レベル109-3 色々ありましたが、どうにかなりそうです
切り込んでいくトオルに合わせて、サツキが魔術を放つ。
定石通りに、安息の闇を。
一匹でも効果が出ればと思っての事である。
その隣でレンも投石器を使っていく。
サトシとアツシもトオルを追いかけていった。
小鬼は総勢十匹ほどだろうか。
体格と装備の違いから、今まで通りにはいかないだろうと思われた。
それでもトオルはそこに向かっていく。
既に村の方向にいる者達が小鬼達の大半を粉砕している。
ここに増援がやってくる危険は無い。
だが、目の前の小鬼達が逃げ出す可能性はある。
それだけは阻止しなくてはならなかった。
小鬼達もただ突っ立っているだけではない。
戦士とおぼしき連中がトオルの前に展開し、呪術師が魔術を使おうとする。
サツキの魔術で一匹が眠り、レンの援護でも一匹が打撃を受けている。
それでも戦力に変わりはない。
全員が眠り付いたならともかく、一匹だけではすぐに別の誰かが起こしにかかる。
石が当たった運の悪い者も、呪術師が治療をしてすぐに復帰する。
今までとはやはり勝手が違う。
(出来るか?)
不安がもたげてくる。
戦士はたぶんどうにか出来る。
人数は多いが、捌ききれない数ではない。
腕の方はどうだか分からないが、おそらくそれ程でもないと思えた。
怖いのは呪術師だった。
そいつがいなければ、情勢はかなり有利になるはずなのだが。
(どうにかしてあいつまで近づくか、サツキに頼るしかないか)
魔術を使う者同士でどうにかしてくれればと思う。
ゲームのように、魔法を封じる魔法のようなものがあれば良いのだが。
そこはサツキに期待するしかなかった。
まずは目の前の小鬼を倒す。
先の事はともかく、それがやるべき最初の事だった。
武装した小鬼は、確かに強かった。
太刀筋は鋭く、小鬼にしては重みのある一撃を繰り出してくる。
ただ振り回すだけの素人ではない。
村人や兵士達だったら手こずる事だろう。
ただ、トオルほどではない。
ほんのわずかだが隙が見える。
太刀筋も読める。
盾で受け止め、刀を鎧の覆ってない所に打ち込むことは出来る。
それが小鬼の肌を切り裂き、肉と血管を断ち切っていく。
腕を、脇を、首筋を。
届く場所にある隙の生じた場所を狙っていく。
相手の攻撃を凌ぐ中で、一発二発と。
そうする間にも。他の小鬼が襲いかかってくる。
盾で攻撃を受け止め、刀で払う。
立ち位置を変えていき、敵の攻撃が集中しないようにしていく。
サトシとアツシが入って来て、更に余裕が出て来る。
攻撃にはなかなか踏み込めないが、攻撃を凌ぐ事は出来る。
その中で確実に出来る攻撃を重ねていく。
浅い一撃がほとんどだが、それが重なる事で相手は命をしたたり落としていく事になる。
傷の酷い者には呪術師が魔術で治療をしていくが、それもまた消耗をもたらしていく。
小鬼達は確実に追い詰められていった。
トオル達が戦闘に入った事で、レンは攻撃ができなくなった。
だからと言ってトオル達の所に行く事も出来ない。
サツキの傍から離れてしまうわけにはいかない。
彼女だけ何もしないでいるが、だからといって意味が無い訳ではない。
そこにいる事で、サツキに攻撃を仕掛けようとする意図をくじくことが出来る。
守られてるサツキも、安心して魔術を使う事が出来る。
そのサツキは、先ほどから仲間の治療を続けてる呪術師に杖を向ける。
攻撃に魔術を用いて無い今が狙い目だった。
杖の先端から黒い靄が生じ、それが一つにまとまり、呪術師に飛んでいく。
魔力の塊を投げつけてるだけではあるが、単純なこの攻撃方法は確実に呪術師を消耗させていく。
闇の力を加える事で精神や気力といったものに衝撃を与えていく。
ただでさえ仲間の回復で消耗してるところだ。
いずれ回復も出来なくなるだろう。
今できるトオル達への援護がそれだった。
呪術師がついに魔術を使えなくなったのか、相手の傷がそのままとなっていく。
傷がそのままとなり、相手の血と命が垂れ流しになる。
