レベル91-1 帰り道は危険だらけで大変です
「レン、先に退いてくれ。
手順は来る前に説明したとおりだ」
「…………分かった」
少し躊躇いはあったが、レンは頷いて後ろの方へと向かっていく。
「…………無理しないで、すぐに逃げてきてよ」
「分かってるって」
振り向いて動き出す直前にレンにそう言って、矢を番える。
二匹の小鬼相手に結構使ったので、残りが少なくなってる。
それでも、ケチる事なく矢をつがえていった。
ここで矢を惜しんだら、その分生存確率を減らすことになる。
浪費や消費はともかく、投資をケチってはいけない。
見返りを失うことになる。
(ここである程度片付けておかないとな)
倒れた小鬼に駆け寄ろうとしてる一組に、トオルは鏃を向けていった。
時間に余裕があるわけではなかった。
駆け寄ってくる見回り達が声をあげることは十分ありえる。
そうなる前に、ある程度かたをつけねばならない。
矢を放つ。
当たったかどうかを確かめる前に矢をつがえる。
小鬼達が声を上げる。
かまわず矢を放つ。
群れの中にいた者達も気づきだした。
目の端にそんな動きがうつるも、矢をつがえる。
見回り達が矢の飛んできた方向を見定めようと周囲を見渡す。
草がトオルを隠してくれてるので、暫く動きを止めるか、とも思った。
結論が出る前に矢を放つ。
群れの中から他の小鬼が出てくる。
矢をつがえる。
見回りたちの一匹がトオルのいるあたりを指でしめす。
場所が見つかったわけではなそうだったが、飛んでくる方向から察したのだろう。
その一匹に矢を放つ。
さすがにそれで、大方の小鬼たちが矢の飛んできた場所を察したようだった。
手に棍棒などを持って、草むらにとびこんでいく。
矢をつがえつつ、その場に伏せる。
小鬼たちがトオルを見つけたかどうかは分からない。
それでも、その場に伏せて様子を見る。
小鬼がトオルを見つけていたなら何の意味もない。
すぐに殺到してきて、トオルを囲むだろう。
だが、単に矢の飛んできた方向から推測して飛び込んできたのならば。
トオルを探すためにこのあたりを徘徊するはずだった。
そうであれば、下手に動くほうがよっぽど危険である。
逃げ出せば、その後を追われることになる。
むしろ、その場に潜んで動かず、しばらく息を潜めているほうが安全であろう。
どちらになるかは賭けだった。
弓に矢をつがえながら右手を離し、狩猟刀を抜いていく。
出来れば剣のほうを抜いておきたかった。
だが、伏せた状態ではそれも難しい。
武器としては心もとないが、今は手軽に抜けた狩猟刀のほうを頼るしかない。
(そういや……)
ふと、思い出す。
(これ、モンスター退治に出る前に買ったんだよな)
思えば随分と前の事となっている。
使う機会がそれほど無かったので、マシェットのように買い換えもしなかった。
かさばるほど大きくも重くもないので、当たり前のように持ち歩いている。
これに頼る事などほとんど無かったが、あれば余裕を持てた。
主に使ってる武器が駄目になっても、まだこれがある……そう思えたので。
(もうちょっとだけ頼むぜ)
握った小刀にそう語りかけながら、周囲の様子を伺った。
幸いなことに小鬼たちはトオルの居所を見つけたわけではなかった。
矢の飛んできたあたりに入り込み、しらみつぶしに探しているだけである。
その間をぬって、トオルは少しずつ移動をしていく。
急ぐ必要は無い。
草をゆらさないよう注意をしながら、動いていく。
(この調子なら、少しゆれても大丈夫かもしれんけど)
かがんだまま移動していくなら、敵を探してる小鬼の一匹に誤解してくれるかもしれない。
そんな期待すら抱いてしまう。
さすがに実行はしなかったが。
それでも、見つからずに済む、というわけにはいかない。
本当に目と鼻の先、というほどに接近してしまう事もあった。
その度に背筋が凍りそうになった。
相手が気づいてないのを幸いに、文字通り息を止めてやりすごしていった。
それも無理なときは、背後から接近して狩猟刀で急所を貫いた。
互いの姿がよく見えないらしく、一匹、また一匹と仲間が倒れていくのに小鬼達は気づかないようだった。
そんな調子でゆっくりと確実にその場から離脱しようとしていた。
そうは問屋がおろしてくれなかったが。
「ぎゅあああああああああ!」
すぐ近くで放たれた叫び声に驚いた。
何事かとそちらを向けば、小鬼が指でトオルのほうを示している。
見つかったことを悟ると、矢を番えたままの弓を構えて、そいつに向ける。
狙いを定める間もなく放った矢は、草をかきわけて小鬼をとらえた。
あてずっぽうで放った割には上手く当たり、小鬼の鳩尾のあたりに矢が立った。
後ずさりしながら倒れていく小鬼をよそに、トオルはその場から小走りに駆け出していく。
まだ腰はかがめたまま、しかし草を揺らして。
それがどれだけ周りの小鬼の目や耳にとらえられたかは分からない。
しかし、既に見つかっている。
まだ全員に気づかれたわけではないにしても、先ほどより危険は増している。
今はその場から少しでも離れることが優先だった。
今日も14:00に続きを出します。




