レベル98 やるっきゃありません、こうなったら
「来たな」
ようやく見えてきた群れを見て声が漏れる。
思ったよりも遅いが、確実に村の方へと向かっている。
数百とおぼしき小鬼が、無秩序に並んで歩いてるのは、それなりの迫力があった。
トオルもそうだが、一緒にいるアツシ達など声すらあげられない。
「いくらなんでも、あれは……」
現実を直視した客観的な感想をアツシは口にしていく。
普通に考えればその通りだろう。
人並みの考えしか浮かばないトオルも、そこは否定しない。
「無理だな、ありゃあ」
止める事も倒す事も無理だろう。
トオル達と同レベルの人間が五十人くらいいればともかく、現状でどうにか出来る規模ではない。
現状、今のトオル達に出来る事は無い。
また、村も尋常ならざる被害を受けるだろう。
女子供と思われる小鬼達はともかく、それ以外のまともに動ける者達が戦闘に突入していったなら、結果は明らかだ。
これまでかなりの数の小鬼を倒してきたが、それでもまだ残ってる数は多い。
トオルもかなりの戦果をあげたのだが、相手の戦力を激減させるほどにはなってない。
「ねえ、あんなの相手に上手くいくの?」
問いかけに答えが出てこない。
考えてる事はあるが、上手くいくとは限らない。
失敗する可能性の方が高いだろう。
「さあなあ」
正直に答えた。
アツシ達の顔が青を通り越して真っ白になる。
「けどまあ、なんとかしようや」
どうやって、という部分を口にせず、トオルはそう呟いた。
小鬼達の群れは程なく足を止めた。
さすがに夜通し歩き続けるわけではないようだった。
腰を落ち着け、雨露をしのげる程度にテントを張っていく。
長居するつもりはないようで、建て方はそれほど堅固なものではない。
一晩持てばよい、という程度の考えなのであろう。
村に向かっている途中ならそれで十分だった。
その下に女子供を集め、男は周囲の警戒にあたっていく。
これまで何度も襲撃を受けたので警戒は怠らない。
それでも相手が自分達より数段強いのも理解している。
逃げずに戦おうという強い意志を持つ者はそれほど多くはなかった。
女子供や家族がいるのは確かだが、究極的においつめられれば自分の命を優先する。
それが小鬼というモンスターの基本的な心理である。
群れの周囲への警戒も、そんなわけでおっかなびっくりなものであった。
それだけに、周囲にむける注意は高まっていた。
敵が再び襲撃をかけてきた時、その犠牲になるのは自分かもしれない……そう思えば集中力は高まる。
ましてそれは、実際に起こった事だ。
生存本能が心身の能力を最大限に働かせていた。
森の中を伝い、可能な限り近くでその様子を観察する。
小鬼達が落ち着いた場所を確かめ、トオルは一端その場を切り上げる。
アツシ達を伴って拠点に戻り、皆を集める。
「やるぞ」
最初の一言で、居合わせた全員の顔が固まる。
さすがに恐怖は隠せない。
と同時に、決意も秘めている。
なすべき事をなそうとする想いがそこにあった。
「それで…………」
サトシが他の者達の代表的にたずねる。
「何をするんだ、兄貴」
遠巻きに見ていた巨大な群れを思い出し、あの数にどうやって対抗するのかを聞いていく。
よほどの秘策でもなければ、あんな数を相手に出来るわけがない。
「明日の朝一番で攻撃を仕掛ける」
トオルの答えはそれだった。
「あいつらも移動で疲れてるだろう。
早々に寝入ってる者もいるはずだ。
警戒にあたってるのもいるだろうけど、何時間もやってれば疲れてる。
そこを狙う」
理にかなってはいた。
納得はできる。
それでもやはり不安は残る。
「上手くいくの?」
サトシの疑問は当然であろう。
「やる」
答えは短くはっきりとしたものだった。
ただし、「出来る」でも「やれる」でもない。
「上手くいくかどうかじゃない。
成功させるんだ、俺達の力で」
それは勝ち目があるからやる、というものではない。
定かならざる結果を、自分達で決めるという願望だった。
だが、サトシはその言葉を否定は出来なかった。
「やるだけやるしかない。
出来なきゃ、村が襲われるだけだ」
それを避けるなら、どうにかして襲撃を成功させるしかない。
「と言っても、あいつらを全滅させる必要はない。
村に伝令も行ってるから、備えはしてるだろう。
俺達は、出来るだけ連中を足止めして、数を減らす事だ。
それ以上は求めなくていい」
それを聞いたサトシ達の表情がゆるむ。
求められてる事がそれほど過大でもないと思ったのだろう。
「だから、今日はもう寝よう。
見張りは立てておくけど、他はさっさと眠ってくれ。
なんならサツキの魔術を使ってでもだ」
そう言ってトオルは全員を寝床に放り込んだ。
(とは言ってもなあ)
実際には、襲撃に必要な労力や各自の努力は、これまで以上に跳ね上がると思っていた。
やり方はある程度考えてはいるが、上手くいくかは分からない。
多分に運と、各自の努力、今までに培ってきた連携などに頼る事になる。
それでも上手くいくかは分からない。
群れなす小鬼の全てを相手にする必要はないのは確かだが、それはあくまでトオルの都合である。
小鬼達がトオルに一斉に襲いかかってきたらどうする事もできない。
そこを上手く制御するのが作戦なのだろうが、そんなたいそうなものを考えつく頭はない。
(上手くいきゃあいいけど)
早速眠りについてるサトシ達を見ながら、トオルは小さくため息を吐いた。
続きを11:00に公開します。




