Story-7 『告白奮闘記』
今日僕、酒井潤は好きな女の子に告白することを決めた。その告白する相手というのは――。
「おはよ~、ジュン~」
「お、おはよう冴子」
幼稚園の頃からの幼馴染で、隣の家に住んでいる小林冴子である。
彼女の事を好きになったのは小学校低学年の頃。理由は特に分からない、おそらくドラマやアニメなどでよく見る、『気付いたら好きになっていた』というものだ。
ならどうして高校生になるまでそのことを言わないでいたのか。ただ単に、僕が意気地なしだっただけだ。強いて言うなら、冴子が容姿端麗であるが故、自分に対しての自信を喪失してしまうから。
肩まで伸びたサラサラの髪、整った顔立ち、女の子を意識させる体つき。そして、口調から見てとれるおっとりした性格。
彼女を見て、かわいいと思わない男はいないだろう。
そんな冴子と幼馴染という関係を持っているだけでも僕は結構幸せだと思う。でもその関係があったから、今の今まで、僕は告白することに焦りを覚えなかったのかもしれない。
だからこそ、僕は今日告白をする。十年以上続いた片想いから脱却する。そのために、鏡の前で何度も告白の台詞を言えるよう練習もした。思いつく限りの対処法も用意した。
結果は想定済み、おそらく失敗するだろう。理由はさっきの通り、僕では冴子の彼氏には到底釣り合わないから。
言わなければ傷つかずに済むかもしれない。言わなければ、今まで通りの関係を続けられるかもしれない。だけど、このまま想いを伝えないまま高校生活を卒業するのは……さすがにいけないと思う。
そう、この告白する行為は、自分を成長させるための勉強なんだ。言いたいことをはっきり言えるようになれば、この先会社に勤める時にも有利になる。
「そうだ、きっとそうだ」
「さっきから、何難しい顔してるの~? ジュン」
「あ、いや、何でもないよ」
「そお? はい、今日はオレンジ味をあげるね~」
「あ、ありがとう」
もらった飴玉を口に放り込む。
飴玉は冴子の大好物だ。特に大きくて、カラフルな色のものがお気に入り。今僕にくれた飴玉も、たくさんの色と味の種類があるものだ。朝一緒に登校する時は必ずといっていいほど僕に分けてくれる。
別に嫌いではないけれど、何しろサイズが大きいから学校に着くまでに食べ終わらないんだ。でも、もらってすぐに口に入れないと冴子は悲しい顔をするから……何が言いたいか、僕は冴子に甘いということだ。この飴玉くらいに……。
――そんな飴玉が好きな幼馴染に、僕は今日告白をする。これは決定事項だ。……どうして何度も同じことを繰り返しているか、それは、こうしないとまた言わずじまいに終わってしまいそうだから。
「ちゃんと言うんだぞ? 酒井準」
「何か今日のジュンはちょっとおかしいね~」
「いや、そんなことないよ」
「んん~、そうかな~」
口をリスみたいに膨らませた僕たち二人は、いつものように並んで学校に向かった。
――そして放課後、僕は屋上で冴子のことを待つ。
もうかれこれ数十分程、深呼吸をしながら待っている。別に冴子が呼び出しの時間に遅れているわけではない。僕が勝手に早めの行動を取っただけだ。
正直に言えば、僕は口で冴子を呼び出したわけじゃないんだ。臆病な僕は、冴子を前に「ちょっと大事な話があるんだ」と言い出すことができなかった。そんな女々しい僕が冴子を呼び出すために取った行動、それは下駄箱の中にこっそりメモ書きを入れること。
全く、自分の意気地のなさには感服だ。そんな呼び出しの言葉すら言えなかった男がこれから想いの丈をぶつけるというんだから尚更だ。「大事な話があるんだ」、その一言が言えないような僕に、「好きです」の四文字を言い切ることはできるんだろうか?
考えれば考える程不安が募る。どうせ振られることが分かっているのだから気楽に言えばいいのかもしれないけど……。
「うう、怖いな」
「……何が怖いの~?」
「うわあっ!? だ、誰?」
「呼び出しておいてそれはないんじゃないの~? ジュン~」
「あ……冴子……」
一体いつから居たんだろうか? 気付けば冴子は僕の目の前に立っていた。
「いつの間に、来てたの?」
「さっきからベンチに座って待ってたんだよ~? でも、来る気配がないからどうしたんだろう~って思って辺り見渡したら、ジュンが入口付近で立ってるのを見つけてさ、だから、こうして歩み寄ってきたんだよ~」
「じゃあ、さっきから居たんだね」
「そういうことになるね~」
「……というか、僕が呼び出したってこと知ってるんだね」
「分からないわけないよ~、ジュンの字体は特徴的だからね~」
僕の予想では、ここは呼び出した人間が僕だったのかと驚くはずだったんだけど……僕が冴子の事を色々知ってるように、冴子も僕の事を色々知っているようだ。その事実は、僕の心を少し励ましてくれた。
……想定外の冴子の原動だったけど、何とかカバーはできそうだ。
「ジュンが今日そわそわしてた理由はこれだったんだね~、そんな君にはイチゴ味を上げるね~」
「あ、ごめん冴子。用件が終わったらもらうから、今はちょっと……いいや」
「え~? そうなの~?」
冴子はちょっと寂しそうな顔をして、今僕に上げようとした飴玉を自分の口に放り込んだ。
「それで~? 用件っていうのは何なの~?」
「うん……」
いよいよだ、いよいよ僕は……告白をするんだ。心臓のビートは一気にハイテンポになり、今にも飛び出してきそうだ。
