レベル128-3 いきなりそんな話をされたら驚きますよ、奇襲としては正しいですが
末端であろうと貴族が平民と結婚するならそれなりの条件が求められた。
男が貴族の娘をめとるなら、トオルが言ったような条件が求められる。
すなわち、村長に匹敵するような農家であるか、相当な財産を持ってる商人か。
職人であるならば、親方か工房の代名詞や看板になるような腕が求められる。
兵士であるならば、最低でも下士官と呼ばれる階級であったり、勲章をもらうような武功を立ててる事が望まれる。
学問や魔術をおさめてるばあいも似たようなものだ。
相応のレベルに到達してたり、それなりの論文・研究成果を作ってる事が求められる。
これにあてはまらない場合もあるが、目安としてこれくらいが貴族との結婚に必要な条件とされている。
トオルはこれらに達してるとは言い難い。
あとは駆け落ちか、貴族の方が身分を捨てる事になる。
前者は身分を捨てられない場合、非常手段として用いられる。
ただし、その後の生活や関係が上手くいく保証はない。
後者の場合は、状況にもよるがあり得ないわけでもない。
一族全員が身分を捨てて平民庶民になる事はまずないが、その中の一人が貴族の身分を捨てる事はある。
しがらみが多く、制約や制限も多いのが貴族である。
資産ではなく、与えられた権限が貴族を貴族たらしめてる。
そこが商人との違いと言えるかもしれない。
なので貴族はどうしてもやることに制限が加えられる。
義務と言ってもよい。
与えられた権利、国政に関与するからこそ課せられる使命。
それらが貴族を縛る。
それはそれで必要な事だが、それだけでは為しえない事もある。
なので、必要に応じて貴族の身分を抜ける事もある。
貴族ではなしえない事をするために。
とはいえ、一番多いのは、末端の貴族が義務に堪えかねて抜ける事である。
末端までいくと実入りのない事もほとんどで、それで貴族としての義務を課せられるのだからたまったものではない。
なので世襲の権利を全て捨てて、平民庶民になる者も出て来る。
そういった者達が平民庶民と結ばれる事もある。
なお、平民庶民の娘が貴族の嫁になる場合、だいたいが妾という立場になる事が多い。
正式な結婚にはならないが、そういう形で結ばれる事になる。
場合にもよるが、この場合囲ってる貴族の方も未婚を貫く事になる。
法律上は。
生まれた子供は血筋の証明がなされているなら貴族として認められる。
制度というのもおかしいが、そういう仕組みで成り立ってる社会と、現実の人間関係の妥協点であった。
そうした慣例慣習が、律にならない法として国を、社会を成り立たせている。
ただ、そういった事を鑑みても、トオルが貴族の者を迎え入れるというのは無理があった。
そういう条件を満たしてない。
これらも絶対ではない、参考程度のものとは言える。
しかし、そうだとしても、貴族がなんでトオルに嫁がなくてはならないのか?
(こっちは、ただの冒険者だぞ)
結婚するにしても、同じ平民庶民の中からというのが普通だ。
とても貴族に釣り合うものではない。
かといって相手に貴族を捨てさせたり、駆け落ちするというつもりもない。
駆け落ちの場合、ここまで積み重ねてきた冒険者としての努力を捨てる事につながりかねない。
それだけの最終手段なのだ。
「どういうつもりなんですか」
もう何がなんだか分からない。
「単純な話だ。
君の能力を評価してる」
「いや、買いかぶりですって」
「だとしても、それで君が積み重ねてきたものが否定されるわけじゃない。
その年齢で冒険者を束ね、モンスターで稼ぐ手段を考え、兵士の育成までこなしてきた。
小鬼の集団を撃退までしている。
そこまでやってきた君の能力は非凡なものだと思うがね」
「気のせいですよ」
少なくともトオルは自分をそこまで高く評価していない。
自信を無くすつもりはないが、傲慢に陥りたくはなかった。
「わざわざ貴族の方が嫁に来るほどじゃないですから」
「君がそういうのはかまわない」
トモノリもここは引かなかった。
「だが、君への評価は決してそこまで低くはない。
レベルだってそれなりに上がってるだろ?」
「まあ、そこは」
今までの苦労がしっかり刻まれている。
戦闘は、相変わらず刀剣のレベルが高いが、他にも戦術やら指揮統率やらも得ている。
成長は変わらず続いていた。
「それだけでも十分に評価に値する。
そこまで行く者もなかなかいないしな」
