第13夜
翌朝、居候部屋として割り当てられている納戸で、ツヤカは一人布団に臥せっていた。両脇でアジポンとイケが難しい顔をしながらしゃがみ込んでいる。見方によっては横綱の土俵入りの際に侍る太刀持ちと露払いのようだが、もちろんそうではない。当然、阿吽でも狛犬でもない。
「言わんこっちゃない」
「カッコいいとこ見せようとするから」
「年寄りはこれだから困る」
「おじいさん、からだと相談しなきゃ」
「豚もおだてりゃ木に登る」
「ヘルニアおだてりゃ人背負う」
文字通りの上から目線で二人は冷たく突き放した。そう、ツヤカはぎっくり腰になってしまったのだ。ミヤコを背負ったことが原因であることは誰の目にも明らかだった。
「だって、ミヤコちゃん、捻挫してたんだぞ。そんなに言うんだったら、おまえらがおぶってやりゃよかったんだ」
「おまえ、ミヤコちゃんの面倒は俺が見るって顔してたじゃないか」
「宿まで送ろうか、なんて言っちゃって」
「そうですか、そうですか。そりゃ、悪うござんしたね」
ふてくされたツヤカはそっぽを向こうとするが、腰が痛くて寝返りも打てない。
「おかげさまで、今日の仕事は二人でやんなくちゃならなくなったぜ。商売繁盛、この上ないな。ああ、忙しい、忙しい」
捨て台詞のように言ってアジポンとイケは席を立った。襖を閉めるピシリという音も、どこかとげとげしく聞こえた。
仰向けのまま天井を見つめる。背中には今も熱いミヤコの感触が残っていた。あの時は特に意識していなかったが、きっと心のどこかでミヤコは誰にも渡さないと思っていたのだろう。アジポンとイケも薄々察知していたに違いない。そういう奴らだ。
つつ、と襖が動いたのに気づいて、ツヤカは首だけを音のする方向に傾けた。わずかに空いた隙間から女の子が顔を覗かせている。
「だいじょうぶ?」
みゆきは心配そうな声で訊いた。
「大丈夫だよ」
ツヤカは努めて穏やかに答えたが、腰には激痛が走っている。
「どうくつたんけんとか、虫とりとか、行ける?」
「ごめん。それは行けそうにない。お兄ちゃん、怪我しちゃったんだ」
「そうなんだ」
みゆきは気が抜けたように、わかりやすく肩を落とす。
「でも、ありがとう。心配してくれて」
次の言葉をかけようかどうしようか、みゆきは迷っている様子だったが、突然プイっと後ろを向いて襖も閉めずに走り去ってしまった。
「イデデ」
転がったり肘を梃にしたり、いろいろと難儀の末、ようやくツヤカは上体を起こした。
山々の濃い緑色が刺さるように目に飛び込んでくる。開け放した窓の縁にもたれて外を眺めていたミヤコは、たまらず眉間を指で押さえ、畳の上に寝転がった。
「どうしたの? なんだか元気ないじゃない? 朝ごはんもあまり食べてなかったみたいだし」
パタパタと団扇を動かしながら淑子が訊く。
「そんなことないよ」
「浦里センパイと喧嘩でもしたの?」
無視するかのように、うつ伏せたままのミヤコ。
「ねえ」
「もう、そんなんじゃないんだってば」
めんどくさそうに吐いて捨てると、ミヤコは難儀そうに腕や脚を伸ばした。中途半端にガニ股になった姿勢がいかにも無様で、まるで踏まれたカエルのようだと思ったが、淑子はそれ以上何も言わないでおいた。
大広間ではイケが一人で朝食の後片付けをしていた。食器を重ね、厨房へと運ぶ。布巾でテーブルの上を拭く。それらの作業を黙々とこなしている。
アジポンは中庭に出て、砂利に水を撒いていた。ホースの先につないだシャワーヘッドから吹き出す水滴が、空中に一瞬の虹を描く。大広間の柱にもたれ、ツヤカは虚ろな表情でそれを眺めていた。
水栓のところまで戻ってきたアジポンが蛇口を捻って水を止める。
「なあ、ツヤカ」
話しかけておきながら、アジポンはツヤカに目を向けようとはしなかった。
「おまえがいつも言ってる、いろんな奴と友だちになりたい、って話だけどな」
「うん?」
「俺、ときどき、バカバカしく思えてくることがあるぜ。そんなの、単なるキレイごとに過ぎないんじゃねえかって」
松林は早くもセミの大合唱だった。さっき撒いた水が、日向では半ば乾き始めている。今日も暑くなりそうだ。
「まあ、俺は必ずしもおまえと同じような考えで旅をしてるわけじゃないから、別にどうでもいいけどな」
再び蛇口を捻ると、アジポンは今度は植え込みに向かって行った。
ミヤコはいつもに増して練習に熱が入らなかった。簡単なバウンドのボールでもすぐに空振りしてしまい、なかなかラリーが続かない。後ろに逸らしたボールを拾いに行くのも億劫で、練習相手には申し訳ないと思いつつも、つい緩慢な動きになってしまう。
見かねた淑子が先回りをしてボールを拾う。
「はい」
差し出されたボールを、しかしミヤコは無視して、そのままベンチへと向かった。淑子が後を追いかけてくる。
「ホントにどうしたの? 昨日帰ってきてから変だよ」
それでもミヤコは答えず、ぐったりとベンチに腰を下ろし頭からタオルを被る。
「具合が悪いんなら、宿に戻ったら?」
淑子は腕組みをしながらしばらく眺めていたが、埒が明かないと見たか、やがてコートに戻って行った。
ボールの弾む音がリズミカルに聞こえてくる。じりじりと太陽が照りつける中、ミヤコは死んだように動かない。木々や建物と同じくほとんど風景の一部になりかけていたが、突然、ガバッと起きて顔にかかっていたタオルを剥ぎ取る。
「暑っ」
ミヤコの顔は真っ赤になっていた。




