レベル106 思ったよりも手こずりそうな気がしてきました
暗がりの中は全く見通しがきかなかった。
動きを阻害する事はないが、見えないというのは思った以上に行動を妨げる。
目で見た景色を、目でとらえた『情報』を元に行動してるのだから当然だろう。
(そういや、目から得る情報って七割以上だったっけ)
どこで知ったのかは思い出せないが、前世のどこかでそんな話しを聞いた事がある。
五感と呼ばれる人間の感覚(見る、聞く、味わう、嗅ぐ、触れる)の中で、目で見る情報はそれらの七割を占めるという。
どうやってそれを検出したのか、それがどこまで正しいのかは分からない。
ただ、こうして目がふさがれてるに等しい状況にいると、それも正しいのかもと思えてくる。
足下の草の感触から、ここが草むらの中であるのは確かだと分かるが。
(見えないって、本当に不便だな)
こうなってみてよく分かる。
特段害がないと分かっていても、小鬼達が闇の中に入っていかなかった理由が。
突っ切ればすぐに向こう側に行けるのに、それをしようとしなかった理由が。
何も見えない中では、まっすぐに進む事もおぼつかない。
見えないというのは、それだけで大きな障害なのだと。
その目に再び景色がうつるようになるまで、トオルは生きた心地がしなかった。
ようやく闇を突っ切ったところで、足を止める。
大きさはたかだか十数メートル四方程度である。
なのに、何十メートルも何百メートルも足を動かした気分だった。
「…………あっ、サトシ、アツシ!
こっちだ、早く来い!」
まだ闇の中にいるだろう二人に声をかける。
その声に呼ばれたというわけでもないだろうが、すぐに二人は出てくる。
「やった……」
「あー、もう……」
トオルと同じく、その場で立ち止まって、周りを見渡す。
自分達が元の状態に戻った事を確かめたいのだろう。
「急げ、落ち着いてる暇はない」
冷たいとは思うが、そう言って二人を促す。
小鬼達がどうするかは分からないが、そのうち追いついてくるだろう。
じっとしてるわけにはいかない。
走り出す三人は先ほどとは違い、確かな足取りで前へとすすんでいった。
両手を大きく振ってるレンを見つけ、少しだけ安心してしまう。
こんな状況だから、仲間の姿を見ると気持ちが和んでいく。
「お待たせ」
サツキとレンにそう言うと、自分達の来た方向に目を向ける。
まだ闇は存在してるが、いずれそこから敵がやってくるかもしれない。
サツキとレンには、再び撤退の援護のために走ってもらわねばならなかった。
「それじゃ、行ってくれ」
短い返事をして、二人が走り出す。
トオルは弓を再び握って矢をつがえた。
相手がどれだけ本気か分からないが、やる気があるならあの闇を越えてくる。
それが狙いなので文句はないが、出来れば来て欲しくはない。
どっちになるか悩みながら、相手の出方を待つ。
(どう出てくるかな)
その瞬間を、じっと待つ。
今回、相手は少しばかり意欲を持っていたようだった。
闇の左右からあらわれてくる。
消したりせず、迂回するあたりに慎重と堅実さが感じられる。
闇を魔術で消せば消耗するし、突入して突っ切るとなると、上手く移動出来ない。
また、いきなり視界がはっきりすると戸惑う。
そうなると、周囲の様子を確かめるために足が止まる。
ほんの一瞬だが、その瞬間が一番無防備になる。
今しがた、トオル達がそうだった。
小鬼も、どうやら暗視能力があるわけではないようなので、人間と同じように戸惑う可能性がある。
そうならないようにという判断なのだろうか、小鬼達は一番無難な手段を選んできた。
(なんだかな)
今まで見てきた小鬼とは動きが違う。
大げさに驚くほど大した事はしてないが、多少はマシな行動をしてくる。
(やっぱり、指示を出してる奴がいるんだろうな)
呪術師なのか、他の誰かなのか。
今は分からないが、そういう者がいるだろうとは思えた。
だとしたら、今までのように簡単にはいくとは思えなかった。
ほんのちょっとした気遣いが出来るかどうかで、成果は変わってくる。
それが出来る奴がいるなら、そう簡単に撃退もできない。
(きつい夜になりそう……)
相手がどこまでやるかによるが、長い一夜になりそうだった。




