レベル95 危険に飛び込んで得たものに価値があるかどうかは分かりません
力量差があるのだから下手に慎重になる必要はない。
相手が準備をしてるならともかく、ほぼ同等の条件ならば仕掛けていけば良い。
トオル達がやってるように、溝としか呼べないような堀や、粗末な柵でも用いてれば違う。
その後ろに隠れ、弓や投石器で攻撃してくるなら違う。
相手が隊列をととのえ、効率的に動いているなら違う。
数が多いのは確かに問題だが、ただそれだけではそれ程大きな脅威とはなりにくい。
指揮官にあたる者はいるようだが、それほど動きに洗練されたところがあるわけでもない。
数だけに頼って動いてるなら、つけいる隙もある。
それに。
一太刀で倒せる程度の相手なら、強行突破も手段の一つになりえた。
過信は油断を、油断はしくじりを、しくじりは怪我を、怪我は死を招く。
トオルもそれは分かってるし、自分が調子に乗ってるのではと思っていた。
だが、何度かの戦闘で得た教訓と、目の前の小鬼達の動きからの推測が大胆な行動をとらせていく。
盾を前にかざして進むトオルに、小鬼達は及び腰になる。
それを見て予想はより確かなものとなっていく。
逃げ出しそうになる小鬼達だが、その後ろにいる者が何か叫ぶと足を止める。
おそらくそれが指揮官なのだろう。
小鬼達の社会がどうなってるのかは分からないが、不利となればすぐ逃げ出す小鬼達も上役には逆らわないようだ。
それだけしっかりした社会があるのか、はたまた厳然とした階級社会なのか。
小鬼は小鬼なりに、モンスターであっても何かしら役割や立場というのがあると思わせた。
刀を振るまでは。
相手がどんな形で動いているのか。
それには興味がある。
分かれば対処が出来るからだ。
だが、そんな調査をしてる場合でもない。
振りおろした刀が小鬼の肩口から胸を切り裂く。
切っ先の物打ち所と呼ばれる部分が数センチほど肉と骨を切り裂いた。
一番前にいた不運な一匹がそれで倒れる。
切り落とした刀はそこから向きを変えて横に振り払われていく。
縦斬り程の速度と威力はないが、広範囲にわたる攻撃は、トオルから見て右側にいた小鬼を襲った。
特に狙ったわけではない、そこにいる何かに、相手のどこかに当たれば良いというだけのものだ。
それでも切っ先は相手の肘の上辺りをとらえ、腕を半分ほど切った。
あふれ出る血液が、小鬼の生命力を体外に流出させていく。
手当が早ければ死なずにすむだろうが、右腕が今後使えるかは分からない。
とりあえず、今は武器を手にして攻撃する事は出来なくなった。
倒せなくても、戦闘不能になれば良い。
今、これで相手の戦力は二人分失われた。
ついでに、右にいる小鬼に切っ先を向けて牽制しておく。
左手からの攻撃は盾で防ぐ。
そうしながら前に出る。
倒した小鬼をまたぎ、先へと。
立ち止まってるわけにはいかない。
動きを止めれば、敵が襲いかかってくるかもしれない。
そうならないように、動いていかねばならなかった。
だから敵に向かっていく。
背を向けて逃げれば追いかけてくる。
倒してしまえば、それ以上の追跡はない。
それだけの力があるなら、立ち向かっていくのが最善の突破方法だった。
小鬼を更に三匹倒す。
それから逃げる。
小鬼も追ってくるが、待っていたレンがそれを牽制する。
その繰り返しを三回ほどやった所で、トオルとレンは目的とする場所まで辿りついた。
追跡の小鬼はもう十匹を下回っている。
見上げた根性だった。
そんな小鬼達に、黒い靄がかかる。
逃げるに逃げて、森の近くまでやってきた事で、待機していた仲間と合流が出来た。
サツキが魔術を用いて、小鬼を眠らせていく。
月明かりの下で、残った小鬼達の全てが眠りに落ち、出て来たサトシ達がとどめを刺した。
「おつかれ」
始末をつけたサトシの声に、トオルは作業がようやく終わった事を実感した。
森の中へと入っていくトオル達は、そこでも背後を気にしながらの撤退をしていった。
追跡してきた小鬼達は全て倒したはずなのだが、油断は出来ない。
もしかしたら、それらとは別に、追跡をしている者達がいるかもしれない。
あるいは、もっと別の手段でトオルの後を追っているかもしれない。
魔術的な手段を用いてる可能性もあった。
何がどうなるか分からないので、退却は慎重に行っていった。
(きつい……)
夜。
森の中。
灯りもない。
最悪の条件の中、足下に気をつけ、枝葉や蜘蛛の巣にまとわりつかれながら歩く。
これでモンスターも出たら最悪だった。
(やるべきじゃなかったかな)
戦果としてはかなりのものである。
十匹以上の小鬼は倒しただろう。
しかし、それにかけた労力と、終わったあとのこの苦難を考えると、割に合わない気もする。
せめて前後の作業がもう少し楽になるよう考えておくべきだった。
今更である。
(これで何の影響も無かったら最悪だ)
何かしら小鬼達の動きに変化があらわれるよう強く願った。
それも、トオル達にとって良い方向に。
変化が悪い方向に向かう事だってあるのだから。