「これくらいの能力なら他にも持ってる人はいるでしょうに」
「探してくる手間がかかる。
君のレベルに到達する者となるとな」
それも事実である。
継続的に数年ほど活動を続けていかねば為しえないレベルである。
その大半がねずみ取りであるのは、あまり自慢にはならないかもしれないが。
同じほどの水準に達してる者は、この世界の中に大勢いるだろう。
それでも、身近にいるかどうかという事なら、そうでもないと言える。
比率にすれば少数になるのだから。
「君と血縁関係になるのは、一族としても利益になるだろう」
「随分と殺伐とした理由ですね。
人間味が感じられないんですが」
「損得勘定だけで考えても、それだけ利益があるという事だ。
個人として君のような人間は好ましいとも思ってる」
「それは、ありがとうございます」
どこまで本当かは、この会話からは分からなかった。
「だからまあ、考えておいてくれ。
こちらもまだ決まった事ではない。
はっきり言うが、これから一族に話していくところだ」
「……おいおい」
「君に言わずにすすめるわけにもいかないと思ったのでね。
まあ、考えておいてくれ」
「はあ……」
どう言えばいいのか分からず返事が曖昧になる。
「もっとも、君が既に相手を決めてるなら、この話は無しにするが」
「いえ、そういうわけじゃ」
悲しいが、そういう相手はいない。
「そうか。
こちらとしてはありがたいが。
でも、君の所には随分すてきなお嬢さんが二人ほどいると思ったんだがな」
「それは、確かに」
認めるべき事実としてそれには頷いておいた。
サツキもレンも、世間一般的な水準からして、十分に美人に入る。
彼女に出来るなら、男として生まれた甲斐があるというものだ。
ネタにしてからかってくるサトシには鉄拳をお見舞いしてるが。
「彼女らとは上手くいってないのか?」
「仲間としては上手くやってるとは思いますよ」
「それだけか?」
「それ以外に何かしたら、うちは分解しかねませんから」
「なるほど」
人間関係が原因で組織が分裂する事はある。
小規模な状態でそうなったら、トオルの活動に影響が出てしまうだろう。
「それは困るな」
トモノリとしても、今の状態でトオルの一団が崩壊して欲しくはない。
「それも含めて、規模を拡大していくしかないのかもな」
「と言いますと?」
「彼女らとの事が原因で分裂しても、ある程度は人間が残るようにしておかねばならんだろ」
「それもまた、殺伐とした話ですね。
言いたい事は分かりますが」
ある程度の規模なら、分裂しても何人かが残るだろう。
その人数で現在の活動を続ける事が出来るならありがたいのだろう。
「そうならないのが一番だがね。
だが、うちの所から嫁をもらってくれるなら、そういう心配はないからな」
営業も忘れない。
「もっと良い相手が見つかる事を祈ってますよ」
こういう時にしか持ち出さない神を頼ってしまう。
「あ、でも」
「なんだ?」
「どうしようもないのは困りますよ。
そうなったとしても。
いき遅れとか、性格がどうしようもないのとか」
「分かってる」
厳粛な顔でトモノリは頷いた。
「私も自分の事でそれは痛いほど感じた。
君をそんな目にあわせないよう、最大限の努力と結果を出す」
強い決意がにじみ出ていた。
この人も相当苦労したんだなとトオルは感じた。
「でも、二年三年先になる事を今から決めるんですか?」
「計画というのはそういうものだろ。
それにだ」
「はい」
「今すぐとなったら君が全力で拒んでくる可能性がある。
だが、それだけ時間があるとなれば、考えるという事で受け入れる可能性は高い」
「まあ、確かに」
「あとは時間をかけてじっくりと納得させればいい。
小さく始めて、大きく育てるんだ」
「……言ってはなんですが、最低最悪ですね」
「そう思うよ。
だが、これが結構有効なのも確かでな。
前に結婚してた女に、この手段で随分やられた」
「経験談ですか」
「ああ。
だが、今回は遠慮無く使う事にする」
「それ、本人の目の前で言いますか?」
「あとで、『はめられた!』って言われて恨まれるよりは良いと思ってな。
君だってそういうのは嫌だろ」
「そうですね」
「だから、嘘はつかん。
隠し事をするという意味でもな。
それで君が逃げ出したら元も子もない」
「はあ…………」
それもどうかと思ったが、何も口に出来なかった。
ともあれ、この時点でトオルはこの話をそれほど大事として受け取ってはいなかった。




