レベル129-2 そこまで必死になることかと思ってしまう
「思惑が表に出て来て助かる」
「それを狙ってたんですか?」
「一応な。
ここまで上手くいくとは思わなかったが」
執事にそう応えるトモノリは、出て来た結果にそれなりに満足していた。
見えない敵が見えるようになったのはありがたい。
この場合、敵というのもどうなのかと思うが、とりあえずトモノリは競合相手を敵とみなした。
その上で、誰となら利害があって、誰が排除すべき相手なのかを考えていった。
別に嫁が一人である必要もない。
最悪、結婚にまでいたらなくても、「その代わり、一族の者を一団に入れてくれ」とねじ込めれば良い。
トオルの幸せにつながるなら結婚もあり得るが、そうでないなら無理強いをしたくはなかった。
何よりトモノリが求めてるのは、トオルと一団との繋がりである。
それだけのために結婚を手段にしたくはなかった。
貴族にあって結婚は政治の手段になりうるが、だからといってそれだけではない。
当事者同士の幸せも考え、それが政治的な強みになれば良いというのもある。
妥協と打算だけで人を結びつけようなどとは思っていなかった。
「まあ、おかげで色々と面白くなったな」
多少の悪戯心は大目に見てもらいたいとは思っていた。
冗談だけで嫁取り話をしているわけではない。
また、「それが駄目ならせめて一族の者を採用してくれんか」というのも本気である。
トオルを引き込むためにそれくらいはしておこうと考えていた。
一族に意向を伝え、適切な人材がいないかをあたり始めている。
貴族の事、平民と一緒になれるかとか、冒険者なんぞに、などと言い出す者もいるだろう。
乗ってくるかどうかは分からないが、それでも声をかけて手応えを掴んでおきたかった。
(末端なら興味を持ってくれるかもしれんが)
平民や庶民と変わらない生活をしてる家の事だ。
そのあたりになると、公職に就いても平職員である事がほとんどだ。
出世の可能性や速度は平民出身者よりも上だが、貴族と言い難い現状がある。
落ちぶれて平民以下、それどころか一家離散してる者もいる。
一族で細々と援助してる事もあるが、末端の生活ぶりは一般的な平民・庶民とほぼ同等だ。
そういった所ならば、トオルの所に入る事に抵抗はないかもしれなかった。
(能力があるかどうかは疑わしくなるが。
こればかりはやむを得んか)
それなりの教養と、仕事のために必要になる教育や訓練を受けるのが貴族である。
だが、末端ともなるとそうもいかない。
大半が平民達と同じ学校に通って進学するのがほとんどだった。
ただ、この世界において基礎的な教育を受ける機会はあっても、上位の学校に通える者は少ない。
現代日本でいうところの、小学校低学年あたりまでの教育を受けるのがせいぜいである。
多少なりとも余裕があれば、中学校にあたる学校まで進学する事もある。
しかしこれはかなり希な例である。
手習いと言われる読み書きや計算などを六歳くらいから習い、社会や理科にあたる一般教養をだいたい十歳くらいまで学ぶ。
仕事の手伝いをしながらだったりするので、学習速度はそれほど早くはない。
そこから上に進めるのは、農村で言えば村長や豪農と呼ばれる者達の子息。
高校や大学に当たる高等教育や専門教育を受けられる者は極めて少ない。
冒険者の仕事でそこまでの知識や教養が求められる事はないだろう。
だが、事務作業などの内務を行うために必要になる、最低限の素養は備えていてもらいたかった。
実務については仕事をしながらおぼえるしかない事が多いが、それを受け取れるだけの下地がないとどうしようもない。
実務に関係のない教養と呼ばれるもので、そういった下地を養う事も大事なのだ。
末端の貴族だとそれが難しい。
(なかなか上手くいかんな)
引き受けて欲しい人材は振り向きもせず、賛同してくれそうな所は素養に不安がある。
嫁いでくれることを受諾してくれる娘と同様、こちらも人材の確保が大変そうだった。
村長達はそのあたりもうちょっと気楽で、
「とにかく年頃の娘を」
と考えていれば良かった。
といっても、これはこれで難儀な事である。
トオルに見合った娘が身内にいるかどうか。
当たり前だが、それをまず考えねばならない。
何せ狭い村の中での話しである。
別の村から嫁をもらったり、婿を送ったりといった事もあるが、繋がりはそれほど広くはない。
一族をあたる事が出来るトモノリとここが違ってくる。
必然的に、自分の家族の中から選ぶしかなくなる。
この時点で三つの村の村長は頭を抱える。
年の頃が同じなら良いのだが、なかなかそうはいかない。
幼すぎたり、年を重ねすぎていたりで調度良いのがいない。
適切な年頃の者がいても、既に結婚してる者がほとんどだ。
未婚でも嫁ぎ先が決まっていたり、奉公に出る事が決まってる者もいる。
なので、手頃な者がいない。
近い親戚の娘を養女に迎えて、という事も考えるが、そんな都合の良い親戚もいない。
何とかしようと思うも、なかなか手頃な人材がいなかった。
未婚の女性となると、部屋住みのまま年を重ねた年配者か、まだ子供と言って良い年齢の者達になってしまう。
この世界、女は十歳で結婚という事もあるが、だからといってその年齢での輿入れというのが頻繁にあるわけではない。
さすがにそんな娘を用いるのは、村長達も躊躇った。
それでも、どうにか繋がりをもてないものかと考える。
(せめて、繋がりでももてれば)
トモノリと同様に村長達も、嫁とは別の手段がないかを模索し始めていく。
「結婚はともかくとして、一団の書類整理にうちの者を使ってみないか」
「嫁はともかく、飯炊きとか身の回りの世話とかでどうだ」
結婚の話の中に、トモノリと村長達がそんな事を加えはじめていく。
嫁が駄目ならそれか、と思うと頭を抱えたくなる。
しかも、トオルとしてもありがたい申し出である。
このままいけば、内務処理をしてくれる人間が絶対に必要になる。
身の回りの事を片付けてくれる者もいればありがたい。
領主の館や、村の宿泊場所に寝泊まりしてる間は必要とはいえない。
だが、将来独自に居住する場所を確保したら、いると助かるだろう。
なかなか断り難いところをついてきた。
とりあえずは、
「いてくれればありがたいでしょうけど、今はそんな余裕ないですから」
と断っておく。
それは見越してるのか、
「まあ、いずれはな」
「先の話だ」
と引き下がる。
しっかりと将来についての布石を含ませながら。
伊達に長生きしてないようで、何かしら次につながる繋ぎを残そうとしてるように見えた。
なるほど、こうやって思惑をとおしていくんだなと感心する。
歓迎したくない事だが。
(さて、どうすっかな)
行商人の言葉を思い出す。
いっそ関係のない所から…………その言葉が頭に響く。
ここで彼らを受け入れたら、後々厄介になりそうな気がした。
繋がりが強いと、それで助かる事もあるだろうが、余計な事に引きずり込まれる可能性も出て来る。
(そうすっと……)
嫁の話はともかく、一団の作業員については考慮する必要がありそうだった。
妙な関係を作らないで済ませる方法として、関係のない所から引っ張る必要がある。
(となると、そうするしかないよな)
頭に周旋屋が浮かんだ。