「えっと、その……」
さあ、言うんだ僕。勇気を持って、何度も練習を繰り返してきたあの言葉を。それを言えば、全てが楽になる。
そして、ついに――。
「前から、冴子のことが好きでした」
「…………」
言えた、言い切ることができた。何年も胸に止めていた想いを、ようやく解き放つことができた。まるでマラソンを走り終えたような達成感が、僕の中でふつふつと湧き起こっていた。
これでもう、昔の僕とはおさらばだ。言いたいことをちゃんと言える僕に成長した。もう思い残すことはない。
明日から、冴子とはいつものように登校することはできなくなるかもしれないな。でも、僕たちが幼馴染だったことに変わりはない。冴子との思い出は僕の中にずっと生き続ける。寂しくなったら、時々思い出せばいいだろう。ありがとう冴子、こんな僕にずっと構ってくれて。さあ、僕の事は盛大に振ってくれていいよ。
「――ようやく、言ってくれたね~」
「……え?」
「もう~、このままずっと言ってくれないかと思ってたよ~私~」
「冴子?」
「――知ってたよ~、ジュンの気持ちのことは始めから知ってたよ」
「知ってた? 僕の、気持ちを?」
「うん、小学校の頃からずっと~」
「そう、だったんだ」
「うん」
なるほど、さすが幼馴染だけのことはある。そんなところまで僕のことを分かってくれてたわけだ。それだけでもう、僕は幸せだ。
「ありがとう。じゃあ、僕はこれで」
僕は冴子の前を立ち去ろうとした。この後に続く台詞は想定していたから。でも――。
「ちょっと~、何処に行くの~?」
冴子が、そうはさせてくれなかった。
「まだ話は終わってないでしょ~?」
「いや、終わったよ」
「終わってないわよ~、私の答えを聞かないで帰るの~?」
「だって、答えなんて決まってるじゃないか」
「またそうやってすぐ決めつけて~。そういうのよくないよ~」
「…………」
決めつけるのはよくないと言われても……この後に続く冴子の言葉はもう決定してるじゃないか? 知っていたけど黙っていた、それはつまり、そうはなりたくなかったということだろう。
だから、引き留める理由なんてどこにもないはずなのに。
「話の続きね~。……ジュンは、私とどうなりたいの~?」
「ど、どうって?」
「私と、どういう関係になりたいの~?」
「え? そ、それは……」
「ちなみに私は~、ジュンの彼女になれたらな~って思うよ?」
「っ!?」
今、冴子は何と言ったんだ? 僕の彼女になれたらと……そう言ったのか? 僕の頭が勝手にそう解釈しただけなんじゃないのか?
……僕が何百回とシミュレーションした今日の告白の中には、今の言葉は存在していない。
「嘘、じゃないの? それは」
あまりに現実味のない言葉に、僕はそんなことを聞き返していた。
「うん、本当だよ~」
だけど冴子は、飴玉を舐めながら笑ってそう返した。
「ジュンは鈍感だから気付いてないかもしれないけど、私もジュンと同じくらいの頃から、ジュンのことが好きだったんだよ~? 本当は私のほうから言おうかっても思ってたんだけど、やっぱり女の子に生まれたからには好きな人からの告白は受けてみたいじゃない~? だから、ジュンが言ってくれるまで根気強く待ってたんだ~」
「…………」
「好きになったきっかけは飴玉だよ。ジュンは覚えてないかもしれないけど、小学校低学年の頃、体育の授業の時転んで怪我をした私にジュンはそっと飴玉を渡してくれたんだ~。これあげるから泣きやんでってね~。その時に『ああ、ジュンはやっぱり優しくて一緒にいて安心するな~』って思うようになったの~。ちなみに、今私が頬張ってる飴玉はその時にジュンがくれたシリーズのものなんだ~」
「じゃ、じゃあ冴子が飴玉を好きになったのは……」
「そっ、ジュンの影響を受けたからだよ~」
「…………」
「ね~? だから言ったでしょう~? 勝手に決めつけるのはよくないって~。自分の想像と現実って、意外と違うものなんだよ~」
ということは、つまり僕たちは――。
「改めて聞くよ~? ジュンは、私とどうなりたいの~?」
「ぼ、僕は――」
言うことができないと思っていたそのフレーズを、何とか絞り出し、言葉にした。
「――これからは、幼馴染以外の関係が私たちにプラスされるんだね~」
いつもと変わらぬテンションで、冴子はそう言った。
――どうやら僕は、まだまだ、まだまだ成長することはできないらしい。だけど、今回の件である事を学ぶことができた。それは、自分の想定できる範囲というものはとても狭いということ。
僕は、今日の告白で起こりうる全てのパートを網羅してきたつもりだった。だけど、そのどれもこれもが予想に反していて、極めつけに「実は両想いだった」という結論にまで至った。
きっとこれからも、僕は予想し得ない未来の中を生きていくことになる。だけど、予想できないからこそ、未来はおもしろいと言えるかもしれない。
「はい、飴玉~。今度はもらってくれるでしょう~?」
「うん、ありがとう冴子」
「うふふ、その飴玉、何味か分かる~?」
「?」
「甘酸っぱい、恋のいちご味だよ~。……ふふ、なんちゃってね」
――想定外に続くことになった幼馴染との関係に、想定外にプラスされた彼女というカテゴリー。
今から僕は、それを満足に楽しんでいけるのだろうか?
――考えるだけ無駄だろう。何しろ、未来に想定なんてものは役立たないのだから。
END
リア充……爆発しろ(゜o゜)