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第8夜

 午後の練習が終わり、ミヤコは淑子と並んで、自由練習コートのネットを吊るしているワイヤーを緩めていた。他のメンバーたちも、ボールをケースに集めたり、コートの土をトンボで均したりと、後片付けに勤しんでいる。


「練習前に誰かと話してたみたいだけど、知り合い?」


 淑子の問いかけに、ミヤコはクランクを回していた手を止めた。そのまま、身じろぎもせず前を向く。


「あたしって、今まで随分と小さな世界の中で生きてきたのかもしれない」

「ん?」

「だって、あたしの知ってる人って言ったら、サークルの仲間たちとか、以前同じクラスだった子とか、そんな程度なわけじゃない? それって狭いよね」

「みんな、そんなもんなんじゃないの?」

「でも、世の中にはそうじゃない人たちもいるのよ。見知らぬ土地に行って、いろんな人と知り合って。全国各地に友だちができるの。それって、素敵だと思わない?」

「まあ、そう言われれば、そうかな」

「あたしもそんな人になりたい。なれるかな?」

「さあ。先輩たちにでも訊いてみれば?」


 しばらく口に手を当てて考え込んでいたミヤコは、何を思いついたのか、ハッとして急に淑子に向き直った。真顔だった。


「そうね。そうする」


 クランクを淑子に預けると、ミヤコはいきなり奥のコートに向かって駆け出した。声をかける間もなく、淑子は唖然として後姿を見送った。




 時刻は夕方になったものの、太陽はまだ西の空に高い。ツヤカたちは今度は一人一台の自転車で乗りつけた。いったん民宿に戻った際に、あたしらは使わんから全部持ってってええよ、とおばさんに言ってもらえたのだ。しかし、張り切って来たのにテニスコートには誰もいない。


「あれ? もう終わっちゃったかな?」

「日没までには、まだだいぶ時間があると思うが」

「暑過ぎて、早めに切り上げちゃったんじゃないの?」


 並んで金網にへばりついていると、背中から弾んだ声に呼びかけられた。


「お待たせっ」


 ミヤコは練習時とは打って変わって、水色のTシャツにミントグリーンのホットパンツという爽やかな出で立ちだった。すらりと伸びた太ももが、うっすらとピンクに染まっている。


「ねえ、あたしも連れてってくれない?」


 右肩に小ぶりのリュックを背負っている。


「一日だけでいいから、旅芸人の仲間に入れてくれないかな? みんなの話を聞いているうちに、あたしも混ざりたくなったのよ」


 思いもよらない申し出にツヤカたちは顔を見合わせた。こんな展開はさすがに予想していない。


「どうする?」


 まいったなと言わんばかりにツヤカが片手で前髪を掻き上げる。


「俺たちはそりゃ、構わないけどさ」

「困るとすれば、居候が増える民宿だよな」

「でも、三人も四人も大差ないぜ」

「あそこのおばさん、長く生きてるだけあって、何かと太っ腹じゃないか?」

「自転車も貸してくれたしな」

「そうそう」


 話の流れが望ましい方向に傾いていくのを察知し、ミヤコは嬉しそうな顔で両手を合わせた。


「じゃあ、連れてってくれるのね」


 十分後、ミヤコは涼しい顔でツヤカの自転車の荷台に腰掛けていた。真っ直ぐな黒髪が風になびいている。


「それにしても、妙な展開になったな」

「いいじゃん。多い方が楽しいじゃん」


 前を行くイケがそう言って後ろを振り返る。


「ねえ、ミヤコちゃん」


 最後尾を走っていたアジポンが並走してくる。


「合宿の方はよかったの? 勝手に抜け出してきたりして」

「近くに住んでる親戚に呼ばれたって、キャプテンに言ってきた」

「へぇ、ミヤコちゃんの親戚、この辺に住んでるんだ?」

「誰も住んでないわよぉ」


 おどけた口調で答える。


 自分がいつもより饒舌になっていることにミヤコは気づいていた。なぜだろう。彼らの前では不思議と言葉が口をついて出る。


 子供の頃から、どちらかというと人見知りなタイプだった。誰とでも軽口を叩けるような性格ではない。グループで集まると、ミヤコは常に「その他大勢」の中の一人だった。それなのに、今は自然と口からこぼれるように言葉が出てくる。風が言葉を運んでくる。


「ところで、どこに向かってるの?」

「街を目指す」


 ミヤコの問いかけに、ツヤカが西部劇のガンマンのような声色で返す。そこにアジポンがハードボイルドな語りを重ねる。


「獲物は?」

「こんにゃくとトマトジュース」


 ミヤコはつい吹き出してしまった。からだを捻ったせいで、自転車が大きくバランスを崩す。


「わわっ、危ない。ちょっと、もう、急に動かないでよ」

「だってぇ」


 ミヤコは大きく背中を揺らしながら笑いを堪える。


 駅に近づくにつれ、少しずつ人の姿を見かけるようになってきた。気温もだいぶ和らぎ始めている。外出するにはちょうど良い頃合いなのだろう。


「花火も珍しそうなの、一杯買っといた方がいいんじゃねえか?」

「わあ、花火やるの? あたし、昔から好きだったんだ。買いに行くなら選ばせて」

「うん、いいよ。なんたって、ミヤコちゃんは花火のような娘だから」

「はい?」


 イケの無邪気な物言いに、ミヤコは一転して複雑な表情になった。やだ、あたしって、そんなに弾けてるキャラだと思われてるのかしら?

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