加入が難しくなった。
ご多分に漏れず、トモノリの一族も貴族から冒険者になる事をよしとする者は少ない。
やむを得ない場合の緊急手段とは思っているし、そうなった者を見下したりもしない。
だが、やはり地位や立場の違いを無視するわけにもいかず、どうしても間に一線を引いてしまう。
それを無いものとして扱うのではなく、厳然と存在するものに適度な妥協点を見いだしてるからだ。
あくまでも冒険者は冒険者であり、それはどうしようもない。
貴族として、それは越えがたいものがある。
だが、トオルがそう言った以上それは尊重するしかない。
「分かった。
なら、それでも良いと思える者にあたってみる」
「一緒にやる気があるなら、とりあえず面談はします。
登録が終わってから」
登録だけで終わらない事もしっかり並べていかれた。
能力が無かったり、やる気が無かったり、態度が悪ければ採用しないと言っている。
縁故だけで入れる事は無いという意思表示に、トモノリはしくじったかなと思った。
人間関係は全く考慮しないと言われてるのだから。
当てはまる人間が一族に果たしてどれだけいるか考えると、目が回ってくる。
(一族を入れるのは無理かもしれん……)
それは覚悟せねばならなかった。
村長達もそれは同じである。
もとより嫁入りは無理かもしれないと思っていたので、身の回りの世話をする者を入れられればと思っていた。
それにも条件がついてしまったのだからどうにもならない。
まさか冒険者になれなんて無理強いはできない。
村の者達にとって、登録する事に地位や立場による抵抗などない。
冒険者への抵抗感は、こなさねばならない仕事の厳しさ故のものとなる。
全てがそうであるわけではないのだが、彼らの持つ冒険者の印象が躊躇いの動機になっている。
基本的には、トオルのようなモンスター退治やそれに該当するような仕事だと思っている。
周旋屋に登録してこなす作業は多岐にわたるが、そちらについての情報はそれほど多くない。
行商人と従業員、それらの護衛から漏れ聞く事はあるが、情報は偏りがちになる。
更に加えてトオルが実際にやっている所を見てるのだから、印象は村人達の中で確たる事実へと変化していっている。
解体処理なども作業なのは分かっているが、モンスターを退治している近くでの作業だ。
危険性は村での仕事の比ではない。
もちろんこれらにも多少の誤解というか、認識のずれなどがある。
村長が求めてるのはそういう事ではなく、トオル達が寝泊まりする場所の近くでの作業である。
トオルもそれに特に異議を唱えてるわけではない。
それをするにしても、まずは冒険者になれ、周旋屋に登録しろと言っているのだ。
危険がどれほどかという事ならば、全く無いと言ってもよい。
だが、事実や実体がどうであろうと、わずかでも危険の可能性があれば警戒するのが自然な人間の反応であろう。
冒険者であればモンスター退治に駆り出されるかもしれない────そう思う事が村人達を躊躇させた。
遠回しに断ってるわけではない。
トオルは一緒にやっていく上で最低でもこれだけはやってくれと思っていた。
呉越同舟を避けるためでもある。
所属がバラバラの者達を一つにまとめることなど不可能に近い。
手間はかかるが成果があがるとは限らない。
むしろ、一緒にすれば必ず軋轢や問題を発生させる。
それは小さな反発心で終わるかもしれない。
だが、そこから始まってどうしようもないほど大きな亀裂になるかもしれない。
そんな危険を冒すわけにはいかなかった。
しかし、思惑はどうあれトオルの提案は予想以上に大きな成果を出した。
できれば繋がりを持ちたいと思っていた、あわよくば自分達に有利なように動いてもらおうという考えを弾くことになった。
心配事は少しだけ減る事になる。
それでも、嫁取りを拒否する理由にはなりにくい。
そちらの方は、依然として面倒というか厄介な問題になっていた。
むしろ、ある意味こちらの方が厄介である。
なにせ周旋屋への登録を前提に出来ない。
トオルから色々条件をつきつける事は出来るだろうが、それをどこまで尊重してくれるか分からない。
今の所、こちらを遮る方法は見つかってない。
頭の痛い所だった。
トオルも結婚しないつもりではない。
相手がいればしてもよいとは思ってる。
そんな相手に巡り会ってないのが残念であったが。
今回の場合、その相手として相手が提示してくる者が問題だった。
例え誰であろうと、何らかの思惑が絡んでしまう。
どんな相手であっても、何らかのしがらみはあるだろうが、今回は通常あり得る範囲を超えてしまっている。
相手がどれほど良い人であっても、背後にあるものを考えずにはいられない。
そんなのは真っ平ゴメンだった。
繋がりがあるのも強みであろうが、引っ張り回される危険の方が気になってしょうがない。
トモノリや村長達を疑いたくはないが、警戒はどんな相手にもしなければならない。
彼ら個人が善良であっても、背後にある者達もそうだとは限らないのだから。
なので、何とかして今回の話しを乗り切りたい、振り払いたいと考えていた。
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