レベル103 やる事は分かってると思うけど、念のために確認をしておきましょう
小鬼達との距離はそれほど離れていたわけではなかった。
途中何度か休憩を入れたトオル達ですらも、夕方には追いつく事が出来た。
意外と近くにいて驚く。
何となく姿が見えてきたあたりで、踏み荒らされてない草の中に身を隠す。
そこからはゆっくりと近づいていく。
ある程度近くまで進み、そこでトオル達も足を止めた。
「このまま暗くなるのを待つ」
その場にいる仲間に説明をはじめる。
「近づいて、サツキの魔術で闇を出す。
群れの中に手当たり次第でいい。
視界を遮ったら、俺とサトシとアツシで切り込む。
レンとサツキは、そこから戻って援護の準備。
いいな?」
事前に決めていた事の再確認である。
「あっちの呪術師が出て来たら逃げる。
とりあえず、魔術で出した闇が消えたら要注意。
その時点ですぐに逃げろ」
状況にもよるだろうが無理をしてその場に留まる必要はない。
そもそも、呪術師やその他の手練れが出て来るまで待っている必要もない。
大事なのは、少しでも損害を与える事と、出来るだけ敵を引き寄せる事。
そのどちらも『可能な限り』という前提が付く。
この人数でやれる事は知れてるし、無理をしたらすぐに押し切られる。
そうなってしまうくらいなら、相手に少しばかりの手傷を負わせて逃げ出した方が良い。
与える損害はさほどでもないだろうが、相手に緊張を強いる事が出来る。
いやでも警戒をしなくてはならないとなれば、心身にかかる負担は大きくなる。
小鬼達にそんなものを感じる神経があるかは分からないが。
ただ、優先するのは、自分達の安全と生命。
敵に与える損害は、その次である。
「サツキは魔術の使える回数に気をつけて。
治療の魔術が何回か使えるだけの余裕は残しておいてくれ」
「はい」
「レンも、後退する時の援護だけ考えてくれればいい」
「はいよ」
「サトシとアツシは突っ込んでいく事になるから、無理だけはするな。
熱くなるだろうけど、ほどほどにしておけ。
俺が下がれと言ったら絶対に下がれ。
俺が言わなくても、危ないと思ったらすぐに逃げろ。
いいな?」
「分かってるって」
「うん」
「それじゃ…………」
そういってトオルは横になった。
「休憩だ。
さすがにもうちょっと暗くならないと」
夏も終わりに入ろうという時期だが、まだまだ陽は高い。
明るいので姿がよく見えてしまうし、何より暑い。
どうしても体力を消耗してしまう。
トオルやサトシのような脳みそ筋肉…………ではなく、体力派であってもかなりこたえている。
サツキに至っては、ここに来るまでにかなりへたばっている。
休みを入れないとまともに動くのもつらいだろう。
交代で見張りをたてる事にして、休憩に入る事にした。
それから数時間。
「そろそろだな」
あたりは既に暗い。
熱気も程よく去り、動きを妨げるほど体力を奪う事もない。
小鬼達から姿を隠すにも都合が良い。
草を揺らさないよう注意をしながら足を動かしていく。
一歩二歩と進んでは止まり、暫くしてからまた一歩二歩。
どうしたって草が揺れるをの止める事はできないので、停止をこまめに入れて気づかれないようにするしかない。
速度はどうしたって犠牲になるが、見つかるわけにはいかない。
見つからなければ引き寄せる事も出来ないが、数えるほどの敵を引き寄せても仕方がない。
命を大事にしつつ、小鬼達にそれなりの損害を与えておきたかった。
『こいつらを放置してたらまずい』と思わせるくらいに。
でなければ、わざわざ追いかけて倒そうとはしないだろう。
その為にも、出来るだけ多くの損害を与えておきたかった。
また、早々に見つかって飛び道具を持ち出されたくもなかった。
一斉に射撃を開始されたらたまらない。
近づく事も出来なくなるだろう。
そこで退いたら、相手に余裕を与えてしまいかねない。
接近させなければと考えてしまえば、無理して倒そうとは思わなくなるかもしれない。
それでも困る。
なるたけ頭に血を上らせたいので、出来るだけその可能性の高い事をする必要があった。
そんなこんなで群れの近くまで進んでいく。
距離にして二十メートルというところだろうか。
ここから先に進むとなると、どうしたって気づかれる可能性が高くなる。
「やるぞ」
皆に声をかける。
振り向いたトオルに、四人は黙って頷いた。
「サツキ、やってくれ」
「はい」
座ったままサツキは杖を前方に突き出す。
それから数秒くらいして、小鬼の群れの中に闇があらわれた。
夜の暗がりで目立ち難いが、数少ないかがり火の光が、それによって遮られている。
続けて二つ目、三つ目と闇があちこちに発生していく。
狙いをつけてやってるわけではないので、効率的に展開してるとは言えない。
それでも、もともと範囲が大きい魔術なのでそれほど困るものでもない。
あわせて七つほど十数メートル四方の闇の塊が発生した。
「こんなもんだな。
もういいぞ」
「はい」
サツキが魔術を停止する。
小鬼の群れでも異常に気づいた者達が出て来たようで、混乱が始まっている。
「それじゃ、レン。
サツキを連れていってくれ」
「うん。
みんな、無理しないでよ」
そう言ってレンとサツキは草むらから、小鬼達の通った跡へと向かっていく。
移動するならそちらの方が楽だからだ。
追跡されたら面倒になるが、トオル達が暴れてる間は追跡の危険は少ないはずだった。
そのトオル達は、既に群れの方へと向かっている。
「大丈夫かな、トオルさん達」
「さあね。
こればかりはどうなる事やら」
草をかきわけながら進む二人は、突入していく三人を案ずる。
「でも、何とかするでしょ。
トオルさんが無茶をするとは思えないし」
「だといいけど」
レンの言葉に少しばかり疑問を抱いた。
確かに普段のトオルは無茶をしない。
確実に倒せるモンスターを、より楽に倒せるよう工夫をして事にあたっていく。
しかし、小鬼の群れに対しては、結構無茶な事をやってるように思えた。
そうしないといけないのは分かるが、何となくトオルらしくもないように感じられる。
今も、たった三人で小鬼の群れに飛び込んでいってる。
(大丈夫かな)
らしくもない行動をしてるように思えてならなかった。
それが更なる無茶につながらなければと危惧を抱いてしまう。
だが、信じるしかない。
やるべき事をやって、トオル達が脱出してくる事を。




