Story-8 『星の砂に願いを』
「それでは、お邪魔させてもらいましょうか」
「はい……」
陽子の言葉に、少々緊張した声色で答えるクマの人形。
*
すぐ右を向けば、マリンブルーの海と涼しげな潮風が陽子を迎えてくれた。海を訪れることが少ない陽子にとって、本物の波の音というのは結構新鮮だった。小豆を転がす音で再現されたりするけど、実際に聴いてみるとかなりの違いがある。
何もないのであれば、このままちょっと散歩や観光施設を回りたいところなのだが……まずは依頼を完了するのが先だ。
早速、探索を始めるとしよう。探索場所は――すぐ右にある。
「すぐに見つかったりしないかしら」
分かっている、そんな簡単に見つからないことは。ただ、この広い海沿いの景色を見てしまうと、どうしてもそう思ってしまう。 海沿いを散歩するだけなら喜んでやるのだが、それに探索という言葉がくっついてしまうとやる気の三文字が羽を広げて飛んで行ってしまう。
不満を垂れても事は進まない。早いとこ、その動物の人形とやらを見つけて――
「……ん?」
目線の先で、何か物体が動いている。あれって、もしかして――。
「……ラッキー」
ちょっと、神様を見直した陽子だった。それはそうだ、二時間はかかると予想していた探索が、わずか5秒で終了したのだから。住民は気味悪がって避けていたそれに、陽子は躊躇することなく近づいていく。
近くで見てみると、そこまで気持ち悪くはない。どこにでもありそうな普通のクマの人形だ。首がないとか、片手がないとかそういうわけでもない。一つ違うのは……海水に濡れて色が変わっているくらい。陽子は気付かない程度の距離を保ち、その様子を拝見してみることにした。
……どうやら波打ち際で何かを探しているようだ。何を探しているかまでは分からないが、砂を手に取り、じっと眺めていることは確認できる。
見たところ、放っておいても無害そうな感じはする。だけど、人形が動いてることは三次元では有り得てはならないことだ。……そろそろ話しかけよう。陽子は人形に近づき、そして話しかけた。
「何を、探しているんですか?」
「え?」
驚いた声を上げ、クマはこちらを振り向く。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「何を探しているんですか?」
もう一度同じ質問を投げかける。
「変わった人ですね。あなたは怖くないんですか? 私のこと」
「はい、全く」
見たところ子供向けに作られたフォルムをしている。恐怖の「き」の字も見当たらない。
「そ、そうですか……」
淡々と話す陽子に、クマ人形のほうが動揺しているようだ。
「そろそろ、質問に答えてもらえませんか?」
「は、はい。すいません……私は今、星の砂を探しているところなんです」
「星の砂?」
「はい、ご存知ありませんか?」
「いえ、知ってます」
星の砂というのは星の形をした砂状の堆積物または生物のことで砂とついてはいるが実際は砂ではない。実物を見たことはないが、画像なら見たことはある。
「どうしてそんなものを探しているんですか?」
「ちょっと……プレゼントしてあげたい子がいるんです」
「プレゼント?」
「はい。……私の、子供です」
「……話してみてください」
クマ人形はしゃべっていいのか悩んでいたが、陽子のまとっている空気と、全く怖がらず自分に話しかけてきたという事実に普通の女性と違うものを感じ取ったのか、クマ人形はゆっくりと経緯を話し始めた。
……………………。
「なるほど、理解しました」
「……そんな簡単に信じてくれるんですね」
「嘘は言ってないんですよね? じゃあ、信じるしかありません」
「は、はあ……普通、私みたいなのを見たら驚くのが普通だと思うんですけど……どうして、そんな涼しい顔をしてられるんですか?」
「まあ、強いて言うなら慣れてるからです」
「な、なるほど……」
真顔で言い切る陽子の言葉を、クマ人形は信じるしかなかった。
「それより、早く探しましょう。日が暮れてしまいます」
「あ、そうでした……って、手伝ってくれるんですか?」
「ええ、そうですけど」
「い、いいんですか?」
「そのために経緯を聞いたんです。手伝うのが筋というものではないですか? 二人で探したほうが効率もいいです。違いますか?」
「それは、そうですけど……」
「じゃあ、早いところ見つけましょう。暗くなる前に済ませないと」
「……ありがとうございます。えっと――」
「陽子です」
「ありがとう、陽子さん」
――それから陽子は、クマ人形と星の砂の探索を始めた。これが意外と大変な作業で、小さな粒子に目を凝らすから目がチカチカしてしょうがなかった。それでも、慣れてくると次第に判別できるようになり、採取するペースも少しずつ上がっていった。ちゃんとした形の星の砂はとても綺麗でかわいく、いつまでも鑑賞していたい気持ちになる。
欲しがる気持ちも、何となく分かる。
相変わらずクマ人形は海水に濡れることを一切気にせず、黙々と星の砂を探り、バケツに入れていく。手慣れた様子を見る辺り、星の砂は探し慣れているようだ。この分なら、日没までにはそれなりの量が溜まるだろう。