少しずつ動きも鈍り、隙が大きくなる。
均衡状態が崩れ、形勢が傾いていく。
最初は小さく、やがて大きく。
トオルの目の前の一匹が倒れる。
負担が格段に低下する。
二匹目はもっと簡単に倒せた。
目の前の敵は一匹。
その向こうに、一番派手な格好をした小鬼が見える。
周りを見る余裕が出て来たのだろう。
更にその向こうも目に入ってくる。
こちらに向かってくる者達が。
小鬼達を切り伏せてくる人間達が。
終わりが近い事を感じた。
目の前の小鬼の剣を弾き、返す刀で相手の腕に斬りつける。
断ち切る事はできないが、骨に達するまで食い込んだ刃に血が伝う。
そのままなら確実に死に至るだろう。
更にそいつを蹴り体勢を崩す。
無防備な首筋に打ち込み更なる致命傷を与え、そいつを盾で払いのける。
倒れるそいつを踏み越えて、残った小鬼に向かっていく。
駆け出すトオルの勢いに相手はのまれたようだった。
既に周囲に逃げ道はない。
村からは人間が押し寄せ、周囲を包みつつある。
それが及んでないのは、突進してくる戦士のいる方向だけ。
戦士を凌ぐ事が出来れば、その先には誰もいない平原が続いている。
だが、戦士の一撃を避ける事が出来るかどうか。
この群れで最強であった者達を倒した者だ。
そいつをすり抜けて向こう側に行けるとは思えなかった。
呪術師も魔術の使いすぎで朦朧としている。
援護は望めない。
逃げようにも逃げ出せない中で群れを率いる小鬼は、トオルの攻撃を受ける。
手にした剣で何とか弾いたものの、続けて二撃目がやってくる。
三撃目、四撃目も同様に。
思った以上に鋭い一撃に対応できなくなっていく。
攻撃も盾で全部弾かれる。
攻めるに攻められない、守るにそれも難しい。
ついには、手にした剣を弾かれて地面に落としてしまう。
攻撃だけでなく、身を守る手段を失う。
そこに相手の太刀が振りおろされてくる。
逃げる余裕もない。
それが体に食い込んでいくのを、小鬼はただ感じるしかなかった。
すぐに訪れる死の瞬間まで。
一気に振りおろした刃が、肩から胸まで食い込んでいった。
肉と骨による抵抗を手に感じる。
相手が確実に死に至るであろう事を実感して、トオルは刃を引き抜いた。
小鬼がその場に崩れ落ちる。
拡がっていく血を見ながら、こいつがもう助からない事を感じた。
「兄貴!」
サトシ達も終わったようで、声をかけてくる。
目を向けると、呪術師のいた所に二人の姿があった。
足下に呪術師が倒れている。
そちらも始末が終わったのを見てほっとする。
他の小鬼もほとんどが倒されてるようだった。
こちらに向かってくる者達の姿も近い。
この戦いがもう終わりを迎えるのだと、それを見て思った。
「よう」
随分久しぶりに聞く声だった。
「元気そうだな」
そんなわけあるか、と思ったが声にはならなかった。
気が抜けたのか、全身が重い。
気持ちも口も動かすのが面倒だった。
そんなトオルにマサトは、「よくやったな」と言ってくれる。
ありがたくその言葉はいただく事にした。
「それはそれとして。
随分がんばったようだし、帰ったら風呂だな」
苦笑しながらの言葉に疑問を抱いたが、すぐにその意味を理解する。
小鬼の迎撃に向かってから今日まで、風呂には入ってない。
汗まみれ泥まみれの今、相当汚れがたまってる事だろう。
「…………そうだな」
そう言ってトオルも苦笑いを浮かべる。
自分は相当に汚い格好になってるだろう事を予想して。
「帰ったらそうするよ」
「ああ。
もうすぐで終わるから待っててくれ」
そういってマサトがその場を去っていく。
ほう、っと大きなため息を吐き出す。
周りに仲間が集まってくる。
「終わったんですか?」
サツキの問いかけに頷く。
「終わったみたいだよ、どうやら」
本当に終わってるのか、終わろうとしてるのか分からないがそう言った。
嘘でもそう思っていたかった。
それが事実であると確定するまで、あと二十分ほど必要とされた。
だが、言葉が覆る事はなかった。