*
見事、小瓶いっぱいの星の砂を採取することに成功した。
「ありがとうございます、陽子さん」
「いえ、問題ありません」
そう、これで終了ではないのだ。むしろ本番はここからだ。
「早いところ、それを届けてあげないといけませんね」
「はい」
「自分の家は、覚えていますか?」
「はい、記憶にあります」
「なら、早速行きましょう。案内してください」
陽子はクマ人形をタオルで包み、小脇に抱えた。タオルで包んだのは……自分の服が濡れないようにだ。
「……本当に、ありがとうございます」
陽子はクマ人形の指示通りに見知らぬ町を歩いた。
……………………。
「――ここですか?」
「はい、間違いありません」
「それでは、お邪魔させてもらいましょう」
「はい……」
クマ人形は緊張した様子で、自分の家のインターホンを押した。
「はい」
「あ、カズくん? 私、由実です」
「え? 由実って……」
「あなたの妻の、由実です」
「なっ!? そんな、まさか……!」
インターホンが切れると、家の中でバタバタ音がした。そして、一人の男性が勢いよくドアを開いた。
「た、ただいま……ごめんねこんな姿で」
「ほ、本当に来たのか、お前」
「だって、約束したもの。当然よ」
「お前って奴は……」
陽子は、主人と思われる男性に軽く会釈をした。
「それより……仁は中にいる?」
「ああ、もちろん。ついてきてくれ……さあ、こちらにどうぞ」
陽子はクマ人形を手から離し、男性の後ろをついていく。そこには……元気のない一人の男の子の姿があった。
「パパ……え? 何? どうしてこの人形、一人で歩いて――」
「仁……元気にしてた?」
「え? その声……ひょっとして――」
「ええ、あなたのママよ」
「ママ……本当に、僕のママ?」
「ええ、こんな姿だけど、あなたは間違いなく私の子供よ」
「ママ……ぐす……えっぐ……」
子供はクマ人形の前に膝をつき、泣き出してしまった。
――数日前、この子のお母さんが不慮の事故で亡くなった。愛する我が子を必死に守った結果、自らの命を犠牲にすることになってしまった。
その正体が――この、クマ人形である。病院に運ばれ、薄れゆく意識の中で、母親は子供に約束した。「必ず、もう一度会いに行くから」と。その強い意志が、現在の状況を作り出したのだ。
「ごめんなさい……ママ、僕のせいで……」
「何言ってるのよ。ママは、あなたを助けることができてとっても幸せだったのよ」
「でも……ぐす……でも……」
「仁、悲しまないで。ママ、あなたが悲しむ姿なんて見たくないの。あなたには、いつだって笑っていてほしいの。大丈夫、ママはいつでも、あなたの心の中に生きてるから。だから、泣かないで」
「ぐす……ママ……」
「はい、コレ」
母親は、そう言って先程二人で採取した星の砂を渡した。
「これって……」
「そう、あなたの大好きな星の砂よ」
「そんな、どうして……」
「もちろん、仁と約束したからよ」
――その日、母親と子供は二人で星の砂を探しに来てたらしい。家族全員、星の砂が好きだったらしく、休日はよく波打ち際を探索していたらしい。まだ幼い故、子供は上手く見つけることができず、なかなか瓶をいっぱいにするほどの量を手に入れることができなかった。だから、母親は約束した。瓶いっぱいの星の砂をプレゼントするからと。我が子に宝物をプレゼントしようと。だから今、実現できなかった約束を果たしに、こうして来ているんだ。
「受け取ってくれるかしら?」
「僕の、ために?」
「ええ。これが、今のママにできる精一杯。ごめんね、ずっと側にいてあげたいけど、ママはそろそろ行かなきゃいけないの」
「…………」
「言ったでしょう? ママはいつでも心の中にいるって。だから、負けないで? 男の子でしょう? ママの分まで、しっかり生きるの。約束して?」
「ママ……ごめんなさい。そして、ありがとう。僕、ママがママで本当によかった」
「私も、あなたみたいな子を授かれて本当に幸せだった。じゃあ、またね? ――カズくん、仁のこと頼んだよ?」
「ああ、立派に育ててみせる」
「それから――陽子さん、色々と手伝っていただいてありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「いいんです、これが、私の仕事ですから」
「ふふ――じゃあね、二人とも。私の分まで、長生きしてね」
…………。
「――成仏されました」
「本当に、ありがとうございました」
父親はそう言って陽子に頭を垂れた。
「これでこの子も、ちゃんと生きていけそうです」
「お姉ちゃん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
ずっと真面目な顔をしていた陽子の顔がふっと緩んだ瞬間だった。
今まで自分の体質を好きとは思えず過ごしていたけど、こういう暖かな体験をすることができるのなら、この体質も悪くはないかな、と思う陽子だった。
――星の砂、帰りにまた探していこうっと。
END
星の砂ほしいな……
から作った物語でした(笑)




